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「ごめん、邪魔だった?」

 アイラは階段を上りきったところで立ち尽くした。

「ううん」名緒は彼を見上げてにっと笑った。「見ていく?」

 兄妹の父親が物置に使っていたという空間は、シヴィルとアイラが十分に片付けてくれたおかげで快適だった、名緒にとっては。

 切妻屋根の下を、背の高いアイラは窮屈そうに進み、名緒にあてがわれた寝室――ガレージの二階のスペースに入ってきた。

 所狭しと並ぶリンゴ箱や束ねられた雑誌の山に、名緒は現像した写真を貼り並べていた。そこには山脈の夏の光景が焼き付けられていた――……咲き乱れる高山植物、黒い岩肌、白い頂と垂れ込める灰色の雲、ときおり覗く目に沁みるような青空――……鏡面のような湖と、そこから顔を上げて水を滴らせるヘラジカ、ゆったりと夏草を咀嚼するシロイワヤギ。すばしこいはずのキイロアメリカムシクイという小鳥の一瞬のたたずまいを切り取った写真もある。

「すごいな」

 アイラは見慣れたはずの自分の家のなかを見回した。

「全部きみが? いや、そうだよな、すまない、失礼なことを言った」

「ネッドはすごく優秀なレンジャーだね。わたしをなんどもすてきな場所に連れて行ってくれた」

「そうか、ネッドと――……ふたりで?」

「うん。一ヶ月弱かな。途中麓の村で補給もして、けど、大体はキャンプだった。とても楽しかった」

 にこにこと笑う名緒に、アイラは一瞬見とれたように動きを止め、それから慌てて両手に抱えたものを差し出した。

「これ、寒いだろうってシヴィルが」

「……キルト?」

「祖母が作ったものらしい。もっとも、わたしが生まれたときには亡くなっていて、会ったことはないんだけど……家にずっとあったもので、ベッドカバーにするといいよ」

「そんな大事なもの、使ってもいいの?」

 目を丸くして見つめる名緒に、アイラはシヴィルとよく似た、はにかんだ笑みを返した。

「大事なお客さんだ。使ってくれて光栄だよ」

「ありがとう!」

 名緒は思わずアイラの両手をつかむ。彼は驚いたように震え、キルトが床に落ちた。

「あ、ごめん、驚かせて」

 名緒はすぐにキルトを拾いながら謝った。

「いや、大丈夫……」

 アイラが視線を落とす。

「わあ!」

 キルトをカウチに広げた名緒が声を上げた。

「これ……入口の脇のレッド・シーダーかな? すごい……!」

 赤みがかった、苔むした幹を持つ針葉樹は、シヴィルとアイラの家の門の脇に立っている。それを表現したパッチワークが、名緒の眼下に広がっていた。幾何学模様でデフォルメされているが、特徴的な樹冠の形や、幹の色合いが、彼女の指摘の正しさを示している。

「よくわかったね……!」

 アイラが言い、ふたりは微笑み合った。

「これがレッド・シーダー。この茶色いのは実……」

「あの黒いのはワタリガラスかな? 州立博物館で似たような意匠を見たよ」

「その通り!」

 アイラが白い歯を見せた。

「先生、わたしは良い生徒?」

 くるりと名緒は目を回して見せた。

「うん。きみは良くできた生徒だ」

 アイラがおおきく頷く。

「やった!」

 おおげさにガッツポーズをしてみせる名緒に、アイラは声を上げて笑った。

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