レッド・シーダー
鹿紙 路
1
ぼさぼさの亜麻色の髪が、朝陽を受けてきらきらと光っている。
おおきくあたりに響く、規則正しい寝息、ゆっくりと浮き沈みするはだかの胸。
彼はむこうを向き、枕に顔をうずめて眠っている。
名緒はそっと手を伸ばす。彼の胸のわずかに上を撫でるように動かす。まばらに生えた体毛はやはり亜麻色で、絹のようなやわらかな感触がある。
ざざ、と風が外の梢を鳴らし、ちらちらと天窓から影を落とす。
無意識のうちにコンパクトカメラを構え、彼を撮る。なだらかな丘がつらなるような腰から腹の陰翳、腕の産毛が穏やかに肌を輝かせるようす。
背の筋肉ははりつめて、けれど背骨のへこみだけは無防備だった。カメラを変えて、すばやく光量を調整し、モノクロのフィルムに移し込む。伸びかけた髭が喉仏と作るちいさな影。それが呼吸に合わせて上下する。
「……ナオ?」
猫の鳴き声のような不明瞭な発音で、彼が名緒を呼んだ。こちらを向き、くしゃくしゃの顔のなかで緑色の瞳がひらいた。
「ネッド」
名緒は微笑みかけ、カメラを置いて彼の唇に口づけする。カメラを構え直そうとしたのに、背中に腕を回され、シーツのなかに引きずり込まれる。
「ネッド、放して」
あっというまに彼が名緒に覆いかぶさり、首筋になんども口づけされる。
「撮ろうと思った男とは軽々しく寝るのか?」
ネッドは喉の奥を鳴らして笑っている。
「そうだね、軽々しく寝るよ。それでよい写真が撮れると思ったら」
名緒は彼の頬を両手でとらえ、口の両端を引き上げた。
「あなたはとてもきれい」
目を細め、うっとりと言う。
「……おれが?」
「うん。あなたはうつくしい」
ネッドが顔を歪める。亜麻色の髭に覆われていても、彼の右頬にはおおきな火傷の跡があるとわかる。右耳は引き攣れて、いびつな形だった。幼いころ、油がかかったせいだと、野営中に話してくれた。
すぐにつよい力で抱き締められる。
さっき身につけたシャツのすそから、熱いてのひらが入ってくる。
「……ネッド」
背中をこすられて、名緒は震えた。彼は荒く息をついて、名緒のうなじに舌を這わせる。
「……おれは」
彼の固いてのひらが、名緒の肋骨をたどる。乳房のふくらみに沿って、うやうやしく指が滑る。
「……ナオが、欲しい」
「……」
「……もう一回しよう」
彼の額が名緒の背に押しつけられた。
「……うん」
その言葉尻を奪うように引き寄せられた。
山並みに秋が来ていた。しんとつめたい空気、黄金に輝くカエデ。ネッドになんども頼んで車を停めてもらい、地面に転がる鮮やかな木の実や、雫の張ったクモの巣を撮った。
わずか六マイル程度の距離を走るのに、一時間ほど費やして、彼らは村の中心地にやってきた。
ちょうど昼どきで、勤めびとがぱらぱらと通りを歩いている。
「シヴィル」
「ネッド! 久しぶりね!」
花壇に囲まれた煉瓦造りの建物から、小柄な先住民系の女性が出てきた。名緒よりも年下に見える。ツイードのスカート、三つ編みにした黒髪。黒縁の眼鏡をかけている。
「ずっと山脈を彼女と――ナオと回っていたんだ」
ネッドの紹介で、名緒は進み出る。
「はじめまして、賀東名緒といいます」
シヴィルははにかんで微笑んだ。
「シヴィルよ。この図書館の司書をしているの」
「ほんとうにいいんですか、しばらく泊まらせてもらうって」
「大丈夫よ。うちは兄とふたり暮らしだし、ガレージの二階でよければ」
握手をしたふたりの女性に、ネッドは、
「じゃあ、おれはここで」
と言ってさっと身を翻した。
「えっ、ネッド!」
名緒が引き留め、彼を抱き締めた。
「本当にありがとう。よい撮影ができた」
ネッドはうっすらと笑った。
「こちらこそ、ナオと一緒にいるととても楽しかった。村にはしばらくいるんだろう? また顔を出すよ」
ぽん、と彼女の背を叩き、そっと離れる。
「じゃあシヴィル、ナオをよろしく」
「ええ。今度夕食を食べに来て」
「ああ」
帽子をかぶると、彼は去って行った。
それから、シヴィルの図書館に取材を申し入れて受け入れられ、館内や外観を撮影した。夕方になると、彼女に村を案内された。彼女の車で家に帰ると、アイラが料理をしていた。シヴィルの兄で、やはり眼鏡をかけた小学校の英語の教師だ。
すらりと背が高く、最初あまり似ていないきょうだいなのかと思ったが、口元がシヴィルによく似ていた。
具だくさんのスープと、先週隣人が狩猟で撃ったという鹿肉が夕食になった。
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