第25話 招かれざる者 その一
1
三月五日、火曜日。
本日は晴天なり。そして、世界は割と平和なり。
あたし、武内日真理は、あの日以降、とりあえず引きこもりの職を辞し、二年B組のクラスメイトその一として、なんとか義務教育に復帰することができた。
クラスメイトは、あたしが酷い目に遭う以前並みにあたしに話しかけてくるようになった。
でも、あたしはそんな彼女らの言葉に、波風が立たない程度の適当な返事しかよこさなかった。
だって、彼女らは一度あたしを見捨てたんだ。
あたしは結構根に持つタイプだから、そんなやつらと仲良くなろうなんて思わない。
そんな掌返しに笑顔なんて向けてやらない。
そんなのがなくたって、あたしはいっこうに困らない。
なぜなら、あたしには心強い味方がいるのだから。
「ひまっ、今日ももう帰宅?」
三つ編みを揺らして、夏海があたしに声を掛ける。
「うん。シャロがハンバーガー食べたいって言うから、これから連れてかないといけないのよ」
相変わらずあたしは、シャロを唯さんにはバレないように匿っていた。
「夏海は部活?」
夏海は文芸部に所属しているのだ。
「そう! これから部室に行って、ハルキストの市ヶ谷さんと村上春樹について激論を交わしてくる予定なんだ!」
最近夏海は部活に随分と精を出しているような気がする。髪型が元に戻ってからというもの、夏海の思考は徐々にオタク化しているような気がしないでもない。まぁ楽しいのならそれでいいんだけど。
「ひまも文芸部入ろーよ!」
「い、いや、あたしはそういうのはちょっと……。それに、シャロの世話もあるしね」
あたしがそう言うと、夏海は大袈裟にため息をつく。
「もう、ペットじゃないんだから、そこまで付きっきりじゃなくても大丈夫だと思うよ、わたしは。シャロちゃんは可愛いし愛嬌もあるんだから、どんなコミュニティでもすぐに溶け込めると思うけどなー」
「そうかもしれないけど、あの子時々歯止めが効かないから、ストッパーがいないとダメなんだって。それはあんただって分かるでしょ?」
「うっ……。確かに、そうかもね……」
夏海の表情が曇る。恐らく、秋葉原でのイベントを思い出しているのだろう。
思えば、即興のコントは、すこぶる完成度が低かったなぁ。
「わ、わかった! やっぱり、猛獣には首輪をつけとかないとね……。とにかくひまは絶対にシャロちゃんから目を放しちゃダメだよ! どうせならわたしが資金援助してGPSもつけちゃうよ!?」
「今度は警戒しすぎ!?」
「と、とにかく! わたしのような被害者は、もう出て欲しくないの! ホントにひまさん、頼みますよ!」
夏海はぜえはあ息を乱してそう言った。そして、青い顔をしたまま教室を出て行った。
どうやらなかなかにトラウマになっているらしかった。
「日真理! かえろ!」
背後から、やたらと元気な声が響き渡った。
あたしは声の方に振り向く。
銀髪のツインテールに、エメラルドの瞳、大きすぎるおっぱい。
猛獣、ではなく相変わらずの超絶美少女がそこに立っていた。
「帰るよ。マックでいいんだっけ?」
「うん。あ、でもたまには日真理の手料理が食べたいなぁ。ねぇ、作ってよ日真理ぃ」
「やだ。めんどくさい」
「ちょっとは悩んでよ!」
「わ、分かったって……。今度、唯さんとクソ親父がいない時ね」
あたしはくっついてくるシャロを手で押し退けながら言った。
「やったぁ! 約束だよ!」
シャロはいつも通り満面の笑みをあたしに向けた。
シャロは、どんな些細なことでも、そうやって感情を一杯にして喜ぶ。
まるで、言葉を覚えたばかりの幼児のように、シャロの心はどこまでも純粋だった。
あたしの壊れた心は、そんな純粋さに感化され、いつの間にか、潤いを取り戻していた。
本人は何にも分かってないと思うけど、あたしはこの子に救われている。
それは、認めざるをえないことなんだと思う。
「ねぇ、ちょっといい」
そんなあたしたちに、いや、この子に声をかけてきたのは、隣のクラスの笹山恵美だった。
彼女とは去年同じクラスだったから面識があったのだ。
「どうしたの? 笹山さん」
「ごめん、武内さん。実はちょっとその子に用があるのよ」
「シャロに?」
笹山さんは頷く。
「なぁに?」
シャロは蘭々とした目で笹山さんを見る。
しかし、笹山さんの口から出た言葉は、実に意外なことだった。
「昨日B組の西野って子と一緒に駅の近くの道を歩いてたら、」
笹山さんは更に続ける。
「あなたのお父さんと思われる人に声をかけられたのよ」
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