第24話 その風景が、また日常になる その三
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「夏海! これは一体どういうこと!?」
夏海の元取り巻きその一、中村怜美が激怒している。中村の隣にはメガネの吉原文香におかっぱ頭の村上彩乃もいる。全て、あたしに謂れのない"報復"を行った者たちだ。
ここは体育館裏。所謂、いじめっ子が弱い者いじめをするための定番スポットだ。
夏海が昔のようなメガネと三つ編みになって現れ、今は既に放課後だ。日中は様子を窺っていた中村たちも、授業が終わるのを見計らいついにアプローチを仕掛けてきたのだった。
中村も吉原も村上もかなりの剣幕であたしたちと相対している。ただ今回の怒りの矛先は、あたしではなく隣の夏海に向いているようだった。
それでも、夏海に動揺の色は見られない。非道な行いを繰り返したこの三人を前にしても顔色一つ変えていない。
「夏海! 答えてよ! どうして夏海の彼氏を奪ったそんなやつと仲良くしてるの!?」
金髪女に早速そんなやつ呼ばわりされる。
「そんなの、友達だからに決まってるでしょ?」
なに当たり前のことを聞いているの? とでも言わんばかりの態度で夏海は言う。
「友達って……。でも、そいつは夏海の彼氏を……!」
「奪ってなんかいないよ。ひまと直樹の間には何もない」
「でも、実際その女は花澤くんと一緒にいたじゃない!?」
今度はインテリもどきの吉原が食いつく。その横でおかっぱ頭を揺らして村上が頷いている。
「確かに一緒だったけど、ひまはわたしの誕生日プレゼントを選んでくれてただけだもん。なのにどうして責められないといけないの?」
「「プレゼント?」」
吉原と村上が怪訝な表情を浮かべる。どうやら、二人はその辺の事情を知らないらしい。
「そう。親友だもん。誕生日にプレゼントぐらい贈る仲だよ、わたしたちは」
「そうだよね?」と、夏海はあたしにウインクした。
「うん。あたしは一人でも良かったんだけど、花澤くんが一緒に選びたいって言うから一緒に行っただけ」
あたしはポンポンと夏海の頭を撫でながらそう言った。すると、
「嘘よ! 夏海、そんな嘘つき女に騙されちゃダメ!」
と、中村がすかさず反論する。しかし次の瞬間……
「嘘つきはどっちかな?」
夏海が一歩踏み出して中村を睨み付けて言った。困惑する中村以外の二人。そして明確に動揺の色を見せる中村。
「な、何よ、どうして私が嘘つきだなんて……?」
「嘘つきだよ。だってわたし知ってるもん。怜美はひまが直樹とわたしの誕生日プレゼントを買いに来てたの知っていたのに、わざと知らないフリをしていたことをね」
言質なら既に、当の本人である花澤直樹からとってある。昼休みに呼びつけて、シャロが吐かせたのだ。可愛い顔しながら相変わらず彼女のやることには容赦がない。
そうだ、中村は知っていたんだ。なぜなら、中村は花澤くんから直接このことを聞いていたのだから。
「全然知らなかったんだけど、怜美と直樹って同じ小学校の出身なんだってね。二人が結構仲良かったことも同じ小学校の子から聞いたよ」
聞いていながら、そのことを夏海には伏せていた。なぜそんなことをする必要がある? なぜ夏海を欺く必要がある?
「怜美は直樹のこと好きだったんだよね? でも告白できない内にわたしが彼と付き合ってしまった」
ここらは想像だが、嫉妬に狂った中村はこう考えたのではなかろうか? 花澤くんが他の女と遊んでいると夏海に告げ口することで二人の仲を引き裂こうと、と。
「わたしは怜美から"浮気"という言葉を聞いてビックリして、その状態でお店で二人を見たことで動揺して直樹と連絡を絶った。それを機に直樹はわたしと距離を置くようになった。そして怜美は今、直樹と付き合っている。そうだよね?」
「ま、まさか、そんなこと……」
「わたしは別にね、直樹と別れてしまったのはそんなに後悔はしていないし、怒ってもいないの」
夏海の言葉に嘘はない。この程度のことで裂かれる絆なんていらない。夏海はあたしにそう宣言したのだから。
「でもね、自分のことのためだけにひまを傷付けたことは絶対に許せない。そのことに関してだけは、心の底から怒ってるよ」
「ま、待って夏海! 武内さんはその気はなかったって言ってるけど、ホントにそうかなんてわからないじゃない? それに、私は今、花澤くんと付き合ったりなんて……」
「怜美、あんたが花澤と二人でいるのは私も見たよ」
口を挟んだのは意外にも村上彩乃だった。
「あんたが花澤のことを好きなのは私も知ってる。でも夏海が相手なら諦めもつくって言ってたのも聞いてる。だからこの前怜美が花澤と二人でいるのを見た時、私はきっと怜美が彼を励ましているんだと思った。でも、そうじゃなくて、怜美が花澤と付き合うために、武内を使って彼と夏海を別れさせようとしていたのなら、それは友達としては最大級の裏切り行為だと私は思うね」
村上はキツイ視線を中村に浴びせる。
「違うよ! 私たちは夏海の親友じゃない!? 親友がそんなことすると思う!? 確かに、私は昔から花澤くんのこと、好きだったけど、相手が夏海なら仕方ないって思ったの!」
中村の弁明。あたしは多分、その言葉自体に嘘はないと思った。中村が夏海を溺愛していたのは間違いがないことだから。
「……私が気に入らなかったのは、あなたよ」
中村が指さしたのは他ならぬあたしだった。中村があたしを嫌悪していたのは良く知っている。夏海と一緒にいると、いつも遠巻きに恐ろしいほどの憎しみの視線を投げかけてきていたし、夏海が気に入っているあたしのポニーテールをハサミで切り落とそうとしたのもあいつだ。個人的な恨みがなければ、いくらなんでもあそこまでの行動は起こせないだろうから。
「あなたはいつも余裕ぶって夏海の親友面をしていた。私たちなんて所詮後から友達になっただけで、決して自分たちの絆を越えることなんてできない。いつもそう言われているみたいで、ホントにあなたのことが気に入らなかった……。そんな時に、あなたが花澤くんと夏海の誕生日プレゼントを探していることを彼から聞いた。本当は、私も今年はサプライズをやろうと思ってたのに、また私の邪魔をするんだと思った……」
友達同士の嫉妬なんて中学生女子にはよくあることだ。あたし自身、何も意識していなくとも、夏海ほど人気があればそういうこともあり得ない事ではない。こっちにとってはそういう感情がいい迷惑なのは間違いないけれども。それもまた、彼女の魔法の様な魅力が成せる技なのだろう。
「そうしたら、急に悪いアイデアが沢山思い浮かんだの。花澤くんを使えば、あの女を陥れられるかもしれない。夏海から気持ちを離せるかもしれない。まさかここまでのことになるとは思わなかったけど、結果的には私の思うようになったわ」
訥々と語る中村。吉原も村上も、彼女のことを得体の知れない物を見るみたいな目で見つめていた。だが所詮あんたたちも似た様なものだ。悪魔のアイデアに便乗しやりたい放題にやったあんたらも悪魔には変わりがないのだから。
「夏海、結果的にあなたと花澤くんの仲を裂いてしまったことは謝る。でも、私はあなたを裏切るつもりなんてないわ。だからお願い、そいつじゃなくて、私たちとこれからも友達、いえ、親友同士でいましょう。ね?」
中村が手を差し出す。ハリボテの笑顔を、その顔に貼り付けて。それに対し、夏海は……
「お断ります」
と、その手を叩き落とした。
「わたしを想ってくれるのは、決して嫌なことじゃないよ。でもね、そのために何をやってもいいなんてことがあると思う? そんなことでわたしが喜ぶと思う? それに、他人を簡単に傷つけられるような人と友達でいたいなんて普通思う?」
呆然とする中村に対し、夏海は尚も言う。
「さっきも言った通り、わたしのことは別にいいの。……でも、そのためにひまの心を踏みにじったことは絶対に許せない! ひまはわたしの唯一無二の親友だから、ひまを傷つけたあなたたちのことなんて大っ嫌いだよ!! 消えてよ! もう二度と、わたしたちに話しかけないで!」
夏海は大粒の涙を零しながら、力の限り叫んだ。吉原も村上ももうどうにもならないと悟ったのか、魂が抜けてしまった様な状態の中村を引っ張って体育館裏から引き揚げていった。
夏海は気を張っていたせいか、それとも長い間溜めこんできたものを吐き出したせいか、なかなか興奮が冷めやらない様子だった。涙が止まらず、拭っても拭っても、泣きやむことができなかった。
「ごめんね、ひま。本当に、ずっと、辛い思いをさせちゃって……」
しゃくり上げながら、夏海はずっとあたしに謝り続けていた。
「もういいから、夏海の気持ちはよく分かったから、もう謝らなくていいよ」
あたしは、よしよしとずっと夏海の頭を撫でていた。少し困ったけど、あたしのためにそこまで泣いてくれる彼女は、紛れもない親友なのだと改めて感じることができて、あたしは無性に嬉しく思ったのだった。
その後のことだが、非道な行いを続けた中村たちは、中村自身の嘘が発端となり内部分裂を起こした。結果として中村が糾弾され、彼女があたしと入れ替わるように学校に来なくなった。別にざまあみろとは思わない。少し頭を冷やして心の底から謝るのなら、あんな人間でもあたしは普通に学校に来ればいいと思う。もちろん、一生許してやるつもりなどはないが。
そして中村が花澤くんと付き合っているという話だけど、どうやら花澤直樹という男は相当に女癖が悪く、中村以外にも複数の女子に手を出していたようだ。要は中村も、その内の一人でしかなかったわけだ。
「君ってホントに心が汚いね!」
「あなたにだけは最低って言われたくなかったなあ」
シャロの真っすぐすぎる罵倒と、夏海によるブーメランを食らって、花澤くんはがっくりと崩れ落ちた。そしてその後、付き合っているつもりであった女子たちから総攻撃に遭い、学校中の女子から総スカンを食らうこととなった。
こっちに関しては、ざまあみろとしか思わない。勝手に滅びるがいいさ。
また、朝のホームルームが始まる。特に理由もなく再び中林先生より指名された夏海が号令をかける。
「起立!」
クラスの皆がその合図に従う。その光景が、再び日常になってくるころ、ようやくあたしの中でこの事件に片がつくのだと思う。
この先、今まで以上に辛いことが待っていても、あたしは別に構わない。
だってあたしは一人ではないから。
シャロがいて、夏海がいる。
それならもうそれでいい。
それ以上は何も願わない。
役割も、もう気にしない。
二人のゲームブレイカーの前では、そんな"こじ付け"は霞んでしまう。
馬鹿らしいとすら思える。
神様すら、二人の前では無力と化すのだから。
あたしは前を向く。
すると、シャロがこっちを見て笑った。
珍しく、あたしにも笑顔がこぼれた。
ホームルームが手短に終わり、夏海がもう一度号令をかける。
「起立!」
一日が、その合図と共に始まる。
素敵な日々が、その先に続いていますように。
あたしは、そう願ってやまない。
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