第20話 三つ編みとメガネをやめたあの日から その五
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その日から、ひまに対する攻撃が始まった。
あの時と同じ様にトイレに連れ込んで水をかけたり、上履きを隠したり、筆箱を踏みつけてペンを折ったり、みんなやりたい放題にやった。わたしの気持ちなど確かめることなく、わたしの代理としてひまの身も心も痛めつけ続けた。
その主たる原因は、ひまがわたしの彼氏である花澤直樹を奪ったということだった。でも、わたしにはそれが全てであるとは思えなかった。わたし一人の恋愛事情でひまがこんな目に遭うとはとても思えない。もしかしたら、ここには他に要因があるかもしれないとわたしは密かに考えていた。
しかし、事情がどうあれそれがきっかけでクラス中が異様な雰囲気になったのは間違いない。
ひまをいじめていたのがクラスでも目立つ人たちが多かったせいで、報復を恐れてか、これまでひまと仲良くしていた人たちが軒並みひまの近くに寄り付かなくなった。
一方ひまとは対照的に、クラス中の女の子たちがわたしに話しかけてくるようになった。
気持ちが悪かった。
わたしとたいして仲良くもなかった子が、突然親しそうにわたしに声をかけてくるのだ。
それはまるで、スポーツの大会で優勝して有名人になった途端に友達や親戚が増えるような、そんな感じだったと思う。
みんながなぜか、わたしを恐れていた。
わたしがこのいじめを主導している。直接言われたことはないけど、その気配は肌で感じられた。怜美達がわたしの名前を前面に出していることが原因なのは明らかだった。
まるで女王様に対して頭を下げる臣下のように、女の子の多くがわたしを慕う素振りを見せ始めたのだ。
息が詰まりそうだった。
わたしが、親友のいじめを率先しているなんて思われている時点で、吐き気を催しそうだった。
そんなわけがない。なんでわたしがひまをこんな目に遭わせなくちゃならないの?
直樹のことだって、わたしは二人から事実を何も聞いていない。
そもそもわたしは話すらさせてもらっていないんだから。
わたしの周りには、いつもなぜか女の子が三人は張り付いていた。
まるでわたしを監視するように、怜美たちは交代でわたしにつき、家に帰るまでわたしから離れなかった。
ひまの元に近づくことすらできない。
わたしはただ黙って、ひまが酷い目に遭うのを見ているしかなかった。
いや、多分これは言い訳だと思う。
だって、そんな監視なんて振り切ろうと思えば振り切れたはずなんだ。本気でみんなから逃げて、職員室に駆け込んで、中林先生に事実を告げれば、少なくとも今よりもひまの状況が悪化することはなかったはずだから。
わたしはただ怖がってただけだ。なぜか担ぎ上げられて、みんなの憂さ晴らしの理由付にされていることに。もしあの子たちを裏切ったら、わたしもどんな目に遭わされるかわからないということに。
終業式の日、ひまは学校に来なかった。無断欠席だった。誰がどう見ても、いじめによる不登校に違いなかった。
わたしは結局、手を差し伸べることも、弁解をすることもできなかった。
式の終了後、騒動以来、絶対にわたしに近づいてこなかった直樹が、「話がある」と言ってわたしを体育館裏に呼び出そうとした。怜美たちがついていきたいと言ったけど、わたしはどうしても直樹と話がしたかったから、それだけは許さなかった。わたしは結局直樹と二人でそこに向かった。
彼はそこで言った。
「お前、最低だな」
呼び出しといて酷いとは思ったけど、否定はできなかった。
それでも、わたしは何かを言わなければ気が済まなかった。
「そもそも、直樹がひまと二人で出掛けなければ、こんなことにはならなかったんじゃないの?」
二人を恨みはしなかった。でも悲しい思いはした。その説明をわたしはまだ受けていないのだ。
しかし、わたしがそう言った瞬間、直樹は目を真っ赤にさせて言った。
「俺と武内が、どんな気持ちだったかも知らないくせに!」
直樹は敵意むき出しの顔でわたしを睨んでいた。わたしは恐る恐る尋ねた。
「ど、どういうこと……?」
直樹が言う。
「俺たちは、お前の誕生日プレゼントを探してたんだよ! あの日は、武内が、サプライズの方がお前が喜ぶって言うから、二人でこっそりプレゼントを選んでただけなんだ。それだけなんだ! あいつは、俺たちの仲を割こうなんてこれっぽっちも思ってなかった。なのに、なのに、そんな親友をあんな目に遭わせるなんて!」
一年生の時にひまと別のクラスになってしまった時のような、大好きだったお父さんが家から出て行ってしまった時のような、身体を吹き飛ばしてしまうくらいの衝撃がわたしを襲った。
「さ、サプライズプレゼント? ひまは、わたしのために、直樹とあそこにいたの……?」
「そうだよ! あいつめちゃくちゃ熱心にプレゼントを探しててさ、ホントにお前のことを大切に思ってるんだなって感じた。正直、俺以上だと思ったよ」
直樹は遠い日の思い出を振り返るかのように、優しい声でそう言った。
しかし、次の瞬間にはまた声を荒げてわたしに言った。
「だっていうのに、お前はクラスの女子を使って、あんな酷いことを武内にしやがった!」
「ち、違うよ! あれはわたしじゃ……」
「なにが違うんだよ!? 俺聞いたんだぞ! お前がクラスの女子どもを煽って武内に酷いことをしているって! それに実際、お前の仲の良い眼鏡の女子が武内の体操服をボロボロにしているところも見たんだ!」
それがわたしの仲の良い文香であることは間違いなかった。だとしても、それは決してわたしが命令したことじゃない!
「誰がわたしがそんな酷いこと頼んだって言ったの!?」
わたしはとっくに冷静さを欠いていた。でもそれでも良かった。ひまにあんな酷いことをしたなんて誰にも思って欲しくなかったんだ。
「そんなこと言えるか! もしそれを言ったら、お前はその子を標的にするに決まってるからな!」
「直樹!」
「とにかくだ! ホントにお前じゃないって言うなら、お前がクラスの女子を止めろよ! みんなお前のためだって言ってるんだからな!」
そんなこと、できるならとっくにやってるよ! わたしが悪いのは当たり前だけど、直樹にそんなこと言われる筋合いはない!
「直樹だって、ひまのこと全然助けてあげてないじゃない! 他のみんなと同じ様に無視しちゃって! 無視だって同罪なんじゃないの!?」
無茶だとは分かってる。あの状況下でひまを助けることのリスクの大きさは、わたしが一番わかっていた。
「う、うるさい! 首謀者のくせに偉そうなこと言うな! もういい! この最低女が! もう俺に近づかないでくれ! 顔も見たくない!」
直樹はそう吐き捨てて、わたしを置いてそこから走り去ってしまった。
しばらくして興奮が覚めてくる頃、わたしは直樹が言ったひまの気持ちを思い出していた。
ひまはサプライズプレゼントを探していた。わたしのためだったんだ。ひまは、わたしのことを想っていてくれたのに、あの子のことを、わたしは、心の底から信じてあげることができなかった……。
直樹の言う通りだよ。わたしは最低だ。あの子をあんな目に遭わせた元々の原因はわたしだ。
不安で堪らなかった。クラスが別れて、ひまと徐々に距離が離れていくのが嫌でも分かった。
わたしは変わらずあの子のことを大切に思ってるのに、あの子はどんどんわたしに興味をなくしてきている。
そんな状況が、いつの間にかわたしの心に疑念を生み出していた。わたしが信じていなければ、あの子だって信じてくれないっていうのに、わたしはひまのことを疑っていた。
怜美たちの言葉があったとはいえ、たった一度、ひまと直樹が買い物をしているのを見ただけで、除け者にされたと思ってしまった。
わたしのことなんて、誰も想ってくれていないんだって、思ってしまった。
なんてバカだったんだ、わたしは……。
「あ、あ、ああ……」
知らずに、声にならない声が漏れていた。そして、
「あああああああああああああああ……!」
わたしは、たった一人で、さみしく咆哮した。
慰めてくれる人は、一人もいなかった。
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