第18話 三つ編みとメガネをやめたあの日から その三
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実に良い笑顔だ。駅前のショッピングセンターの雑貨コーナーで、ひまは本当に楽しそうな笑顔でわたしの彼氏である花澤直樹と一緒に商品を見比べていた。
ひまと直樹の手の中にあるのは、おそろいの柄のマグカップ。それはカップの全面に黒猫が描かれていて、その尻尾が取っ手になっているという、とにかく可愛くて思わず涎が出そうなほどのものだった。
そしてそれは、わたしが先日わたしが直樹とここに来た時に二人で見ていたカップだった。
――あれは絶対浮気だよ!
頭の中で先日の言葉が繰り返される。耳を塞いでもその言葉は何度もわたしに襲いかかる。
今度はひまが壁に掛かっている青色の可愛らしい掛け時計を指さした。
ひまの好きな色は青だ。落ち着いてて、どことなくクールなあの子にはぴったりなカラーだと思う。
それ自体はあまり時計としての用をなしていないように見えるけど、インテリアとしては最高に良いとわたしは思った。まぁわたしは赤とかピンクとかもっと鮮やかーな方が好きなのだけれども。
「ちょっと違うかなぁ」
多分ひまはそんなことを言ったんだと思う。
軽く苦笑いを浮かべたけど、すぐに気を取り直してまた楽しそうに品物を物色し始める。
楽しそうだなぁ。わたしも混ざりたいなぁ。わたしならあれを選ぶんだけどなぁ。色んな思いが溢れてきて、わたしは何度も駆け出しそうなる。そして日真理と、その横にいる直樹に対してダブルラリアットを食らわせたくなる。
直樹が何かを指差しながら、「このようなものはどうであろうか? うむ、これならお主も気に入ると拙者は思うのだが」とひまに言っていた。
嘘、ゴメン。多分、ってか絶対言ってない。
でもニュアンスとしてはこんなことを言ってたんだと思う。
直樹との付き合いもそれなりに長くなってきたし、遠くからでもそれぐらいのことは分かるほど直樹のことをわたしは分かっているつもりだ。
「マジ!? こんなのがいいの!? ホントあり得ないんですけどぉ!」
ひまは多分こんなこと絶対言ってないんだろうけど、わたしは脳内でひまの声で変な妄想を繰り返していた。
ひまと直樹がわたしの死角に入ってしまって二人がどんな様子か見えなくなってしまったから、わたしはとりあえずヤケクソになって、江戸時代のお侍さんと、現代のギャルとの時を超えた一大スペクタクルラブロマンスという意味不明な設定で二人の様子を見ていたのだ。
――彼女のいる男が、彼女のいないところで他の女と遊んでたら十分浮気だって。
怜美の言葉がそんな馬鹿な考えを中断させる。頭の中でワンワン響いて、目眩が起きそうになる。
「夏海、もう帰ろう……」
そんなわたしを心配してか、慰めるような、そんなニュアンスを含んだ声で友人はわたしにそう言った。
わたしが何も言わないから、友人らは黙ってわたしを雑貨コーナーから引きずっていった。
「マジ最低だわ。人の男奪うとかマジ最低じゃね?」
「花澤くんも花澤くんだよ。どうして夏海なんていう可愛い彼女がいるのに、あんな暗い人と遊んだりするのよ」
「武内さんのこと大っ嫌いになったわ」
みんなが、それぞれそんなことを言っていたような気がした。
――武内さんって、花澤くんと仲良いよね?
――彼氏が他の女と遊んでるのを見ちゃって、問い詰めたら、やっぱり浮気だったのよ……
どれだけ拒否してもやっぱり言葉は繰り返される。心の整理がつかなかった。お侍さんとギャルの恋愛物語も気になるけど、やっぱり気になるのはもちろんひまと直樹のことだった。
あれはなんだろうね? まるで恋人同士? ゼイルックライクラバーズ? 昼ドラなら、ここでわたしが出ていって修羅場になるんだろう。
でもわたしはドラマの主人公みたいに勇気はないから、修羅場を作る気には到底なれなかった。
「楽しそうだったよね」
思わず呟く。
誰も何も言わない。ってか言えない。言える空気じゃない。分かってるけど言ってしまう。そんなデフレスパイラル。
「羨ましいよね」
直樹と楽しくお買い物できることが? それともひまと一緒に笑いあえることが?
多分どっちもだと思う。いやむしろ、ひまが若干リード。
改めてわたしにはまだ恋愛は早いんだと思う。うん。
どっちも欲しい。なのにどっちも手に入らない。何と言う不条理、不公平。裏切り。
どっちもわたしには何もくれない。くれたのは、ただただ虚しさと切なさだけだった。
「酷いよね……。これって、あんまりだよ、ね……」
ポジティブシンキングをしたいのに、口からはそんな言葉が漏れ出していた。
信じていたいけれど、あんな楽しそうな二人を見せられてはそれもままならない。抑えていた言葉が、わたしの口をついた。
「……これってやっぱり、浮気、なのかな?」
でもあの時の気持ちならやっぱりそんな言葉しか出て来ないんじゃないかとも思う。だってそうでしょ? わたしの愛する2人にあんなことされちゃ。わたしは除け者にされたんだよ? 仲間外れは、やっぱり寂しいものだから。
ギリッ。奥歯を噛みしめるような音が聞こえたような気がした。
「夏海……」
怜美がわたしの肩に手を置いている。
「元気、出して……」
怜美の声は少し震えていた。この子自身もきっとショックを受けているのだと、わたしは思った。
「あの女、許せないわ!」
誰かがそう叫んだような気がした。
でももう私には何も聞こえないし、何も見えなくなっていた。耳も目もついてるけど、働くことを半ばボイコットしていた。わたしにとって都合の良い情報がほしくて、今の都合の悪い状況は全てシャットアウトされていた。
悔しくて、泣きたかった。だからつい、余計なことを言ってしまった。
でもそれがあんなことを引き起こすなんて、わたしは思ってもみなかった。わかってたら絶対言わなかった。
休み明けの学校で、悪夢がわたしを、いやひまを襲うなんて、本当に想像だにしていなかったんだ。
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