第17話 三つ編みとメガネをやめたあの日から その二

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 二年生になって、わたしとひまはようやく同じクラスになった。

 クラス発表の掲示を見た瞬間、わたしは嬉しくて、人目もはばからずその場で一人クルクル踊ってしまった。

 少し遠くの方にひまがいるのが目に入った。ひまは他のみんなと同じく、クラス発表の掲示を見つめていた。

 「同じクラスだよ!」と、わたしは大声でひまを振り向かせようとした。そしてあわよくば二人で一緒に楽しく踊りたかった。


 でも、ひまは特に何の感情も顔に浮かべることなく、サッと踵を返してどこかにいなくなってしまった。


「おはよう夏海! また同じクラスだね! よろしく!」

「なっちゃん今度もよろしくね」

「夏海ちゃん、またクラスのみんなでカラオケ行こうぜ」


 わたしのまわりは、わたしの名前で溢れかえっていた。

 でもその中に、親友の声は含まれていなかった。



「ひーまー!!」

「こ、こら、夏海! やめなさいっての!」


 クラスで他の女の子と話していたひまに、わたしは思いっきり抱きついた。


「あーサラサラでモフモフのポニーテールに、抱き心地のいい起伏の少ない身体。その全てがわたしにジャストフィット!」

「やめんかバカなつ! あとさりげなく身体的特徴を揶揄するな!」


 そんなわたしたちの様子を見て、ひまと一緒にいた女の子たちがクスクスと笑っていた。


「二人ってホント仲良いよね」


 その内の一人がそう言った。


「いえーす! ひまはわたしの愛人ラマンなのだ!」

「そんな訳あるか! 誤解を生むようなこと言わないの!」

「またまたー、ひまちゃんテレちゃってー、このこの」

「てーれーてーなーいー!」

「「あははは」」


 ほらね。わたしとひまは自他共に認める親友同士。わたしとひまは、切っても切れない関係なのだ。


「……そうでしょ? ひま」

「え? 何か言った?」

「ううん。なーんでもない」

「変な夏海。いや、変なのはいつも通りか。名前が夏海なのに誕生日冬だし」

「それは関係ないじゃん! ひどいよー! ひまあ!」


 こうして、ひまと一緒の二年生が始まった。

 きっと素敵な一年になる。その時のわたしは、そのことを信じて疑わなかった。



 一気に飛んで季節は秋。

 なんと、このわたしに初めて彼氏ができた。この調子だと今年の冬は豪雪に違いない。そして夏まで雪が降り続くに決まっている。それくらいこれはとんでもないことだったのだ。

 彼はわたしを色々なところに連れていってくれて、わたしは楽しく毎日をすごした。

 別に何か特別なことをしたわけじゃない。キスはしたけど、それ以上はなーんにもしてない。これホント。

 わたしもよくわからないし、彼もよくわからないみたいだから、わたしたちの関係はそれ以上進むことはなかった。それでも別にいい。楽しいことならわたしは何でも好きなのだから。


「彼氏作るとか絶対に許さない、絶対にだ」


 ひまはそんなことを言いながらも、わたしたちのことを祝福してくれた。

 ひまは彼とも仲が良かったから、よく彼に対して、「夏海を泣かせたら怒るよ」と言ってくれた。

 わたしはホントに良い親友を持ったもんだなぁと思った。


「あたしも彼氏捕まえたいなぁ」


 ひまはクリスマスまでに彼氏を作ってやると気合を入れていた。わたしは、ひまなら絶対できるって思った。だってひまは優しくて、強くて、チャーミングだから。

 ひまに彼氏ができたら、ダブルデートしようねって、わたしたちはいつも言っていた。

 そんな日が来ることを、わたしは心待ちにしていた。



 でも……



 それは、クリスマスの一週間前の出来事だった。

 期末試験が終わり、緩み切った雰囲気の教室で、割と仲の良い子が、血相を変えてわたしのところにやって来た。


「どうしたの? もしかして登校中に有名人にでも会った? 山崎邦正とか磁石のメガネの方とか?」

「チョイスが微妙すぎるよ! そんなんじゃなくて……」


 どうやら大事な話らしく、その子はわたしの耳元に口を寄せて言った。


「昨日駅前のショッピングセンターで、花澤くんと、武内さんが楽しそうに買い物をしてるのを見たのよ」


 ちなみに、花澤っていうのがわたしの彼氏のことだ。


「直樹がひまと? 別に、買い物くらいしてもいいんじゃない?」

「何言ってんの!? 彼氏が他の女子と仲良く二人で買い物なんて普通しないって!」


 正直わたしはピンときていなかった。わたしにとって、彼氏と親友の関係性にはさほど違いがなかったからだ。


「そういうものなの……?」


 わたしがそう尋ねると、一緒にいた他の女の子も、「そうだよ!」と少し怒りながら同意していた。そしてその中の一人、金髪がトレードマークの怜美れみがこう言った。


「そういうものなの! あれは絶対浮気だよ!」


 浮気!? とわたしはもう少しで素っ頓狂な声をあげるところだった。すんでのところで口を両手で抑えて、一呼吸おいてからわたしは言った。


「う、浮気なんて大袈裟だよぉ。単に買い物してただけでしょ? そんなの、友達だったら普通のことじゃないの?」


 心臓の鼓動がさっきからずっと全力疾走していた。どうやらわたしはハンパなく動揺しているらしかった。


「彼女のいる男が、彼女のいないところで他の女と遊んでたら十分浮気だって。そう言えば、武内さんって、花澤くんと仲良いよね?」

「まさか、ひまを疑ってるの……?」


 遠回しにひまに疑いを向けられたことにさすがのわたしもムッとした。だからわたしは怜美を少し睨みながらそう言った。


「べ、別に疑うというか、そういうんじゃなくてね……」


 滅多に怒らないわたしの雰囲気に驚いたのか、怜美は僅かに口ごもった。それでも尚、怜美は何かを言いたそうにしているので、わたしは極力優しい口調で「そういうんじゃなくて、なんなの?」と聞いた。

 怜美は少しの間答えづらそうにしながらも、しばらくしてようやく決心がついたらしく口を開いた。


「私も前に経験があるのよ。彼氏が他の女と遊んでるのを見ちゃって、問い詰めたら、やっぱり浮気だったのよ……」

「それ、ホントなの?」


 怜美は首を縦に振った。嫌な思い出なのか、怜美の顔は強張っているような気がした。

 でも、その話を聞いても尚、わたしにとって浮気なんて、ドロドロの昼ドラの中の話のように現実感がないものだった。だからわたしは怜美に対してこう言った。


「で、でもさ、ひまと直樹のことはわたしが直接見た訳じゃないし、たまたま同じ場所で買い物をしてて話し込んでただけかもしれないじゃない? それに、わたしはひまも直樹も信じてる。だからこの話はもうお終い! ね?」

「う、うん……」


 怜美は納得がいっていないようだったけど、わたしの言葉に一応は頷いてくれた。

 確かに気にはなっていたけれど、それでもわたしは、ひまが、親友が、わたしを裏切るわけがない。そう思っていた。


 しかし、わたしのそんな思いは数日後には脆くも砕け散ることになった。

 いや、本当は違っていたけど、その時のわたしはその思いにとり憑かれてしまったのだ。


 あの現場を、わたしはついに目撃してしまったのだから。

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