第15話 親友 その八
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「凄くカッコよかったよ日真理!」
舞台袖で、シャロがあたしを温かく迎えいれる。
「いやもうホントに凄かったです! もうマジで感動しちゃいました!」
あたしにフェイラの衣装を渡した女の子、渡井ミズキさんが目をウルウルさせている。そして……
「吉岡ちゃんも、すっごく良かったよ!」
と、あたしの後ろで俯いている夏海に対しても彼女は労いの言葉を向けた。
「確かにナオも良かったね! ただのいじめっ子だと思ってたけど、今日ので見直しちゃった!」
相変わらずシャロは無自覚で相手の急所を抉ってくる。
あたしは思わず苦笑いを浮かべた。
それからイベントは無事終了し、セットの片付けが始まった。
役者のアルバイトの子たちは片付けには参加しないし、そもそもあたしたちは正式なメンバーではないから、作業が始まるころにはそそくさとここを出る支度を始めた。
「日真理、コスプレ大会どうする?」
更衣室で、シャロは紺のバリアジャケットを脱ぎ下着姿のまま言った。大きすぎる胸にオレンジの可愛らしいブラジャー、同じくオレンジのフリルのついたショーツ姿は、あたし以外の女性陣の視線を嫌でも集めていた。あたしだってそれをもし初めて見たら、マジマジと艶めかし過ぎる彼女の身体を凝視したことだろう。
「あれだけやったんだし、もう行かなくていいんじゃない?」
正直さっきの舞台であたしは体力を使い果たしていたのでもう帰りたかったのだ。
「そうだよねー。ぼくはまだまだいけるけど、これ以上面白いコスプレはあっちではないだろうし、日真理が帰るならぼくも帰るよ」
もう少しゴネるかと思ったけれど、シャロは案外簡単に納得してくれた。
こうしてあたしたちは、本来の目的であるところの大会には一切参加せずに、ここ秋葉原を去ることを決めたのだった。
「今日はホントにありがとう! もう最高のパフォーマンスだったわ! あなたにお願いして良かった!」
「その子が乱入した時にはどうなるかと思ったけど、無事に終えられてなによりでした」
「おかげさまでソフトも沢山売れてます! かなりめちゃくちゃなイベントにはなったけど、どうもありがとうございます!」
いろんな人が、思い思いにあたしたちに声をかけてくれる。自分のためのコスプレとはいえ、褒められたのは素直に嬉しい、かな。
そんな中、
「待って!」
吉岡夏海だけは、あたしを引き止めた。
「話があるの」
彼女はさっきの泣き顔とは別人のような引き締まった(と言うより強張った)表情で言う。
「いいけど、場所はここでいいの?」
役者陣やスタッフたちの視線があたしたちに注がれている。
「あ……。場所、変えてもいいの?」
夏海は遠慮がちに尋ねる。
「いいよー! お腹空いたからご飯食べながらにしよう!」
シャロがなぜか銀髪ツインテールを振り回しながら、そう元気に応えた。
お昼御飯を食べていなかったせいでシャロが空腹を訴えるので、あたしたちは場所を某格安イタリアンレストランに移すことにした。
広い店内の一角、四人掛けの禁煙席にあたしたちは座っている。
あたしの隣にはいつも通りシャロが座り、あたしの正面には夏海がいる。
お腹も空いていたので、あたしたちはまず思い思いに食べ物を注文することにした。
ファミレスが初めてらしいシャロは、なんか凄そう!というよく分からない理由でイカスミパスタを頼んでいた。
「ねぇ日真理、ドリンクバーって何? え、何でも好きな物が飲めるの!? じゃあぼくはそれがいいなぁ! ねぇねぇ駄目ぇ? 日真理ぃ」
とりあえず何にでも興味を示すシャロは、いつも以上に高いテンションで今度はドリンクバーを求めてきた。あたしは「はいはい」と言ってドリンクバーを三人分注文した。
注文が終わると、「そろそろいい?」と夏海が切り出した。
「いいけど、何の話をしたいの?」
「これまでのことよ。わたし、ひまにどうしても謝りたいの」
「その呼び方、なんか久し振りに聞いた」
「嫌なら、やめるけど……?」
「いいよ、やめなくて。それよりも、謝るためにわざわざここまで来たの?」
「違うよ。聞いて欲しいことがあるの。言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、ちゃんと話さないと、もうどうにもならないと思って。だから、聞いて欲しいの」
夏海は必死な様子で、あたしの顔をジッと見て言った。
ここに来たからには、この子が何か話をしたいことはわかっていた。聞く気がないなら初めからこんなところには来ていない。
緊張感のあるあたしたちとは対照的に、シャロは嬉しそうにドリンクバーの飲み物を取りに走りだしていた。
ってかレストランで走るなっての。
しばらくしてシャロが戻って来る。手には、四つほどグラスが握られていた。
「馬鹿! ドリンクバーは一人一個しか持って来ちゃいけないの!」
あたしはシャロの頭をぺちりと叩くと、シャロは「いたっ! 一人分じゃないよ! こっちは日真理ので、こっちは吉岡夏海のだよ!」と抗議した。だったら持って来るのは三つでよかろうに。
すると、それを見ていた夏海は、何がおかしいのかクスクスと笑いだした。
「めちゃくちゃだけど、優しい子ね、あなた」
夏海はふくれっ面のシャロを見つめながらそう呟いた。
「優しいって、あんた結構散々な言われようだったじゃない」
確かシャロは『君のことが嫌い』みたいなことを言っていたような気がする。
「わたしは、自業自得だから……。この子が、ひまのことをどれだけ好きなのか、ちょっと話しただけでも分かったからね」
「えっへん」
何が誇らしいのか、シャロはあり過ぎる胸を張る。
「わたしも、そんな風に、できたらよかったんだけど……」
夏海は遠い目をしてそう呟いた。
「どういうこと?」
「言葉通りよ。わたしも、ひまを守れればよかった、ってことよ……」
夏海は長い髪の毛をかき分け、ようやく本題を語り出したのだった。
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