第14話 親友 その七

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--親友だった。


 あたしと夏海は、小学生の頃からずっと親友だった。

 度のキツいメガネをかけた夏海は、いつも長い茶色の髪を三つ編みにして垂らしていた。

 成績はあたしと同じくボチボチ。特に容姿が際立っていたわけでもなかったから、男子からチヤホヤされるなんてことはなかった。

 はたから見れば、実に普通の女の子だった。


 でも、あの子はホントは普通じゃなかった。

 あの子には不思議な魅力があった。彼女と話をすれば、たちまち彼女のことを好きになってしまうような、そんな魔法みたいな力があの子にはあった。

 屈託無く笑った。ホントに屈託無く。裏なんてない。そこに他意は存在しない。

 笑顔が全ての真実だった。

 あの子が笑うなら、ホントに楽しくて、大好きなんだってことなんだ。


 あたしは別にあの子の魔力にかかったわけじゃない。

 だって、彼女を笑顔にしたのはあたしだから。

 あたしと二人、親友同士だったからあの子は笑ってた。

 当時両親の離婚で心を閉ざしていたあの子を闇から連れ出した。

 だからあたしたちは親友だった。だから彼女は笑ってた。


 あの子に魔法があると分かったのが、小学校四年生くらいの時だった。

 あたしたちが、もっと友達の輪を広げようと色んな女子に話しかけると、不思議なことにみんなが夏海と仲良くなった。

 あたしもそれなりに友達は出来たけど、あの子は段違いだった。

 まるでパンデミックみたいに、夏海大好き同盟が拡散していった。

 でもあの子は、一番はあたしだと言った。

 親友はあたしだけだと言ってくれた。



--嬉しかった……



 小学校を卒業すると、あたしたちは二人で公立の同じ中学に入学した。

 あたしたちは、初めて違うクラスになった。

 寂しかったけど、あたしたちは互いに励まし合ってその一年を乗り切ることにした。

 苦労したけど、あたしにも何人か仲の良い友達ができた。

 ある日あたしは、廊下であの子を見つけた。

 あの子もまた、何人かの友達を連れていた。

 でも関係なかった。周りに何人いようとも、あたしたちが無二の親友であることに代わりはないのだから。


 冬になった。ちょうど去年の今頃だったと思う。

 あの子は突然、メガネと三つ編みをやめた。

 コンタクトを入れ、綺麗な茶髪をストレートに伸ばした彼女は、驚くほどの美少女になっていた。


 廊下でまた彼女を見かけた。

 周りに、ビックリするくらいの人数の人を引き連れていた。

 男女関係なく、皆が心の底から彼女のことを好きなのがよく分かった。

 あたしは初めて、彼女に声を掛けられなかった。



--見えない壁があるような気がしたんだ……



 二年生になって、あたしたちは同じクラスになった。

 夏海はあたしと同じクラスになったことを喜んだ。

 あたしも嬉しかった。でも、心の底では、わずかなしこりが残ったままだった。

 彼女の周りには、色んな人種の人間がいた。

 あたしみたいに地味なのもいれば、クラスの中心になるような活発な子や、いつもツルんで悪巧みをしていそうな金髪で肌が黒い人もいた。

 そんな有象無象が、夏海を中心にして回っていた。

 あたしは、あたしもその中の一つでしかないのかなと、ふと考えてしまったりもした。

 それでもあたしたちは親友だった。距離は感じても、あたしはあの子のことが1番好きだった。

 そしてあの子も、あたしのことが一番好きだと言ってくれた。


--なのに……


 きっかけは些細なことだった。

 クリスマスが近くなってきたころ、夏海はクラスの一人の男子と付き合っていた。

 美男美女のお似合いのカップルだとあたしは思った。

 夏海良かったね。夏海ばっかりいいなぁ。あたしも彼氏捕まえたいなぁ。今度誰か紹介してよ。


 奪おうだなんて、あたしは一度も思ったことはなかった。

 だって夏海は親友なんだよ。親友の大切なものを、あたしが奪うわけないじゃない。

 考えれば分かるよね?

 夏海なら絶対分かるよね?

 取り巻きが告げ口したくらいで、あなたはあたしを疑ったりしないよね?


--シンジテタノニ


 そう思っていたあたしが馬鹿だったの?

 女同士なんて所詮こんなもんだったの?

 男の奪い合い程度で粉々に砕け散るような間柄だったの?


 いやそもそも、あたしは奪ってなんていない。


 あたしは必死に言った。


 心の底から叫んだ。


 信じてくれるって、信じていたから、あたしは叫んだんだ……。



 我に返り、あたしの手を握ったままの夏海を見つめる。


 あたしは相変わらず、夏海や、他の人間に対して鋼鉄のバリケードをはったままだった。

 その横を、シャロだけは自由に通り抜けているけど。


 そんなところに、小さな、ホントに小さな針が、一本硬い壁を突き抜け、あたしを突く。


 あたしに開いた穴から、何かが溢れ出していくのを感じる。


 それは、甘酸っぱくて、妙に苦い。まるで、青春のような味がする。


 あたしは取り戻したいのだろうか。

 後世、人が自分の人生を振り返った時に、あの時は青春だったと言えるように、あたしはいつか青春になる可能性のある"イマ"を取り戻したいのだろうか?


 あたしは親友を許せるだろうか?

 あたしを”殺した”人間を、許せるのだろうか?


「日真理、お疲れ様ー!」


 そんなあたしの苦悩をよそに、シャロはあたしに眩し過ぎる笑顔を向けていた。

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