第13話 親友 その六
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「日真理、どうして上がってきちゃうの!?」
シャロがぷんすかしながらあたしに詰め寄る。
「その子に用があるの」
「その格好ってことは、日真理も一緒にやりたいだけじゃないの? だったらさ、三人でやろうよ! ちょっと役はおかしいけど、みんなで一緒なら楽しいよ」
「ごめんシャロ。ちょっと降りててくれないかな?」
「え? 嫌だよぉ! 日真理ぃ、一緒に……」
「お願いだから言うことを聞いて」
あたしはもしかしたら今までで一番冷たい言葉を発したのかもしれない。
「ひ、日真理……?」
シャロは一度、あたしを怯えた様な表情で見たあと、「わかったよぉ。あとは勝手にどうぞ」と今度はむすっとした様子で舞台袖にはけていった。
壇上で夏海があたしを凝視しながら言った。
「日真理、どうして……?」
「日真理じゃない! あたしはフェイラ・テスタロッテ・ハロウウィン!」
あたしは、力の限り叫ぶ。
何も考えなくていい。あんたは今ナオなんだ。あたしにナオをぶつければいい。
どうやらそんなあたしの想いが彼女に伝わったらしい。
彼女は驚いた顔を瞬時に切り替え、再びナオに変身する。
「フェイラ! どうして君がここに!?」
「あなたに助太刀をしに来たの! もう、一人で戦うことなんてない! 二人で戦えば、きっと勝てるよ!」
そう言って、あたしは初めて気付いた。
あたしは、こんな言葉を言って欲しかったんだと思う。誰かがそんな言葉をかけてくれていたら、どれほど心が救われただろうか。
「二人で、なら、勝て……」
難しいセリフではないのに、夏海は言葉に詰まってしまう。
役柄に自身を投影していたのは、どうやらあたしだけじゃないらしい。
夏海は、いや、ナオは必死に言葉を紡ぎ出そうとする。
舞台の下では、誰しもが息を飲んで、二人の様子を見守っていた。
時折言葉に詰まりながらも、夏海のナオは次第に安定するようになった。
あたしたちが演技らしい演技ができるようになると、観客たちはそのテンションを徐々に上げていった。
そんな中、情熱的なのに、どこか空虚な物語が二人の間で続いていた。
互いに心を通わせているように見えて、本当は大きな川の対岸から言葉を交わし合っているような、そんな圧倒的な距離感。
そんなあたしたちとは対照的に、舞台上では二人の魔法少女が互いに認め合い、進むべく道を一つにしていく。
「一緒なら、二人なら、どんな困難にも打ち勝てるよ!」
「わたしは君を信じる! 力を合わせて、全てを終わらせよう!」
観客たちがドッと沸く。物語は正真正銘のクライマックス。
いったい何のイベントなのか忘れてしまうほどに、会場の人間たちはあたしたちの世界に引き込まれていた。
でも、こんなものをあたしは望んでいたんじゃない。
あたしがコスプレに求めたのは、観客の声援とか、誰かの賞賛なんかじゃない。
コスプレから得られるのは、自分という役割を脱ぎ捨てることへの爽快感だけ。
あたしはただ自分以外の何者かになりたかったんだ。
フェイラという憧れのヒロインを演じることで、あたしはある種の全能感を抱くことができた。
ナオと共に演じることで、あたしはより一層フェイラに興じることができた。心が誰よりも近かった夏海とだから、あたしは強い快感をおぼえることができた。
二人だから、あたしが得られる快感も二倍。いやそれ以上。
快感を超えるエクスタシーを、あたしはあの時確かに、夏海と共に感じていたんだ。
「ひま、じゃなくてフェイラ! そこでナオと一緒に必殺のスターライティング・ブレイカーだよ!」
舞台袖からシャロが叫ぶ。
あたしが視線をそちらに向けると、シャロも視線をこちらに合わせてきた。
目が合う。
彼女はニシシと笑った。
こんな状態でも、あたしは彼女を可愛らしいと思った。
あたしたちにはない純粋さを彼女だけは持っている。そう感じずにはいられない。
「「スターライティング・ブレイカー!!」」
二人の魔法少女の集中砲火を受け、フランチェスカ役の女性が倒れてもがき苦しむ演技をする。さっきとは違う迫真の演技にあたしは少したじろぐ。もしかしたら、あたしたちの演技に彼女も触発されたのかもしれない。
この舞台のフィナーレを飾るのはまさにこのタイミングだ。
高いシンクロを誇る二人の合わせ技が炸裂し、宿敵が葬り去られるのだ。
あたしは刀を前方に突き出し叫ぶ。
「ナオ!」
「フェイラ!」
ナオも呼応する。躊躇うことなく、ナオはフェイラの手をとる。このまま必殺技を決めれば、舞台は感動のフィナーレへと向かう。
そんな時だった。
不意に、鼻をすする音が、あたしの耳に届いた。
その音はあまりにも小さくて、恐らく、この距離にいるあたしにしか聞こえていなかったと思う。
あたしたちは舞台の左側に、フランチェスカは右側にいた。
あたしは舞台の手前よりに、ナオはあたしの影に隠れるように、舞台の少し奥の方からあたしの手を握っている。
あたしはナオがみんなから見えないように、彼女の方に身体を寄せる。
本当に刀の先から光が出るわけじゃない。
出るのはあくまで音だけだ。
それでも会場は盛り上がった。
まるでヒーローショーに来た子供みたいに、馬鹿みたいに盛り上がった。
最大級のエクスタシーは来なかった。
あたしたちの心は、あの時のように繋がってはいなかったから。
でも、あたしは最後に、あの子の手をギュッと握ってやった。
握らなければ、このまま冷たくなってしまう。
あのいんらんの母親みたいに、突然血脈を止めてしまう。そんな気がしてならなかったんだ。
「ありがとう……」
涙声で、あの子はそう言った。
ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ、あたしの心はくすぐったくなった。
「情けないね」
「ごめん」
「簡単に泣かないでよ」
「ごめん」
「謝ればいいってもんじゃないでしょ」
「ごめ、ん……」
「もういいよ。謝らないでよ……」
「う、ん……」
舞台袖へと引っ込みながら、夏海はあたしの手を放さなかった。あたしは懐かしい感触を味わいながら、ふと昔のことを思い出していた。
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