第12話 親友 その五
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「あ、あのバカ娘!」
紺色をした軍服の上着の様なジャケットに、同じく紺色のミニスカート。クールさの中に可愛らしさを織り交ぜた黒と白の縞模様のニーハイ。銀色の鉄製のブーツ。ジャケットの上には闘うヒロインらしい白のマント。そしてチャームポイントである黒の刀。
あれは本来あたしがコスプレ大会で着るはずだった、大人版フェイラ一等術士の衣装だ。
「魔法少女フェイラ・あいそれーしょん」は第一作では16歳であるフェイラが11歳の時の物語だ。
衣装は五年の間に様変わりしており、11歳の時はスピード重視の彼女の戦い方に合わせて、割と肌に密着したレオタードみたいな衣装を身に纏っているのだ。
だからシャロが着ている衣装はこの作品には出てこない衣装なんだ。そんな服を着て、彼女は何をしようというのだろうか?
「ちょ、ちょっと、あなた一体どういうつもり!?」
フランチェスカ役の人がシャロに突き飛ばされたせいで、地面に倒れ込んだまま叫んでいる。
「あなたが下手だから代わりにぼくがやるの!」
シャロは刀を鞘から出し、見上げているフランチェスカに向かって刃を向けると、彼女はヒッと小さく声を上げた。
「あなた、もしかして転校生の、真壁さん……?」
「そうだよ吉岡夏海! 日真理を酷い目に遭わせるいじめっこ! ぼくは君が嫌い!」
なんという宣戦布告。彼女にはオブラートという概念が存在しないのか。
彼女はフランチェスカに向けていた刃を、今度は突っ立ったままの夏海に向けた。彼女はジッと夏海のことを睨みつけている。ただ顔が可愛いだけに、そこまで怖さは感じられないけど。
「わ、わたしは、そんな……」
夏海は怯えているのか、シャロと目を合わせることが出来ず、オロオロと視線を彷徨わせている。
「あ」
そんな時だ。彼女の目が客席の最前列にいるこのあたしの姿を捉えたのは。
さっきまでのオドオドとは違う、本気で怯えた様な、凍りついた様な表情で、口を半開きにさせたままあたしのことを見ていた。
あたしは目を逸らさない。逸らしてやらない。
学校での役割を失くし、こんな所でイベントを見に来ている惨めなあたしの姿をとくとおがむがいい。
そんな思いを込めて、あたしは彼女を思いきり睨んだ。
ガラン、という音が響き渡る。
夏海は両の手の鎌を取り落としていた。
その動揺はもう誰の目からも明らかだった。
客席のオタクどもは、突然の美少女の乱入に狂喜乱舞だった。
誰も事態など飲みこめていないだろうが、会場全体は異様に盛り上がりを見せていた。
「でも!」
不意にシャロが叫ぶ。会場が一瞬静まる。
「でも、君のナオは凄くよかった! アニメのナオみたい! 本当にカッコイイと思うよ!」
興奮気味のシャロは大き過ぎる胸を揺らしながら、鼻息荒くそう言った。
あれはただの、一人の魔法少女フェイラファンとしての笑顔だと、あたしは思った。
そしてまた彼女は妙なことを言った。
「だから、ぼくと一緒に続きをやって! ぼくがフェイラだからね! かっこは違うけど気にしないでやって!」
「え? ええ!?」
シャロがそう言うと、困惑する夏海を他所に……
「おおおおおお!」
と、会場中をまたしても大歓声が包んだのだった。
言いだしたら聞かないのがシャロだ。多分彼女は、羨ましかったんだ。舞台上で演じる彼女が輝いて見えたんだ。
ただ、それだけなんだと思う。
何が何やら分からない夏海が言われるがままにシャロと演技を始める。
だが、即席の舞台が成立するはずがない。
しかもシャロはフランチェスカ役よりも数段下手糞だった。
彼女は彼女なりに必死なんだろうが、分かり易いほどの大根役者っぷりだった。
正直、見ちゃいられない……。
「あ、あの……」
「え?」
突然声を掛けてきたのは、なんとフェイラの服装をした可愛らしい少女だった。歳は、恐らくあたしと同じか少し上か。
「な、なんでしょうか?」
「あなた、もしかして去年のコスプレサミットで準優勝した方ですよね?」
「え? どうして、ご存じで?」
「去年わたしもあそこにいたんですよ! そしたら、わたしよりも年下なのに凄い上手い子たちがいるって思って、もう釘づけになって見てたんですよ!」
そんなことを長らく人に言われていなかったせいで、あたしの顔は妙に赤くなってしまう。
その人はテンションが上がってしまったのか、引っ切り無しに言葉を繰り出してくる。あたしは、彼女はまるでアイドルのおっかけの様だと思った。
「そしたら、あなたの相方の吉岡さんがわたしと同じバイト先に来てもうテンション上がりまくり!! あの時の写真とかを見せてもらって、その時にあなたの顔はバッチリ覚えました! 彼女言ってましたよ、『私よりも、あの子の方がよっぽど上手い』ってね!」
キラキラに輝く両目が迫る。
「そ、それはどうも……。いや、それよりもあれ、いいんですか? このままだとイベントがめちゃくちゃに、いやもうすでにめちゃくちゃになっていますけど、止めなくていいんですか? ええと……」
「あ、ミズキです! 私は渡井わたらいミズキって言います!」
「ミズキさんですか。えっと、いいんですか、あれ?」
あたしは舞台上で喜色満面のシャロと、困惑しっぱなしの夏海を指さしながら言った。
「いいんじゃないですか? お客さんは盛り上がってますしね」
「んな適当な……」
「それよりもですね! わたしが声を掛けたのはですね、実は……」
そこでなぜか彼女は口の前で両手をメガホンの形にする。
どうやら、ヒソヒソ話がしたいようだ。
あたしは面倒だなと思いながらも、彼女の口の方に耳を近づけた。
彼女は小さな声でこう言った。
「あなたに、わたしが着ているフェイラちゃんの衣装を着て、あの時の再現をしてほしいんですよ。もちろん、相方の彼女と一緒にね」
彼女は、満面の笑みで、舞台上で戸惑う夏海を指さしていた。
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