第11話 親友 その四
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JR秋葉原駅の電気街口から外に出ると、そこには二次元と三次元の狭間、さしずめ2.5次元とも言える世界が広がっていた。
そこかしこにアニメやラノベの宣伝広告があり、あたしは否が応でもテンションが上がる。
「日真理凄いよ! ここにも、あっちにもアニメがあるよ!」
一方、シャロは初めての秋葉原にあたし以上にはしゃいでいるようだった。コスプレ用の衣装が入った鞄はかなり重いはずなのに、シャロはそれをものともせずそこら中を駆け回っていた。
こんな場所で二次元からそのまま出てきたかの様なシャロは異様に目立った。
二次元への旅を目的にここまで来ているはずの、適当に伸ばした髪型にメガネスタイルで、古ぼけたリュックを背負ったオタクたちが、三次元の存在である彼女に不埒な視線をチラチラと向けているのがよく分かる。
シャロの自称保護者としては、そういった下衆な男たちの視線には堪え難いものがあった。だからあたしは、駆け回るシャロをやっとのことで捕まえ、駅前からさっさと走り去ってしまった。
シャロは手を引かれながらも、周りの様子に目を奪われているようだった。
「ああ! 本物のメイドさんがいるよ! あんまり似合ってないけどすごーい!」
「さりげなく酷いよシャロ。あとあれ本物じゃないから」
「ああ! 見て見て! あのアニメ凄く面白いんだよね!」
「分かったから一々立ち止まらないでって」
「ああ! あれは『魔法少女フェイラ・あいそれーしょん』の新作ゲームだよ!」
「え!? どれどれ!?」
あたしはシャロの視線の先へと吸い込まれるように向かう。
そこにあったのは、でかでかと中心に真っ黒な衣装のフェイラちゃんを据え、「八階にてイベント開催中!」と書いてあるポスターであった。
そのポスターによると、どうやら「あいそれーしょん」を元にした新作ゲームが今週発売されたらしく、この大きなゲーム屋の八階のイベントスペースで、プロモーションのために何やら催し物が行われているということらしかった。
「日真理、これ行きたい?」
「い、いい、行きたい、です……。シャロ、行ってもいい?」
「いいよぉ」
シャロはニヤニヤしながら言う。
いつの間にか立場が逆転しているような気がしたけど、あたしは衝動をもう抑えることができなかった。
あたしとシャロは、なかなかやってこないエレベーターを諦め、階段でせっせと八階目指して歩いて昇っていった。
あたしはそこで言葉を失った。
シャロや周りの観客が騒いでいるはずなのに、あたしの耳にはどんな音も届かない。
それは恐らく彼女も同じだったんだと思う。
舞台の上で、彼女は白の魔導師を演じていなくてはならないのに、彼女はジッとこちらを見つめたまま動けないでいたのだから。
彼女は王女らしく白を基調としたドレスのようなバリアジャケットとロングスカートを真っ赤な血に染め、禍々しい鎌型の武器を両手に持ったまま固まっている。
「どうしたんだ?」「あの子なんで固まってるの?」「何かトラブル?」観客は各々この明らかにおかしい空気を感じ取り、原因を究明しようと視線を彷徨わせる。
「ねえ日真理、あれってもしかしなくても吉岡夏海だよね? なんでこんな所でナオの格好してるのかな?」
シャロがあたしの身体を揺する。シャロが彼女のことを「吉岡夏海」と呼んだおかげで、ようやくあたしは意識を現実に引き戻すことができた。
「ちょっと吉岡さん、ちゃんとやってよ」
舞台上で相手役の女性が彼女にそう耳打ちしているのがあたしにも分かった。それで彼女もようやく我に返ったようだった。
彼女は動揺を悟られぬよう、一気に心をコスプレモードに切り替えて言う。
「私の行く手を遮る者は許さない。邪魔をする者は、この鬼神が滅ぼす!」
鬼気迫る狡猾な表情を浮かべるナオ。
アニメの終盤、自身の仇を討ち滅ぼすために戦いを続け、心が壊れかけてしまった傷だらけのナオは、とても魔法少女とは思えないほど悲痛で、孤独で、陰鬱に描かれている。
今の彼女は、ナオの暗い部分を忠実に再現していると思う。
一年前とはまた一味違う、闇を前面に押し出したナオを、やはり彼女は巧みに表現していた。
彼女の相手は、ナオのもっとも憎む、魔導局局長のグレアムを補佐する麗しの魔導師・フランチェスカであった。
仲間をナオの鎌で残虐に切り刻まれてしまったというのに、フランチェスカは怖がるどころか、むしろ長い髪の間から笑みを覗かせながら彼女のことを見下ろす。
舞台上は恐らくその場面を再現しているのだろう。
だが残念なことに、フランチェスカ役の女性は、彼女のように魂を込めて演技をするつもりはなさそうだった。表情も仕草も実に完成度が低く、台詞もしっかり覚えられていないせいで棒読みなのがよく分かる。
あたしはコスプレで人前に出ようとは思ってないから、彼女の演技力にケチをつけるつもりはない。
でも、あたしは1人の「魔法少女フェイラ」のファンとして、作品に対するフランチェスカ役の人の姿勢には納得しかねるものがあった。もちろん、役柄を演じている最中に本名で呼びかけるのも気に食わない。
だからだと思う。あたしは頭の中で色んな考えを巡らしていたから。だからなんだ。あの子があたしの横からいつの間にかいなくなっていることに気がつかなかったのは。
そして、あの子の暴挙を止められなかったのも、きっとそのせいなんだと思う。
「そんなんじゃ駄目ぇぇぇ!!」
「へ?」
書き覚えのある声がなぜか舞台上から聞こえたと思ったら、今度は別の女性の叫び声が上がった。
会場の数十人が一様にざわめき、視線が舞台の1人に向けられる。
あたしも思考を中断し、視線を改めて舞台上に向けた。
夏海が、驚きの表情を浮かべている。あまり見たことがないくらい慌てた顔だ。
そしてその横には、サイズが明らかに合っていないのに、そのくせ胸だけはやたらと苦しそうな黒のバリアジャケットを着て、片手に禍々しい黒の刀を手にした、銀髪碧眼のフェイラもどきが異様な存在感を放って立っていた。
このアニメはフェイラの子供時代なんだから、衣装はそれじゃないよ、というツッコミはもはや野暮であることは、会場の空気が嫌というほどあたしに教えていた。
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