第10話 親友 その三


 ふと、あの日のことを思い出す。

 それは一年前の、まだあたしが、クラスにおける役割を失っていなかったあの頃の記憶。

 浅い眠りの向こうで、あたしは、あの日の記憶を呼び起こす。



「待って! あなたの想いを教えて欲しいの!」

 フェイラは攻撃態勢を取ろうとするナオに対して叫んだ。

「魔導局の魔導師に話すことなんて何もない! 私の邪魔をするようなら容赦しないよ!」

 ナオは尚も攻撃態勢を解こうとしない。

「あたしはあなたと戦いに来たんじゃないの。話を聞きに来たの。辛いことがあるなら話して! もしかしたら、あなたの力になれるかもしれない!」

「そんなことを言って、油断したすきに私を攻撃するんでしょ? その手には乗らないわ! 私はそんな甘言には騙されない! 私は、私自身しか信じない!」

「どうしてそんなに頑なに人を拒むの!? マリアンヌ術士だってあなたのことを保護しようしただけなのに、あなたはそんな彼女を攻撃した!」

「あなたなんかには分からないよ! 大好きだった人に、信じていた人に裏切られた私の気持ちなんて、あなたになんて分からないわ!」

 ナオの顔はもう涙でぐしゃぐしゃだった。

 フェイラはその後、彼女から衝撃的な事実を聞かされる。事実を知ったフェイラは、ナオのために魔導局の暗部と闘っていくことになるのだった。


 このシーンは、二人が初めて互いの想いをぶつけ合うシーンとしてファンからの評価が高い。もちろん、あたしも大好きなシーンだ。


 あの時、あたしたちはこのシーンをコスプレサミットで演じた。よくは知らないけど、それなりに話題にもなっていたみたい。

 強さの中に優しさを兼ね備えたフェイラをあたしが演じ、悲壮感を内包した孤高の存在であるライバル・ナオをあの子が演じた。

 結果は惜敗だったけど、あたしたちには惜しみない拍手が送られたのをよく覚えている。


 ちなみに、あたしたちが演じたアニメは「魔法少女フェイラ・あいそれーしょん」といい、本シリーズの第一作である「魔法少女フェイラ」では16歳であるフェイラが11歳の時の物語で、本シリーズの2作目にあたる。

 魔法少女というタイトルの割に、一作目では既にカッコよく大人の雰囲気を醸し出していて魔法少女という感じがしない彼女だが、11歳の時はまだまだあどけなさが残る、れっきとした魔法少女として描かれている。


 「あいそれーしょん」において、主人公のフェイラは、魔導局の新人隊員として慣れないながらも日夜出動任務をこなしている。あたしが演じたのはこの主人公のフェイラだった。

 そんなフェイラのライバルが、白の魔導師ナオという。あの子が演じたのはこのナオだ。

 ナオは元々ある国の第二王女であり、人当たりがよく誰にでも平等に接することから臣民から慕われていた。彼女には姉がおり、その人の名前をミオナという。ミオナはナオを心底可愛がった。しかし、ナオは成長するにしたがい、徐々に高い魔力を身に付けるようになっていく。その一方で、ミオナの魔力は上がらず、勉強でも魔法でも妹に全く太刀打ちできなかった。しかも彼女は非常に病弱であった。それでも、彼女は妹を大切にしようとした。


 そんな頃、彼女の元に一人の男が現れる。彼の名をエリオ・グレアムという。彼は魔法世界を管理する魔導局の局長であり、局のさらなる強化を図るために、この国の貴重な宝具を手に入れたいと考えていた。彼は悪知恵を働かせ、仲間割れを起こさせ国が乱れさせ、混乱に乗じてそれを奪ってしまおうと考えた。


 彼は治癒の宝具による強力な治癒魔術を駆使し、危篤になっていた女王の命を救い、一族から信頼を得る。特に、ミオナに深く取入り、彼女の意思決定に影響を及ぼすほど親密になった。グレアムは、彼女の気に障らない程度にナオに対するマイナスイメージを植え付け続けた。ナオは王位継承を狙っている、と。

 はじめ、ミオナは何をバカなと思っていた。だがある時、ナオは姉に尋ねた。


「王位を継承することを辛いと思ったことはありますか?」


 なぜ、そのようなことを聞くのか? ミオナは訝しがる。実はこれもグレアムの策略だった。グレアムは妹のナオにも取入っていた。ナオに対し、「君のお姉さんは身体が弱いから王位を継承させるのは酷だ。君が代わりに大役を果たすべきではないか?」と説いた。姉を愛していたナオは、姉のためと思い先ほどの問いを投げかけた。だが、これがきっかけでミオナはナオに不信感を抱く。

 ナオが王位継承を狙っている。グレアムの言葉を彼女は信じ始めてしまっていた。


 ナオは姉のために姉の負担を減らそうとした。だが、それはミオナにとって自分を追いやろうとしているようにしか思えなかった。

 そしてやがて、ナオの行動はミオナの我慢の限界を超えた。ミオナは、自分の身の不安を同時に感じ、決断を下した。

 ミオナは問うた。


「ナオは、自分が王位を継承した方がいいと思っているの?」


 ミオナの口調は優しかった。だからナオは、素直に自分の思いを告げた。


「はい、お姉さまのためにも、その方がいいと思います!」


 これが決定打だった。ナオの想いはミオナに伝わることはなかった。

 ミオナはナオに謀反の罪を着せ処刑してしまった。大好きだった姉に裏切られ、絶望を抱きながらナオは死んだ。


「ミオナにはもっとナオを信じて欲しかったなぁ」


 アニメのこのシーンを見ると、シャロはいつも寂しそうにそう言った。


「そうね。信じてもらえないのって、一番辛いもんね……」


 そう言って、あたしはシャロの頭を撫でてやった。


 一方、物語はここから終盤にかけての盛り上がりが凄い。処刑されてしまったナオだったが、彼女は死の淵から蘇る。彼女の命の源は「恨み」だった。彼女は故郷に戻ると、自分を見捨てた肉親や使用人を次々と容赦なく殺害していった。そして最後に、彼女は姉に死神の鎌を向けた。彼女は姉がグレアムにそそのかされたことを知る。だが、最後まで信じて欲しかった姉の裏切りを許すことはできなかった。

 恨みの力で自らの生まれ故郷を滅亡させた彼女の心には、虚しさだけが残った。それでも、彼女は止まらなかった。グレアムを殺すまで、この命は終わらない。ナオは魔導局の本拠地に乗り込んだ。


 魔導局に乗り込もうとするナオだったが、迎撃に向かった魔導師の一斉攻撃を受けて負傷する。フェイラの先輩であるマリアンヌは彼女を介抱するが、復讐に燃え見境のなくなったナオによって重傷を負ってしまう。


 マリアンヌの優しさを仇で返したナオに怒るフェイラはナオと衝突するが、彼女の話を聞き、グレアムが諸悪の根源であることを知る。彼女は正義感の塊であり、局のためにナオの運命を弄んだグレアムが許せなかった。

 彼女は、魔導局が間違っているのならそれを正すべきだと考え、もう自分が局に戻れなかったとしても、グレアム他配下の人間を断罪するため、ナオに力を貸すことを約束する。


 あたしたちが演じたのは、まさにこの辺りのシーンだ。ここから二人は力を合わせて魔導局の暗部に切り込んでいく。前作以上に熱く、切ない物語はクライマックスを迎えるのだった。



 あの時も、そして今も、別の人間になれば、あたしはどんなに恥ずかしい言葉でも躊躇いなく言うことが出来た。

 あの舞台で、まるで本当にそのキャラになったかの様に、あたしの中に彼女の人生が流れ込んできた。

 それは多分、あの子もそうだったんだと思う。

 あれだけ大粒の涙を流した彼女なんて、今にも先にもあの時一度きりだったのだから。


 そんなあの子が今、涙を流す理由とはなんだろうか?

 自分は手を汚さず、周りの人間に人を攻撃させたくせに、今になって良心でも痛んだのだろうか?

 だとしたところであたしの中であなたに対する気持に何ら変化は起こらない。

 神様の差し金なのか、そうじゃないのかはもうあたしにはよく分からないけど、どちらにせよ彼女はあの時あたしを殺した。二年B組武内日真理はあの時死んだんだ。

 ここにいるのは相談室通いの惨めな弾かれ者。抜けがらの死体。

 華やかさの陰で、永遠に日に当たらずに干からびていくだけの存在。


 今のあたしはまるでナオの様な境遇だと思わない?

 信じてた人に裏切られて、いじめという名の死刑に処せられた。

 でもあたしは彼女の様に鬼神になってまで復讐する気持ちは持たなかった。

 あたしは運命を受け入れちゃったから。これが役割なのだと信じたのだから。

 だから抵抗しなかった。ゾンビになってまで闘ったりはしなかった。


 でもね、今のあたしは少し揺らいでいる。

 理由は簡単。シャロに出会ってしまったから。

 あの子にあたしの中のルールは簡単に壊されようとしている。

 でもあたしにはそれが良いことなのか分からない。

 だから誰か答を示してほしい。

 そしてあたしを導いてほしい。

 それが、今のあたしの唯一の願い。




「……まり、日真理! ねえ聞いてる? ねえってば!」

「な、なに、シャロ?」

「今女の人が『次は秋葉原』って言ってたよ」

「女の人? ああ、アナウンスのことか。あ、ホントだ。次が秋葉原だ」


 駅に近づくに連れて、アキバ特有の”痛い”看板たちがあたしたちの目に飛び込んでくる。


「うわあ、すごーい!」


 シャロの目が一層輝き出す。アニメ好きの血が騒ぐのだろう。

 あたしとシャロは重たい鞄を肩にかけて立ち上がり、異世界へと続く扉の前に立つ。

 電車が止まり、ゆっくりと二枚扉が開かれていき、あたしたちの眼前に、秋葉原という名のシャングリラが広がった。


 シャロが息を飲む。柄にもなく彼女が緊張していることが手に取るように分かる。

 そんな大袈裟な、と思いながらも、あたし自身もわずかに鼓動が高鳴るのを感じる。

 そしてついに、あたしとシャロは、アニメとオタクたちの聖地であるこの秋葉原に足を踏み出したのだった。

 心なしかいつもより冷たい風を受け、あたしは一人身震いする。


「では行きましょう、フェイラ術士」


 まだ例の銀髪ツインテールメイドにはなっていないのに、彼女はそんなことを言い始めた。

 そんな楽しそうな彼女を見ていると、あたしの心も自然とコスプレモードに切り替わった。


「そうね。行きましょう。悪いやつらはあたしが許さないわ」


 フェイラのように勇ましく、あたしは意気揚々と歩き出す。

 その後ろから、ちょこちょこと銀髪ツインテールがついて来る。


 そんなあたしたちを、秋葉原の雑踏が出迎えていた。

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