第7話 ロールプレイング その四

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「シャ、シャロ……?」

「フェイラ一等術士、一般人に手をあげるなんてあなたらしくありませんよ!」


 メイド姿のシャロは真面目くさった表情をしてあたしに人差し指を向けた。


――いったいなんの真似?

 あんたは今日この場で人気者の美少女の地位を築いたばかりじゃないか。あんたはその役割を、明日も明後日も全うしていけばいいだけなんだ。そのためには、弾かれ者であるあたしに話しかけるなんて馬鹿な真似をしては絶対に駄目なのに……

 なのになぜ、あんたはそんな馬鹿みたいな格好で、馬鹿みたいなセリフを、そんなまっすぐな瞳で、こんなあたしに投げかけてしまっているの?


「なになに? あの子、武内さんの知り合いなの……?」「うわぁ、マジかよ……」「関わらない方がいいのかなぁ」


 案の定だ。こんなあたしの知り合いだなんて分かってしまったら、せっかく優しくしてくれていたクラスメイトたちが離れるのは当然だ。

 誰だって、この教室での役割を失いたくはない。役割のない人間など死んだも同然なんだから。


「あなた、それって……」

「民間人の方、ここは立ち入り禁止です。すみやかに、フェイラ一等術士の半径三メートル以内から離脱してください! でなければ、彼女のスターライティング・ブレイカーに巻き込まれますよ!」


 そう言って、シャロは夏海の背中を押し、あたしから遠ざける。


「ちょ、ちょっと! 真壁さん!?」


 夏海が慌てふためきながら抗議するが、そんなことはお構いなしに彼女を教室の端の方まで連れて行くシャロ。


「おい何の騒ぎだ!?」


 教室に戻ってきた担任の中林先生が異変に気づき、教室前方の扉の近くから声を荒げていた。


「真壁! お前なんて格好してるんだ!?」


 シャロのメイド服に度肝を抜かれたあと、中林先生は一度咳払いをした。そして冷静を装いながら、シャロに押されている夏海と、教室の後ろで棒立ちになっているあたしを見比べた。

 あたしの様子が明らかにおかしいと思ったのか、彼は怖い顔をしてあたしの方に向かってきた。


「日真理!」


 あたしが怒られると思ったのか、メイド服の少女は夏海を置き去りにして全速力であたしの元まで走ってくる。


 気付くとシャロはあたしの前にいた。あたしを庇うように、カフスのついた腕をあたしの前で一杯に広げている。


「真壁、そこをどいてくれ。俺は別に武内をしかる訳じゃない。俺は何があったのかその子に直接聞かなければならないんだ」

「日真理は何もやってないよ! 日真理はただ、ぼくと『魔法少女フェイラ』ごっこをしていただけだよ!」

「魔法少女って……まあ、それはこの際あまり重要じゃない。俺はこのクラスの担任だ。クラスに困っている生徒がいるのに見過ごせるか。今日こそ、武内の悩みの種を教えてもらうぞ!」


 中林先生はシャロをどかそうと語気を強める。だがしかし、それでも彼女はあたしの前からどこうとはしない。彼女はこう叫んだ。


「そんなことはどうでもいいの! 日真理が言わないならぼくも言わない! ぼくはただ日真理と……友達と一緒に学校に通いたいだけなの! 友達の嫌がることを、先生はしないで!」


 中林先生は困り切って頭を掻いている。

 シャロの鼻息が荒い。

 その時、あたしは……。



「た、武内……?」


 動揺した先生の声が聞こえる。


「ひま、り……?」


 シャロの声も心なしか焦っている気がする。

 どうしたと言うのか? 何があったと言うのだろうか?


 ポタリ、ポタリと、雫が教室の床に落ちた。

 しゃくりあげる声。

 そう、それは嗚咽だった。

 クラス中がざわつく。

 その時、あたしはようやく自分に起きている事態を把握した。


「日真理、泣かないで」


 甘ったるいけど、それでもあたしの身体を優しく包むその声が聞こえる。それはこのあたしに向けられている。

 あたしは、泣いていた。

 涙が止めどなく溢れた。

 柄にもなく声をあげてしまっていた。


 何をされても、今まで一度だって泣かなかった。

 諦めてたから。神様に、その責任を押し付けていたから。泣かなかった。

 泣いたら自分が壊れると思ったから、泣かなかった。

 それが、たったの一言で、あんなにもありきたりな、でも、あたしにとってはどうしようもなく貴い言葉で、あたしの堰き止めていた感情が、ついに溢れ出してしまった。



 これは神様があたしに与えた役割。

 いじめられているのが、神様に決められたことなら仕方が無い。

 それはあたしが悪いんじゃない。

 もとより自らの境遇に納得した時なんてなかった。

 いんらんの母親。飲んだくれの暴力親父。

 いじめなんて、それが少し酷くなっただけだ。

 だからあたしはすんなり、こんな残酷な運命を受け入れた。

 これが神様から与えられたあたしの役割なんだ。

 あたしはただ、役割を演じるだけ。

 RPGと同じ。あたしはモブキャラを演じるのと同じ感覚で武内日真理を演じているだけ。

 あたしはただ役割を演じる。

 これは現実と言う名の、ロールプレイングゲーム。

 主人公はあたしじゃない。

 モブキャラである武内日真理はさっさと消えましょう。

 ははは……。



――ぼくはただ日真理と……友達と一緒に学校に通いたいだけなの!


 彼女はゲームブレイカーだった。彼女はこのRPGを破壊する存在。

 あの子に型通りの役なんてない。


 じゃあ、あたしの役割ってなんだっけ?

 さっきまではっきり理解していたつもりだったのに、急に靄もやがかかったようにわからなくなってしまった。

 なんだか急に馬鹿らしく感じられてきてしまった。


 ねえ、あたしの考えは本当に正しかったの?


 ねえ神様、ホントに、ほんとーに正しかったの?


 ねえ聞いてる? ねえ?


 ねえってば……?






 答えてよ、

 馬鹿神様。

 あたしの生きてる意味って、何よ……?

 教えてよ……。

 ねえ……。

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