第6話 ロールプレイング その三

3


 目の前の光景が信じられなかった。

 あたしの役割はすでにないのに、意味もなくあたしはこの教室にいる。クラスメイトは遠巻きにあたしの噂話をし、夏海の取り巻きはあたしに肩をぶつけてくる。

 そんなあたしにとって無味乾燥であるはずの教室に、あたしの興味を引く対象が立っていた。


 黒板に長ったらしいフルネームが、意外にも達筆な文字で書かれていく。

 メイド服ではなく、この学校の制服を着た彼女の、銀髪ツインテールが楽しそうに揺れていた。

 名前を書き終ると、シャロはクルッとこちらを向いた。そして担任の中林に促され、シャロは自己紹介のために口を開いた。


「ぼ、ぼくの名前は……」


 なぜあの子がここにいるのか? あたしはない頭で必死で考えを巡らした。


 シャロが例の一人称を用いたせいで、「ぼく?」とクラスメイトたちの怪訝そうな声がそこかしこで聞こえだしていた。


「真壁・シャロット・グレンフェル、です。よ、よろしくお願いします!」


 まさかこれが彼女の言った「面白いこと」なのか。こんなの「面白い」で済ませるような話じゃない。

 あたしが、捨て猫を拾った小学生みたいに彼女を誰にも見つからないように養おうとしていた矢先、まさか彼女があたしと同じクラスに現れるなんて誰が考えるだろうか?

 あたしはまるで状況が理解できずにいた。


「可愛いね」「なんか抱きしめたくなっちゃう」


 どうやらクラスメイトたちは、あの子の満面の笑みに骨抜きにされたようだった。

 あたしは心の淵で、何やら込み上げてくるのを感じていた。それは嫉妬なのか殺意なのか何なのか分からなかったけど、少なくともそんなクラスメイトたちの様子を、あたしはイラつきながら見ていたのだけは事実だ。


 休み時間になった。

 シャロはクラスメイトたちの興味の中心にいた。

 漫画の様に、沢山の人が彼女に質問を試みている。

 女子は人形を愛でたいと思うような好奇心を、男子は憧れにも似た好意を視線に込めて彼女に送る。

 シャロはたどたどしいながらも、一生懸命彼らの問いに答えているようだった。答えられることがあるのか疑問ではあったけど。


 彼女の席はあたしの五つ前だった。つまり、一番左の列の一番前と一番後ろだ。教室がざわついてることもあり、会話の内容があたしの耳に届くことはなかった。


 彼女に群がる人々は、昼休みになっても減る気配がなかった。

 人気者の美少女。それが、あの子がたったの一日で築き上げたこの学校での役割だった。

 羨ましいとは思わなかった。

 あたしにはそれがないと分かっているから。

 ただ、少し怖かった。

 あたしの手の中にいたはずのあの子が、あっさりとあたしの手を離れていってしまったことが、堪らなく恐ろしかった。

 あたしの場所はもうない。このクラスでのあたしの役割はもう二度と与えられない。


 だったらなぜあたしはここにいるの?


 帰ろう。

 あの子はもう昨日までのシャロじゃない。この二年B組の真壁・シャロット・グレンフェルなんだ。

 だからあたしは無言で立ち上がった。


「日真理」


 気付くと、そこには吉岡夏海が立っていた。

 茶色がかったロングヘアーの美少女。だけど、彼女とあたしの道はもう永遠に交わらない。

 メガネと三つ編みはもはや戻って来ることはないのだ。


「何?」


 明確な敵意を視線に込めて言った。

 途端クラスの空気が変わる。ただでさえ厳しいこの状況で、夏海に何かしようものならあたしの学校生活の未来は確実になくなるだろうことは分かる。

 でも構わない。もうこんなところに未練なんてないんだ。どうなろうと知ったことではない。せめて最後に、このあたしでも出来る精一杯の神様への反抗を試みようと思う。

 だからあたしは、夏海をひっぱたこうと手を上げようとした。

 その時だった。


「フェイラ一等術士、一体何をされているのですか?」

「な!?」


 あたしは声の主の方に素早く振り向く。

 そこには、一体いつ着替えてきたのか分からないけど、なぜかメイド服を着て、ウザいまでに綺麗な笑顔を振り撒く、美少女転校生シャロの姿があった。

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