第5話 ロールプレイング その二
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あたしが初めてコスプレをしたのは中学一年の時。当時の親友が突如としてコスプレの大会なんてものに出場すると言い出したのがきっかけだった。
「お願い! ひまも一緒に出て!」
「こんなボディラインが出まくってる服なんて着られるか!」
彼女が渡してきたのは、それはあたしの好きなアニメ、「魔法少女フェイラ」の主人公、フェイラ・テスタロッテ・ハロウウィンというキャラクターの子供時代の衣装だった。
――魔法少女。
それは女の子なら誰もが憧れるアニメヒロインの代表的存在。あざといぐらいに可愛らしい笑顔で、ちょっとばかりエッチな変身シーンを経て生まれ出ずる純粋な勇者。
それはまさに可愛さの象徴であり、強さへの憧れであり、非日常の体現だとあたしは思う。
幼い時のあたしもその例外ではなく、そんな存在に憧れたものだ。そしてその憧れは今でも変わらない。
ただ、彼女に渡されたのはまるでレオタードの様にぴっちりとした服で、どう考えてもロリコンの変態たちのオカズになること請け合いのものだったのだ。
「大丈夫! サラシを巻けば胸は隠せるから!」
「あたしは昭和のアイドルか! もう、よりによってどうしてコスプレなのよぉ…」
結局あたしはあの眼鏡っ娘に押し切られ、嫌々ながらも彼女と一緒に大会に出場したのだった。
コスプレは思ったよりもあたしに合っていたらしい。そして、それ以降あたしはしょっちゅうその辺のイベントに顔を出すようになった。
キャラになり切ることは、日々のストレスの丁度いいはけ口となっていた。
飲んだくれて時折暴力を振るう親父、真面目だけど口うるさい継母、ドロドロとした学校の女社会。大人はそんなことたいしたことではないと言うだろうけど、子供には子供なりの苦労がある。あたしは、あの時からそんな世界にウンザリしていた。
コスプレがあたしを解き放ってくれたんだ。この面倒な世界における、ただの学生であるところの武内日真理から、別の何かになれるような気にさせてくれたんだ。
そしてそれは今日とて同じだ。
学校から逃げ帰ったあたしは家に着くや否や、身にまとっていたものを下着以外全て脱ぎ捨て、制服をグルグルに丸めて壁に思い切り叩きつけた。
「日真理何やってるの?」
メイド姿でシャロが尋ねる。
「変身」
あたしはそれだけ言うとクローゼットの方へと向かい、勢いよく扉を開けた。
大量のコスプレ用の衣装が顔を覗かせる。あたしはその中の一つを勢い良く引っ張り出した。
それはやはり、魔法少女フェイラの衣装であった。ちなみにこれは子供時代ではなく通常版のフェイラだ。
あたしはバリアジャケットをなんの可愛げもなく着こみ出した。
みるみる内に、あたしの身体を衣装が包んでいく。
ただ、その衣装は決して可愛らしい系統のものではなかった。どちらかと言えばカッコ良く凛々しい類のものだ。
このコスプレにより一層強い印象を与えるのは、真っ黒な"刀"だった。
この魔法少女は空を舞いながら刀を振り回す。はっきり言えば物騒この上ないのだけれど、それを美しく優雅に見せるのが魔法少女たる所以だ。
あたしは衣装を着こむと、鏡の前に立ってみた。
紺色のコートの様なジャケットに、同じく紺色のミニスカート。さらに絶対領域を際立たせる黒と白の縞模様のニーハイ。銀色のいかついブーツ。ジャケットの上には白のマント。頭には金髪ロングヘアーのウィッグ。そして手には、禍々しい黒色の刀が握られている。
「うわぁ! フェイラちゃんだぁ! 日真理かっこいいなぁ!」
シャロが歓声を上げる。
「シャロ」
「なあに?」
「あたしを日真理と呼ばないで。あたしはフェイラ・テスタロッテ・ハロウウィン一等術士。魔導局の中でも歴代最強の魔導師。あたしより強い魔導師なんて他にいないわ」
「あははは、日真理が変なこと言ってるぅ」
「うっさいマジで殴る」
「いたぁい、フェイラ術士痛いですぅ」
それはまるでアホな子達の会話だった。
馬鹿だと思うなら好きなだけ馬鹿にするがいい。
だが、あたしはいたって真面目にこんなことをやっている。
「フェイラ術士、どうされたのですか?」
ツインテ美少女メイドが、馬鹿みたいに可愛い顔であたしのことを見つめていた。
「ねえシャロ、あたし、フェイラに、見えてる……?」
あたしの声はなぜか震えていた。
だけど、シャロはいつもの笑顔でこう言った。
「見えてるよ! すんごく似合ってる!」
そう言って、シャロはあたしに抱きついてきた。
もしかしたら、あたしは怖かったのかもしれない。もしシャロに似てないと言われたら、急速に現実に引き戻されるような気がしていたのかもしれない。
膨よかな胸が、あたしの貧相な胸の下あたりに押し付けられる。シャロはあたしに抱きついたままピョンピョン飛び跳ねている。
今すぐにでも泣いてしまいそうだった。
でも泣かない。
あたしは今はフェイラ一等術士なんだ。最強の魔導師は人前では決して泣かない。
強くて、気高くて、そして孤高なのが、今のあたしなのだ。
あたしは刀に手を掛ける。
シャロがわざとらしく「きゃー」と声を上げる。
あたしは、この世界から隔たれたマイルームで、碧眼メイドといつまでもコスプレを楽しんでいた。
その夜、両親が寝静まったのを見計らって、あたしはあの子をこっそりアパートの狭いお風呂に入れた。病的に白い肌をしたあの子は、そこであたしにこう言った。
「明日学校で面白いことがあるから、日真理は学校に来てね」
学校なんぞに面白いことなどある訳がないと、あたしは反発した。だがシャロは退かなかった。
「ホントに面白いことだから、絶対絶対来てね!」
彼女はあたしの瞳をジッと覗き込んだ。その澄み切って真っ直ぐな瞳を、あたしに目一杯近付けながら。
シャロの嫌がらせのように大きな胸が、あたしのあるのかないのか分からない胸に当たる。
「シャロさ、あんた一体何食べたらこんなことになるの?」
「日真理はおっぱいに興味があるの?」
シャロは瞳を逸らさず真顔で言う。
「興味というか、あたしと同い年のあんたがそんなものを持っている理由を聞きたいの」
シャロの胸はとても中学生レベルとは思えない。カップで言えばGはあるんじゃなかろうか。触ればプリンのようにぷるんと震え、思わず鷲掴みしたくなるほどだ。
シャロの身長はあたしより五センチ以上低い。あたしは一五二センチだから、彼女は一四五くらいだろう。小柄で巨乳とは、男には堪らないのではないだろうか。もちろんあたしも堪らないのだけど。
ちなみに乳首は……いや、さすがにこれ以上はやめておこう。うん。
「ぼくのおっぱいの秘密を知りたかったら明日学校に来て。そうしたら教えてあげる」
嘘つけ、と心の中でつっこむ。正直秘密があったのだとしても、あたしがそんな風になれる気は微塵もしなかった。
それからしばしあたしとシャロの押し問答は続いたが、結局シャロは全く折れてはくれなかった。
そろそろのぼせそうだったし、それにこれ以上抵抗するのも無理な気がしたので、あたしはあそこに行くのは最後という条件付きで、渋々逃げ出したばかりのあの場所に戻ることに同意したのであった。
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