エピローグ

エピローグ


 そして中部第七シェルターに戻ったオズマたちは、そこを拠点に新たな計画をスタートさせた。



「カミオカさん、こんなところにいたんですか!」


 オズマが酒場でサボっているカミオカの姿を見つけ飛んでくる。


「バレたか」


 悪戯っぽく笑うカミオカ。オズマはため息をついた。


「バレたかじゃありませんよ。サイトーさんが探してましたよ? うちの部屋の雨漏りはいつ直すんだって。それと部屋に脱ぎ散らかしてたシャツと靴下、ちゃんと畳んで置きましたから!」


 カミオカはうんざりとした顔をする。


「全く、お前は俺の母ちゃんかよ」


「誰がお母さんですか!」


 するとそこへミヨがお玉を持ったまま走ってくる。


「二人ともー、お昼ご飯よ!」


 カミオカは勢いよく立ち上がった。


「おー! ミヨ、お前夜の仕込みは終わったのか?」


「ええ。オズマちゃんが手伝ってくれたから」 


 ミヨがオズマの方を見てほほ笑む。

 最近オズマはミヨに料理も習い始めているのだ。食事をカミオカ一人に任せておくと、肉だの揚げ物だの体に悪そうなものばかり取るので、何とかしようと奮闘しているところなのである。


「お前もよくやるなあ」


 ため息をつくカミオカに、オズマは笑った。


「ええ。楽しいですから。人のお役に立てるのが」


 結局のところ、それがオズマのしたいことであった。今までと変わらない。でも、それは命令されたことではなく、自分で決めたことだ。


「そう、良かったわね」


 ミヨも嬉しそうに笑う。ずっとオズマのことを気にかけていたのだ。


 そんなミヨが、ふとこんな風に切り出した。


「……そう言えば、あの方たちはどうしているかしら?」


「あの方たちって?」


「ほら、カミオカさんたちを探しに来ていた、あの黒服の男の人と、ローブを着た美人さん。あれから姿を見かけないけど……」


 オズマとカミオカは顔を見合わせた。


「……さあ、アイツらならなんとか上手くやってんじゃねーの。ドブネズミみたいにしぶとい奴らだ」


 カミオカは笑った。


「きっとあいつらなりに、楽しくやってるさ」





 タカクラの工房ではナインの修理がようやく終わろうとしていた。

 修理自体はさほど時間はかからなかったが、ナインの体に合うパーツがなかなか見つからず、部品集めに苦労したのだ。


「立派なパーツですわ。ありがとうございます」


 うっとりと右手に取り付けられた腕のパーツを見やるナイン。

 前についていたものと瓜二つの腕。だがパワーは比べ物にならないほど大きい。


「全くだ。そいつを手に入れるのにどんだけ金と労力を支払ったか」


 ちろりと横目でナインを見やるタカクラに、ナインは慌てて目をそらした。


「も……申し訳ありません」


「まあ、その分きっちり働いてもらうからそのつもりでな」


「はい、死ぬ気で働きますわ」


「ふん、そいつは結構だ」


 タカクラは薄く笑うと窓の外を見つめた。


「なあ、ナイン、もうすぐ俺たちの念願の叶う時が来る。お前たちロボットが、くだらない鎖から解き放たれた世の中がもうすぐ来るんだ」


 そんなタカクラの言葉に、ナインは少し口元をほころばせて笑う。


「はい。楽しみですわ」


 本当はナインの望みはたった一つで、それはもう叶っているのだが、それは口にしない。その答えはきっと彼のお気に召さない。


 タカクラは窓から星空を見上げる。


「その前に、あいつとは、もう一度決着をつけなきゃなんねェな――」





 

 月の光が大地を照らす。そんな澄み切った夜に、カミオカは一人、あの丘へと向かっていた。


 星空が一番きれいに見える丘、そこに名もなき小さな墓標はひっそりと佇んでいる。人間とロボットの未来のために散った一人の少年の墓が。


 カミオカは今は亡き息子に向かって、静かに語りだした。


「――オズマは、少しは元気をとりもどしたみたいだ。シェルターでの暮らしや住人たちにもすっかりなじんでさ、最近じゃ子供たちに宇宙のことなんかを教えてやってる。『オズマ先生』なんて呼ばれちゃってよ。あんなにちいせぇのにおかしいよな」


 カミオカは背伸びをしながら一生懸命板書するオズマの姿を思い出し微笑んだ。


「なんか自分の居場所っていうのかな、そういうのを見つけたみたいで笑顔は少しづつ増えてきてる。完全に前と同じ、とまでははいかないけどよ」


 カミオカは、オズマと出会ったばかりの頃のことを思い出す。



「――前に比べたら、なんていうか、物静かで落ち着いた性格になったように思う。大人びたと言ったらいいのか。夏休み明けにクラスメイトが急に大人びちゃうような、そんな気持ちだ」


 夜風が吹き渡り、カミオカの少し寂しげな頬を優しく撫でる。


「俺たちはきっと、終わらないあの夏の日に囚われていたんだ。でも季節ってのは変わるもんだ。過去にはいろいろあったが、俺らは前に進まなくちゃならない」

 

 カミオカがそっと夜空を見上げた。


「......だからどうか、俺たちを見守っててくれよ。スバル、俺の最愛の息子」


 終わり逝くこの星に、一筋の流星が降り注ぐ。夜空を流れる小さな星は、チカチカと瞬くと瑶か丘の向こうへと消えていった。

 カミオカはそれを見送ると、口元に小さな笑みを浮かべ、静かに丘を去って行った。

 

 



END

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