17.オズマへの贈り物


 ――閃光が丘を包む。


 オズマは力を使い果たし、地面に倒れ込んだ。できることはすべてやった。これで駄目なら――


「オズマ」


 意識を失いかけたオズマに、カミオカが駆け寄る。


「お疲れさん」



 オズマが目を開けると、すべてが終わった丘の上、朝焼けが動かなくなったロボットの残骸に色を落としていた。


「......終わったんですね」


「ああ」


 カミオカが眩しそうな目をしながら答える。


 二人は、しばらくの間そこを動くことが出来なかった。




「さて......帰るか」


「はい」


 オズマとカミオカは、かつてスバルであったロボットを土に埋めると、鮮やかな朝日に染まった土を踏みしめながら帰路についた。


 思えばあまりに長く残酷な旅であった。疲労がピークに達する中、二人は無言で歩き続けた。


「なあオズマ、お前はこれからどうするつもり――いや、どうしたい?」


 ふいにカミオカが訪ねる。オズマは穏やかな口調で答えた。


「タカクラさんのところへ戻ります」

 

 カミオカは驚いた顔でオズマを見やる。


「戻ってどうするつもりだよ。まさか、また引きこもり生活か?」


 地面を踏みしめる音があたりに響く。オズマは力なく笑った。


「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。ぼくの体が必要となるときまで眠りにつくだけです。時が来れば、きっとまた誰かのお役に……」


「その結果として、お前がお前で無くなったとしてもか?」


「はい」


 あっさりと返事をするオズマ。カミオカは唇を噛み締めた。


「いいのかよ、それで......」



 オズマは満足していた。もう充分だった。

 

 長く辛い旅は終わり、どうしようもない虚無感だけがオズマを襲う。


 この世界はもう、自分の存在を求めてない。世界を滅茶苦茶にして、沢山の人を傷つけたロボットに価値などない、オズマはそう思っていた。



「こんな……こんな痛みを味わうのなら、情動回路こころなんて、要らなかった」


 

 人は何故、ロボットにも心を求めたのだろうか?


 あまりにも多くの人を傷つけたという感情、それによって引き起こされる自責の念、多くの人との悲しい別れ。


 処理の追い付かない様々な出来事が、次々とオズマを襲い、忘れることも、壊れることもできない。それでは一体どうしたらいいのか――


 だがカミオカは拳を強く握り、決心したようにオズマに切り出した。


「なあ、オズマ。俺が前に言ったこと、覚えてるか? プレゼントのことだ」


「プレゼント、ですか……?」


「そうだ。できるなら、その決断はプレゼントの中身を聞いてから決めてほしい」


 カミオカの断固とした口調。どこからそんな自信が湧いて出てくるのかオズマは理解に苦しむ。


「ですが、何を与えられたところで、ぼくには……」


 カミオカは首を慌てて横に振った。


「違う違う、プレゼントっていっても物じゃないんだ」


「どういうことです......?」


 頭をポリポリと掻くカミオカ。


「……実はな、ある計画を立ててるんだ。俺だけじゃない。中部第七シェルターの皆で」


 カミオカは遠くを見つめた。


「この星は完膚なきまでに破壊され尽くしちまった。この丘に自然が残ったのだって、奇跡みたいなもんさ。それでも中には、文明の再構築のために動いてる奴も……かくいう俺も、その一人でな」


 笑って見せるカミオカに、オズマも思わず小さな笑みを浮かべた。


「……貴方らしいです」


「ハハ、そりゃどうも。だ、だ。その手法についてなんだが……勿論、この星を蘇らせようとしている連中もいる。けど、俺が考えてるのは、宇宙への移民だ。お前が乗った探査機とは比べ物にならないくらいデカい船を造って、新天地を探す旅に出ようってわけよ」


 大きく腕を振り、楽しそうに話すカミオカ。


「それで……だ。お前が出発前に詰め込んだ宇宙の知識だとか旅の過程で得た経験が、俺たちの計画には必要なんだ。どうだ? このプロジェクトに、お前も加わらねぇか? 調子のいいお願いかもしれないが、また人間おれたちに力を貸してくほしいんだ」


 オズマは地面を見つめた。何と答えたらいいか分からなかった。


「それは……」


「これは命令じゃない。ただのお願いだ。嫌だったら嫌だといってもいい。決断するのはお前だ」


 真っすぐなカミオカの瞳。その瞳がゆっくりと瞬きをして空の色を映す。


 けれども、オズマは地面を見つめた。黒くむせかえるような闇がオズマの脚をとらえて離さない。


「でもそんな......ぼくなんかが――この星だって、ぼくのせいで」


 あまりにも多くの人を傷つけた。この星をめちゃめちゃにした――そんな思いが、責任が重くオズマにのしかかる。身動きが取れないほどに過去の呪縛は、容赦なくオズマに襲い掛かる。


「前にも言ったけどな、ぼくのせいとか、ぼくなんかとか、そういう言い方はやめろ」


 カミオカは強い口調で言うと、オズマの肩をつかんだ。


「嫌なら逃げてもいい。引き篭っても。でも、それがお前が責任を感じてそうしなきゃいけないと思ってんなら、それは違う。そんなのは無意味だ。重要なのは、これからお前がどうしたいかだ」


 オズマはカミオカを不安そうに見つめた。自分がしたいこと。それは――


「でも――ぼくは……」


「言っただろ? これはお前にしかできない仕事だ。俺たちにはお前が必要なんだ」


 朝の光がカミオカの頬を眩しく照らす。

 すべての不安を吹き飛ばすような強い瞳と自信に満ちた表情。


 そんな昔と変わらないカミオカの表情を見て、オズマは昔を思い出した。皆で目標に向かって頑張っていた日々を。この人は昔のままだ。ちっとも変わらない。あの頃のように自分を必要としてくれている。


 オズマは、自分の心にかかっていたもやが次第に晴れていくのを感じた。


「……お前にはずいぶんつらい思いをさせた。だけれどもこれからは、一緒に前に進んでいこう」


 優しいカミオカの表情。


 オズマは理解した。カミオカは、オズマが壊れていることも、その原因も知っていた。


 オズマが暗闇の中もがきながら頑張っていたことも。知った上で、カミオカはオズマを過去と向き合わせたのだ。一緒に過去を清算し、本音でぶつかり、前に進みたかったから。


 カミオカは、オズマを必要としていたのだ。


 オズマは眩しそうな目でカミオカを見つめると、小さく頷いた。


「はい......よろしくお願いします」



 辛く長い夜が、こうしてようやく終わりを迎えたのだった。

 

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