16.約束を果たしに
「……結局誰も、お前の気持ちなんて考えてなかったんだろうな」
長い沈黙の後で、カミオカは大きく息を吐きだした。夜風が二人の間に吹き渡る。
「俺だけじゃない、スバルだって。道具扱いするよりずっと残酷だ……」
カミオカが、目の前のロボットをじっと見つめると、かつて最愛の息子だったそれは、月の光を受けて銀色に輝く。
「ごめんな、こんな馬鹿な創造主で」
カミオカはゆっくりと目の前にいるロボットへと向かっていく。
「待ってください」
カミオカの意図に気づいたオズマは、慌てて叫んだ。
「何を……なさるおつもりですか?」
カミオカは振り返り、悲しそうな目でオズマを見やる。
「あの時、ぶん殴ってでも止めてやるべきだったんだ。もう、何もかも遅いけどな」
オズマの目の前で、カミオカは刀を抜いた。
「眠らせてやる。親として、責任はとるさ」
「待ってください!」
オズマは叫んだ。
「......ぼくも、ご一緒します!」
カミオカの動きが止まる。
「……いいのか」
「言ったじゃないですか。人間への危険を、看過することは許されないって」
――違う。
オズマは分かっていた。すべては自分の意思だ。これは、自分自身の手で終わらせるべきことなのだと。
「……ああ、そうだったな」
カミオカは頷いた。
「終わらせよう。二人で」
鈍く光るロボットの前に立つ。これが、最後の戦いだ。
「スバル、わかりますか。ETEH-01……オズマです」
オズマはかつての友へ語り掛けた。
「12年も遅れてしまいましたが、約束を果たしに来ましたよ」
しかし無情にも、目の前のロボットはかつての友に銃口を向ける。
「ピ……ガガ……未確認ノ熱源ヲ認識……。
「全く、昔からお前は人の話を聞かねぇよなあ!」
カミオカは刀を振り上げた。
「……ガガ」
カミオカの刃は、スバル――いや、メサイアの腕によって受け止められた。
刀を押し返されたカミオカは、反動で少し後ろに飛ぶと、再び体勢を立て直す。
「……こりゃ、固いな!」
「カミオカさん!」
オズマの声に顔を上げると、メサイアが一気に間合いを詰め、こちらへ腕を振り上げているところだった。狙いは腕。カミオカの生命線、あの義手だ。
オズマは銃を放つが、メサイアにはほんの少しのダメージしか与えられない。
「――ぐっ」
轟音と共に、カミオカの腕に鋭い痛みが走る。なんとかギリギリで避け、致命傷は避けたものの、腕にジンジンとしびれが残る。
「ピピッ……『時計仕掛けのロンギヌス』発動」
メサイアの頭部が赤く光る。メサイアの背後に槍のように真っすぐな黄金の光が羽のように展開され、それが雨のように一斉に照射される。辛うじてそれをよけた二人だったが、瓦礫の雨が降り注ぎ、二人を襲う。
「――ッ!」
「カミオカさん!」
「大丈夫だ! それよりも――」
メサイアは動きを止め、右腕をかざした。するとかざした腕は変形し、照射器のような形へと変化していく。光が、収束する――
「オズマ、離れ――」
カミオカは思わず身震いした。その刹那――
「ピピッ……『地上の星』発動」
照射される太い電磁波。一瞬にして視界が真っ白になる。揺れる地面。あたりの土が焦げる匂い。
とっさにオズマがシールドを張り、二人は辛うじて無事だった。が、メサイアによる攻撃に耐え切れず、シールドは粉々に砕け散ってしまう。
「シールドが! マジか。今までこんなこと――」
あっけにとられたカミオカが横を見ると、何やらオズマが険しい顔をしている。
「……オズマ?」
オズマは顔を上げた。
「カミオカさん、少し時間を稼いでいただけますか?」
その顔に並々ならぬ決意を感じたカミオカは、すぐに了承した。
「おう…! もちろんだ」
カミオカは信じていた。オズマを。そしてオズマを起こし、ここまで連れてきた自分自身を。
「聞こえるか? スバル」
刀を振り下ろしながら、カミオカは叫んだ。勿論メサイアからの返答はない。しかしカミオカは、構わず話し続ける。
「お前がまだ赤ん坊だったころ、泣き止まないお前に、俺はロボットのおもちゃを見せたんだ。俺が子供の頃に夢中になってたロボットアニメのプラモデルさ。そしたら、さっきまで泣いていたお前が急に泣き止んで、ああ、俺と同じ血を引いてるんだなあ、って俺は心底嬉しくなったもんよ」
オズマは目を閉じた。小さな体を電気信号が駆け巡る。何年も使っていなかった機能だ。錆びついた体。準備にはひどく時間がかかっている。
体の状態は万全でもないし、放てば自身にも被害が及ぶかもしれない。でも、それでも――
「お前が五歳になったころ、俺はお前の母さんに内緒で、お前が欲しかった宇宙船のおもちゃを買ってやった。お前は『将来宇宙飛行士になる』って言っていつまでも大事にしていたよな」
オズマは静かに言った。
「……待っててください」
メサイアへと腕を伸ばし、ゆっくりと照準を合わせる。
「夢やロマンだけでは生きてはいけないと、お前の母さんが出ていったとき、お前はきっとつらい思いをしたと思う。でも俺が『お母さんと暮らしたいんじゃないのか』と聞くと、お前は、『ううん、お父さんとがいい』って言ったよな。『だって男はロマン無しじゃ生きていけないから』って――お前はただ単に俺に気を使っただけなのかもしれないが、俺は嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ――」
オズマの脳裏にはスバルの思い出が、笑顔が、古い映画を見ているかのように次々に思い出される。
スバル。優しくて強い子。もう二度と会うことのないその笑顔。さよなら。さよならぼくの――
「今――終わらせますから!」
眩しい光と共に、巨大な雷のごとき電磁波がオズマの腕から放たれ、あたり一帯を包む。
――今、終わらせる。全てを。
さよなら、スバル。さよなら、ぼくの大切な友だち。
それはオズマが宇宙に出る際、万が一の時にと搭載された機能。オズマの体に隠された最終兵器。
人はそれを『スターヴォヤージュ』と呼んだ。
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