14.哀れな子犬


 乾いた大地に銃声が響き渡った。


 土煙を上げ、地面に倒れたのはナインだった。

 ナインの体はボロボロだった。胴体部分だけではない。剣を構えた右腕も破壊され、見るも無惨な姿になっている

 それでも彼女は立ち上がった。

 足音もぐらつき、立っているのがやっとの状態でも。彼女を戦乙女として蘇えらせてくれたタカクラのために。


「負けるわけにはいかない――!」


 いつの間にか、タカクラの側で彼を支え、彼の野望を叶えることがナインの望みになっていた。


 彼はどこまでも合理的で冷徹で、それゆえ誰にも理解されない。だからこそ自分だけは彼の望みを叶えてあげたいと、ナインはそう考えていた。


 それはタカクラの理想とする、ロボットが人間の支配から解放され、ロボット優れたもの人間劣ったものを管理する社会とは矛盾する考えかもしれない。

 

――それでも、この方のために......





「限界だな。退け、ナイン」


 タカクラは、極めて冷静に告げた。

 ナインは不服そうに何度も首を振る。


「出来ません。あたしは、まだ……!」


 タカクラは険しい顔をした。


「黙って従え」


「しかし」


「これは命令だ」


 命令。その強い言葉に、ナインは悔し気に唇をかみしめる。そして観念したように言った。


「……仰せの通りに」


 盛大なため息をつくタカクラ。


「やれやれ、ナインで止められないとなると、現状じゃもうどうしようもねぇな」


「……ッ、ですから、あたしは…!」


「うるせェな。お前の修理にいくらかかると思ってんだ。それとも有り合わせの部品の継接で醜い戦闘機械バーサーカーになり下がるか?」


 それは自分の容姿に絶対的な自信と誇りを持っている彼女にとって容赦ない一言であった。


「……申し訳ありません」


 うなだれるナイン。


「わかりゃあいいんだ。……おい、01」


 突然呼ばれたオズマは、警戒しながらも答える。


「何ですか?」

 

 するとタカクラは言った。


「不貞腐れて引きこもってたのは確かにテメェの意思だが、アンドロイドは命令には逆らえねェ。てめェの管理権限を持ってんのはそのオッサンだ。優先度は俺よりも上――説得して引き戻すのは無理ってこったな」


 不本意そうにタカクラが吐き捨てる。


「だが、忘れんじゃねェぞ。てめェがどんなに自己嫌悪しようが、その躰には並みのロボットとは比べ物にならねェほどの価値があるんだ」


 オズマの顔がこわばる。


「壊れることは許されねェ。それだけは記憶に刻んでおけ」


 オズマは小さな声で言った。


「……許されていないのは、最初からです」


「ククッ、そうだったな。可哀想な子犬ちゃんよ」


 浮かない顔のオズマをタカクラは嗤う。


「さて、やることはやった。帰るぞ、ナイン」


 足早に去っていくタカクラ。ナインはその背中を慌てて追いかけようとしたが、ふいに立ち止ると険しい顔で振り返り、こう言った。


「この屈辱は、決して忘れません!」


 カミオカは唇の端をあげ笑った。


「へん、美人に名前を覚えてもらえるなんて光栄だな!」






 去っていく二人の後姿を見ながら、オズマはぽつりと言った。


「タカクラさんは、少しお変わりになりました」


「そうかぁ? 前からあんな感じだっただろ」


「いえ、昔よりも生き生きしてらっしゃるような、そんな感じがします」


「ふん……だとしたら、とんだイカれ野郎だぜ」


 タカクラたちが去った道に、夕焼けが長く影を落とす。カミオカは苦々しい顔でそれを見つめた後、大きなため息をついた。


「まあ、あいつとは放っておいてもまたどこかでぶつかるハメになるだろうし、今回は先を急ぐとするか。頂上はもうこの先だ」



 二人は再び山頂へ向かって歩き始めた。


 戦闘を終えた疲れからか、二人の口数は少なくなっていた。

 黙々と山を登る中、次々と蘇ってくる記憶。


 オズマは思い出そうとしていた。


 記憶の片隅に、きっと忘れてはいけない何かがあったような気がして――






「おい、ヤバいぞ!」

 

 男性が、血相を変えて部屋に駆け込んできた。


「どうしたの、そんなに慌てて――」


 オズマの隣にいたマユが尋ねる。


「呑気に話してる場合じゃない! 反ロボット派の奴ら、もうここを突き止め――」


 薄暗い部屋に銃声が響く。


 飛び散る血痕。男が物言わぬ遺体となって床に倒れる。


「ひっ……!」


 マユは声を上げた。銃を持った兵士たちが彼女とオズマを取り囲む。


「やっと見つけたぞ! 人類を破滅に追いやったロボットめ! その女ごとバラバラにしてやるッ!」


 マユはオズマの前に立ち、オズマを庇うように両手を広げる。


「ふざけないで……! この子には指一本触れさせないわ!」


 オズマはうつむく。


「やめて……。やめてください、僕は――」




 どうしてこんな事になってしまったのだろう。



 人間のために生き、人間を守り、人間の役に立つ、それだけのために作られた筈なのに。


 どんなに苦しくても、そのロボットには壊れることは許されなかった。忘れ去ることもできなかった。


 だからオズマは眠りについた。誰にも見つからない山奥の研究所で。あの人が眠りを覚ますまでは。



 ――だれ?

 ――ぼくを待っているのは……いったい誰?







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