13.鈍色の戦乙女

 

「くっ......」


 咄嗟に剣をかわしたカミオカ。


「ならばこれはどう!?」


 しかしナインは舞うように剣を構えると急加速。カミオカの死角から刃の部分でえぐるように斬りつける。カミオカの左腕から鮮血が噴き出した。


 とっさに刀を振り反撃したカミオカだったが、その攻撃はむなしく宙を切る。ナインの速さがカミオカを上回っているのだ。


「どうして……ロボットであるあなたがなぜ人間に対し攻撃を⁉」


 オズマは銃をナインに向けると叫んだ。


 ロボットは人間に危害を加えてはならない、というのは人間を主とするロボットにとって、最も基礎的で重要な守るべき項目だ。それをなぜ――


 

「そいつはな、ロボット三原則とかいうくだらない枷を取っ払ってるのさ」



 答えたのはタカクラだった。


「なっ……」


 驚くオズマ。


「なぜです⁉ 三原則は人間の安全を守り、秩序を維持するために必要なものだ!」


 タカクラはやれやれと首を振った。


「なぜです、だと? それはこっちが聞きてェよ。人間より優れているはずのロボットが、なんで低能で愚かな人間どもに飼われてなくちゃならない? 」


 タカクラの瞳が仄暗い光を宿す。


「これからはロボットが人間を支配する時代が来る。俺が作るんだ。そうしたら三原則なんてもんは要らなくなる」




――タカクラは孤高の天才と呼ばれていた。


 それは彼の知能の高さ以外にも原因があった。彼の徹底した合理主義と歪んだ思想は誰からも理解されなかったのである。


 彼は、表向きはロボット工学の星として活躍しながら、裏では人間を支配するため、三原則の縛りを超えたロボット作りの研究を繰り返していた。資金集めのため非合法的なロボット兵器の開発にも手を染めていた。


 すべては人間を機械によって管理し、無能な人間は奴隷や家畜として管理する、理想社会のために。


「――狂ってる!」


 オズマは一蹴した。


 銃を構えるオズマ。ナインに向かって自分の磁力を上乗せした強烈な一発を放った。

 ナインはそれを蝶が舞うように優雅な仕草で避けた。


「速ぇな」


 カミオカは舌打ちした。


 一発の銃弾ならば避けられてしまう。ならば――オズマは素早く引き金を引く。電気を帯びた弾丸を連続して叩き込む。


 しかしナインは自身の目の前の空間に手をかざすと、透明なシールドを展開した。オズマの銃弾はナインの貼ったシールドによって阻まれる。


「なっ――」


 ナインは一気に間合いを詰めると、オズマの体を横一線に切り付けた。深く胴体部分を斬られたオズマはよろめきながら地面に手をつく。


「ふふっそんなものなのかしら?」


 ナインは頬をほころばせ妖しく笑う。


「大丈夫か? オズマ」


「はい、平気です」


 オズマは立ち上がった。


「ただ、あのシールドは厄介ですね」


 カミオカは、ナインの目の前で七色に光りながら浮遊するシールドを見つめた。


「なる程。あれを何とかすればいいんだな?」


 言うや否や、カミオカはナインに向かって思い切り刀を振り上げた。


 刀とシールドがぶつかり合う激しい音。バチバチと、赤い火花が飛び散る。


 シールドは想像していたよりも硬く、一筋縄ではいかなそうだ。


 ナインがシールドに力を籠める。刀が押し返され、表面を滑る。響き渡る金属音。カミオカは刀を引き、再度上段に構えなおした。


「そこをどくんだお嬢ちゃん、さっさとそこの陰気臭いのを連れて帰りな」


 ナインに再度斬りつけるカミオカ。優しい口調だが、目に射抜くような強い光が浮かんでいる。刀とシールドの接触面から再び火花が飛び散り二人の間を赤く染める。


「嫌ですわ!」


 カミオカは刀に力を込めた。ナインも負けじとそれを押し返そうとシールドを展開した左手に力を籠める。音を立てて軋むシールド。


「どかないと、怪我するぜ?」


 妙に強気なカミオカの姿勢に、ナインは眉を潜めた。


「何を言っているんですの?押しているのはこちらのほうですわよ!」


「それはどうだろうなあ?」


 カミオカはニヤリと笑みを浮かべた。途端、カミオカの黒光りする義手が轟音を立てる。


「折角だ。どこまで耐えられるか試してみよう。最大火力でいくぜ!」


 蒸気が義手の関節から吹き出す。電流が黒光りする義手の周りを走りやがてそれはどんどん大きくなる。


「――耐えてくれよ!」


 ぐっと柄を握り力を籠めるカミオカ。


 「俺たちは進まなきゃならねぇ。オズマと約束したアイツのために。そして、ロボットと人の未来の為に――!」


 光が、あふれ出した。義手からではなく、刀から。

 虹色にきらめくそれは、銀河の始まりを映したかのように強い閃光を放つ。


 その刀はかつて宇宙の彼方から降ってきた石から生み出された。



 地球上にはない未知なる鉱物を含むその刀はオコノギの最高傑作とも言われており、使用者の心を映しその強度を変える、終末世界に轟く名刀。



 ――銘を『616の墓標』という!



「――なっ!」


 驚愕するナイン。光をまといながらカミオカは刀を振り下ろす。その刀筋がまるで流星のように光って消えた。硝子の割れるような音が周囲に響き渡り、ナインの周りに粉々に砕けたシールドの破片がキラキラと飛び散る。


「馬鹿な......!」


 守りを失った彼女の元へ、オズマが銃を構えた。


「これで終わりです」


 放たれる銃弾。強い電気と磁気を帯びたそれは、白く光る太い弾道を描いてナインへと一直線に飛んでいく。


 ナインの体は勢いよく吹き飛ばされると、二回、三回、転がり、数十メートル先の木の幹に体を打ち付られた。


 焼け焦げた胴体からバチバチと電流が流れる。そしてそのまま彼女の体はショートし、動かなくなった――かのように思えた。



「負けるものか......」


 だが彼女は立ち上がった。脚を震わせ、髪を振り乱して。顔を上げた彼女の瞳には、静かな青い炎が宿っている。


「どうして......どうしてそこまで!」


 オズマは叫んだが、ナインはそれを無視すると、小さく呟いた。


「......リミッター解除」


 ぱきん、と小さな音がした。ナインの体からほとばしる黄色い電磁波めいた光。


「リミッタ―、だと?」


 カミオカが小さく声を漏らす。ナインは宙に舞った。


「これで終わりにいたしますわ!」


 通常のロボットは、自己保存の法則を守るために、必要以上の出力を出して体のパーツが摩耗したりオーバーヒートしたりするのを防ぐようにする能力制限機能がついている。


 だがナインはタカクラの改造により自ら身体機能のリミッターを外すことができ、自身の身体機能の限界を超えた力を引き出せるのだ。


 ナインの刀が炎をまといながらオズマを襲う。

 同時に、オズマは引き金を引いた。


 





 ナインは元は東南アジアのとある繁華街で、ひっそりと人気を集めていた機械仕掛けの高級娼婦であった。


 南国の汗ばむような日差しとごみごみとした喧騒の中、人目を避けるように建っている小さな飲み屋。そこで彼女は働いていた。


 薄紫色のベールで顔と体を覆ったナイン。薄布の下に透けて見えるわずかな布で最低限の部分を隠しただけの豊満な肉体。一見破廉恥な衣装だが、彼女が身に着けると不思議と上品に見えた。


 褐色の肌、流れるような銀色の髪、深い蒼の瞳。そのミステリアスな外見と気品のある立ち振る舞いに客はおろか店員も、みな彼女に魅了されていた。


 既に流通していない幻の機種であった事もあり、宝石のように大切に扱われていたナイン。彼女自身も、そこで人間に必要とされ、愛されることに喜びを感じていた。


 しかしそんな小さな国の小さな町にも、時代の荒波は押し寄せる。反アンドロイド派の手が及び、店は反アンドロイド勢力によって襲撃されてしまうのだった。

 かつての面影もないほどに荒らされた店内。転がる死体。

 彼女を匿っていた店員だけでなく、客や偶然通りかかった者まで、例外なく殺された。そしてナイン自身も、かつての美しかった姿は見る影もなく破壊された。



 ――どうして。


 ――どうして、こんな......




 辛うじて残った意識。

 燃え盛る炎の中、ナインの瑠璃色の瞳は、一人の男の姿をとらえた。


「ふん? こいつは珍しい。すでに絶版になったと思ってたンだが――」


 口元に笑みを浮かべる黒服の男。


 そんな男の姿が、なぜかその時のナインには、救世主のようにも見えたのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る