12.かつてのカリスマ


 ふいに視界が開けた。


 山の八号目あたりだろうか、足場にはそれまでの黒土とは違い砂利が多く、そのせいか樹木もあまり生えていない。まばらな木々の間から、ほのかに紅く染まる夕闇の空が見えた。


 カミオカは夕焼け空の下たたずむ一人の男の姿を見つけ、足を止めた。



「全く、どこに向かっているかと思ったら……」


 男は、さゆっくりと振り向いた。


「思い出の場所巡りなら一人でやって欲しいもんだな、カミオカさんよ」


「タカクラ……」


 呻くように、カミオカは呟いた。


「久しぶりだな」


 タカクラは口元に笑みを浮かべる。


「もっとも後ろの子犬ちゃんからすりゃあそうでもないんだろうが?」


 視線を向けられたオズマは、無言でタカクラの痩せこけた顔を見つめ返す。


「今さら何の用だ? 仲間に入れてほしいって訳でも無さそうだが」


 警戒しながらも、カミオカは尋ねる。


「何の用もクソもあるか」


 タカクラは吐き捨てる。


「折角大事に仕舞っといたたもん勝手に引っ張り出しやがって」


「何が仕舞っといただ。人を物みたいに――」


「物だろ」


 タカクラの薄暗い瞳。


「勝手に擬人化して大事にするのはテメェの勝手だがな」


「……親アンドロイド勢力の筆頭が言うセリフか?」 


 カミオカがやっとのこと絞り出したセリフに、タカクラはあきれたように首を振る。


「適切な距離ってのをわきまえているだけさ。ロボットは人類の発展に不可欠な道具だからな。下っ端どもはくだらねェ博愛主義にかぶれてるが」


 アンドロイドの扱いを巡る争いが起きた時、親アンドロイド勢力の筆頭となり、多くの若者を戦場に駆り立てたカリスマが言い放つ。


「お前のせがれもそうだろ? ロボットに心がどうのって、馬鹿じゃねぇの?」


 その言葉に、カミオカは言葉を失う。


「ま、消耗品にはいくら死んでもらっても構わないんだがな。ETEHシリーズには人類の叡智が結集されてる。ETEH-02が当分帰ってこない今、01はこの星で最後の一体。勝手に持ち出されちゃ困るんだよ」


 タカクラがオズマを見やる。


「そもそも、そいつは自分で引きこもってたんだ。それを、おおかた第二原則でも利用して無理矢理その気にさせたんだろ?」


 強い夕方の風が吹き荒れ、木の葉を揺らす。


「……ああ、そうさ。この子が俺について来てるのも、色々と危険な目に遭わせてるのも、全部俺の勝手だ」


 カミオカは苦い顔で拳を握りしめた。


「けど俺はお前と違って、この子を物として見れねぇ。あんな寂しい場所でずっと埃をかぶってるなんて耐えられねぇんだ」


「……カミオカさん」


 タカクラは呆れたようにため息をついた。


「はーあ。これだからロマンチストは困るんだ」


「うるせー。宇宙飛行士がロマンチストで何が悪い!」


 反論するカミオカをゴミでも見るような目で見たあと、タカクラはオズマへと視線を移した。


「01、こっちへ来るんだ。お前には俺がこれから作る、来たるべき理想社会で役立ってもらう」


「......何をするつもりなんです?」


 険しい顔をしたままオズマは尋ねる。


「何、簡単なことさ。これからは愚鈍な人間どもをロボットが管理する社会にする。無為な争いを繰り返す、合理性に欠ける馬鹿な奴らはロボットの家畜にするのがお似合いさ」


 不気味な笑みを浮かべるタカクラに、オズマは唖然とする。


「な......」


「馬鹿じゃねーの! んなこと、させるかってんだ!」


 激昂するカミオカに、タカクラはため息をついた。


「......もういい。このまま言い争っててもラチがあかねーよ」


「だったらどうする? おとなしく引き下がるか?」


「冗談。話の通じねぇ相手にやることなんて決まってンだろう?」


 タカクラは二人から少し距離をとるとカミオカにこう宣言した。


「あんたを始末して、01を回収する。今度は二度と出られねぇように、セキュリティも増築しねぇとな。あー面倒臭ェ」


「始末するだあ? お前みたいなモヤシに一体何ができるってんだ!」


 薄笑いを浮かべるタカクラ。その時、オズマは何かの気配を察知した。


「カミオカさん、危な――」


 剣が引き抜かれる僅かな金属音がカミオカの耳元をかすめる。ひらりと揺れる白いローブ。カミオカは不意に放たれた何者の攻撃を紙一重でかわした。


「うぉ……っ!?」


 バランスを崩しそうになるカミオカを、タカクラはせせら笑った。


「俺がやるなんて一言も言ってねェだろ?」


 タカクラの横に剣を構えた褐色の美女が軽やかな仕草で着地する。


「こいつは……」


「Nr-009。この俺が改修レストアした最高傑作だ。さァて、お前らに退けられるかな?」


 褐色の戦乙女は美しく残酷な笑みを口元にたたえ、おもむろに纏っていたローブを脱ぎ捨てた。


 豊満な体にぴったりと添うように作られた極端に露出度の高い装備。妖し気に笑うその姿は、まさに戦姫といえよう。


「ロボット……⁉」


 オズマが眉を顰める。

 

「Hooley-2037 type M……大戦以前の高級セクサロイドだったか。とっくに発禁になってたはずだが……なんでそんな物騒なもん構えてんだ?」


 カミオカが呟く。


 ナインは元々性的サービス専用に作られた筺体だ。それがなぜ、武器を握っているのか。いや、そもそもロボットである彼女がなぜ、人間を傷つけるような真似をするのか。

 オズマとカミオカは困惑した。きらりと光る剣身に、ナインの美しい顔が映る。


「何のことでしょう。いまのあたしはご主人様の剣であり盾……」


 妖艶な笑みをたたえていたナインの表情が、ふと険しくなる。


「無用な詮索をするくらいなら、黙って武器を抜いたほうがよろしくてよ!」


 ナインはカミオカに向かって剣を振り上げた。





 

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