9.のら犬


 赤と青、二体の巨大なロボットたちがオズマたちを警戒し様子を伺う。


「ダゴン、ハイドラ……野良犬が二体もか。こりゃ厄介だな」


 カミオカが渋い顔をする。


 ダゴンとハイドラは本来海上での通商破壊を目的として建造された自律機動潜水艇だ。人工知能の軍事利用を禁じる条約が制定されて以降も、海賊やテロリストといった非合法組織によって広く利用されている。


「……あの」


 オズマはカミオカの顔を見上げた。


「ん?どうした?」


「……どうみても、犬には」


「ああそうか。野良犬ってのは俗称スラングなんだ。守るべき秩序を無くして放浪するロボットのことをそう呼ぶのさ」


「……でしたら、ぼくも野良犬ですね」


「馬鹿。少なくとも今は違うだろ?」


 カミオカはそう言うと、刀を構えなおした。


「さて、おしゃべりはこの位にしておこうぜ。もう片方の腕も食いちぎられるのは御免だからな」


「はい……!」


 ダゴンとハイドラの二機は、赤と青という色の違いの他は瓜二つの双子の様な外見をしている。しかし、その性能には色以上の違いがある。


 二人が武器を構えていると、青い機体、ダゴンがオズマの方へ体当たりをしてくる。オズマは転がりながらそれを避ける。カミオカはダゴンの背中に一太刀くれてやる。だが――浅い。ダゴンはスピードを保ったまま旋回する。


「ちっ……おい、オズマ気を付け――」


 言いかけた次の瞬間、今度は赤い機体、ハイドラがカミオカに向かって砲弾を撃ち込んできた。相手ロボットや船のシステムをショートさせるために作られた帯電弾頭だ。体に激しい電流が走り、カミオカはその場に膝をつく。


「カミオカさん!?」


「平気だ。ちょいと体はしびれるが――それより奴らを」


 カミオカに言われ、オズマは敵の方へ銃を向ける。だがそこには赤い機体、ハイドラの姿しか見えない。


「――消えた!?」


 当たりを見回すオズマ。その瞬間、オズマの目は人間の目には見えないほど超高速で移動する何かの姿を捕らえた。

 とっさに身構える――が、一足遅かった。超高速で移動する巨大なダゴンの青い機体がオズマに向かって体当たりをする。骨を砕くかのようなすさまじい衝撃。オズマの体は宙を舞い、地面に背中を打ち付けた。


「オズマ!!」


 カミオカは声を上げ、立ち上がろうとして再び膝をついた。電気ショックによるしびれがまだ体に残っているのだろう。


「……厄介ですね」


 オズマはよろよろと立ち上がりながらそう呟いた。






「……いらっしゃい。見ない顔だが、何の用かな?」


 一方その頃、シェルターの第二階層。


 黒い外套の男、オコノギが店の明かりをつけ店を開こうとしたところへ、見慣れぬ一組の男女がやってきた。


「すまない、あんたがここの責任者だと聞いたのでね。人を探している。こういう人物なんだが」


 黒い服を着た怪しげな男が、ホログラム映像を不躾にオコノギに見せる。映し出されたのは、彫りの深い大柄の中年男性と、ぶかぶかのコートを身にまとった子供。

 オコノギは痩せた男の顔を一瞥すると興味無さげに答えた


「さあ、見覚えないね」

  

 店の奥へ戻ろうとした彼だったが、ふいにその腕を男の横にいたローブ姿の女性が、がっしりと掴んだ。


「――嘘はいけませんわ」


 ローブの裾から除く華奢な褐色の手首。オコノギはその腕を振りほどこうとしたが、できなかった。彼の腕を握るその力は、女性のものとは思えないほど強い。


 オコノギは顔を上げ、ローブの奥にある女性の顔をまじまじと見据えた。

 褐色肌によく映える、ラピスラズリのような深い青の瞳。肉感的な唇が、ぞっとするほど美しい微笑みをたたえる。長い絹糸のような銀髪がサラサラと音を立てて揺れ、その奥、即頭部には彼女が人間でない証――イヤーレシーバーが光っていた。


 オコノギの顔色が一瞬変わる。しかしすぐに元の薄笑いを浮かべると、反対の手で女の手首を引っつかんだ。


「いけませんなあ、お客さん。例え客と言えど、面倒ごとを起こすようであれば、このシェルターの管理者の一員として、それなりの対処をしなくちゃいけない」


 女はそれに抵抗し、さらに腕に力をこめる。だがオコノギは無理矢理自分の腕から彼女の手を引き剥がした。力と力が均衡し、二人の腕が微かに震える。

 

 褐色の女は、自分の腕が振りほどかれたことに一瞬驚いた顔をしたが、フンと鼻で笑うと、オコノギに手首を握られたまま、余裕めいた微笑みを浮かべた。


「あなたにそれが、できるとでも?」


 笑顔のまま絡み合う二人の視線。腕を振りほどき、臨戦体勢に移ろうとする女と、それをさせまいと女の腕を握ったままのオコノギの睨み合いはしばらく続いた。


 均衡状態を破ったのは、黒服の男の一言だった。


「はあ。面倒臭ェな。もういいぜ、ナイン」


 ナイン――女の表情から殺気が消えた。


「ま、こいつにはこいつの立場ってもんがあるんだろう。俺たちの狙いはあくまであのオッサンだ。無用な戦いでパーツを消耗されても困る」


「は、はい。申し訳ありません」


 オコノギはそれを聞くとそっとナインの手を放す。ナインも静かに身を引き、黒服の男の後ろへ下がった。


「そうしてもらえると助かるね」


 笑うオコノギに、黒服の男は続けた。


「その代わりと言っては何だがこの辺りの地図はあるか? この水路の先がどこへ続いているのか分かるような地図だ」


「それならあそこの日用品店にあるんじゃないかな」


 オコノギがそっけなく答える。黒服の男は右手を上げた。


「どうも。恩に着るぜ。じゃあな」


 去っていく二人の後姿を無言で見送るオコノギ。そこへ買い物途中のミヨがやってきて首をかしげる。


「あれ? あの方たちは⋯⋯この辺では見かけない感じの方たちのようだけど」


「さあね。カミやんたちを探していたみたいだけど......」


「カミオカさんたちを?」


 オコノギはナインに握られていた腕を見た。赤黒く晴れ上がり痣になった左腕。そしてローブの奥に光っていたイヤーレシーバーを思い出す。


 彼女が人間でないとするならば、人間を傷つけないようにプログラムされているはずである。だが彼女は――


 オコノギは小さくため息をついた。


「どうも厄介な相手を敵にまわしているようだね、カミやんたちは……」

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