4.外の世界へ


 衝撃波によって、二人の体は大きく弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。パラパラと、天井から落ちてくる瓦礫。


「大丈夫ですか!?」


「ああ、なんとかな。しかし、あれを何度も食らったらヤバいな」


 カミオカは渋い顔をした。その足元はまだふらついているように見える。

 見るとメサイアは再び動きを止め、溜めの姿勢に入っている。間違いない。ショックウェーブを再び放つ気だ。


 カミオカは一直線にメサイアへ向かって走り出した。


「カミオカさん!?」


 射撃をかわしながら、カミオカは答えた。


「やるなら今しかねぇ! 奴が『溜め』を作っている間に倒すんだ!」


 カミオカは叫びながら刀をメサイアに向かって振り上げた。刀がメサイアの首の継ぎ目の脆弱な部分にヒットする。メサイアの機体がぐらりと揺らいだ。


「おおおおおおあああああ!!」


 カミオカは渾身の力で刃をメサイアの首に押し込んだ。首の継ぎ目から電気が走る。鈍くなるメサイアの動き。刀の刃が振動し、空気が震える。


 「どぉりゃ!!」


 カミオカはメサイアから刀を引き抜くと、腕を振りぬき、横一閃、再度刀を振りぬいた。


「カミオカさん!」


 オズマの声に、カミオカはメサイアから離れた。

 オズマが銃を構える。その腕からほとばしる光。オズマの体から発せられる磁力を光子銃の威力に上乗せしているのだ。


「これで終わりです!」


 轟音とともに太い光が発射された。対ロボット専用のオズマの必殺技だ。巨大な磁力の塊が光を放ちながら一直線にメサイアへと飛んでいく。


 閃光があたりを包む。轟音とともに爆炎が上がった。


 風圧と土煙の中、オズマはゆっくりと銃を下ろした。試作メサイアは、ゆっくりと地面に倒れていく。


「どうやら、倒したようですね」

 

 カミオカは残り二体のドローンを斬り捨てると、オズマへ駆け寄った。


「終わったか……しかし、お前もなかなかやるじゃねぇか」


 額の汗をぬぐい笑うカミオカ。


「自己保存は、我々の責務ですから」


 オズマは涼しげな顔で答える。


「ああ、例の三原則か。何だか硬っ苦しくて俺は好きじゃねぇがな」


 腕を頭の後ろで組みながら言うカミオカを、オズマはちろりと横目で見た。


「カミオカさんも先ほど――」


「あれはお前が動きそうになかったからだろ! 俺だって嫌だったの!」



 オズマは黙って倒したばかりのロボットに近づいた。

 ロボットはもう動かない。頭に灯っていた赤い光も消え、完全に壊れてしまったようだ。


「そんなことより早く外に出ようぜ。車が外に停めてあるからよ」


「......はい」


 ゆっくりと階段を上がる。もうすぐ地上、研究所の外だ。オズマは眠りについてから何年も外の風景を見ていない。外の世界は果たしてどうなっているのだろうか? 


 それに――オズマを待っている人がいるとカミオカは言った。その人は、いったい誰なのだろう。



* 




 ――その頃、オズマたちがいる研究所から少し離れたところ、機械油の匂いにまみれた工房では、一人の男が作業をしていた。


 ドリルやレーザー、油まみれの工具や機械のパーツが並ぶその部屋で、黒服の男は鼻歌を歌いながら、作業台に横たわるロボットを使い実験をしている。


 鳴り響くノックの音。男は無遠慮に返事をした。


「開いてるから勝手に入れー」


 ドアを開け入ってきたのは、白いローブを身にまとった褐色肌の美女だった。


「ご主人様マスター、お仕事中失礼します」


 優雅な物腰に色っぽい声。ローブ越しにも、その肉感的なスタイルが見て取れる。


「何だお前か」


 ご主人様マスターと呼ばれた男は彼女の声を聴くと、男ならば誰もが振り返るようなこの美女に目もくれず、再び作業台に視線を戻した。


「コーヒーならいらねぇっつったろ」


「残念ながら、そんな長閑のどかな話では御座いませんの」


「あン?」


 女は真剣な瞳で男に語り掛ける。


「01が移動を開始しました」


 男はぴたりと作業をする手を止め、顔を上げる。

 研究所で眠っていたはずのETEH-01――オズマが、なぜ今更? 


「……カミオカか。面倒臭ぇなァ。大人しく引きこもらせとけばいいものを」


「いかがいたしましょう」


 何かを訴えるような、女の潤んだ宝石の様な瞳。長い睫毛のびっしり生えたその奥を、男は覗き込んで笑った。


「ま、俺もあのポンコツとは話をしてみたかったところだ」


 錆び付いた器具が音を立て無造作に机に置かれる。


「すぐ支度して出発するぞ、ナイン。お前にも、久々にひと暴れさせてやるよ」


 ナインと呼ばれた女は、妖しげな笑みを浮かべた。


「……ふふ。それは楽しみですわ」







 オズマたちが研究所から出ると、外はもう夜だった。 

 少し離れた森の中まで歩いて行くと、木の中に隠れるようにして古びた車が停まっている。


「ちょっとばかし揺れるかもしれんが、まあ我慢してくれ。まさか車酔いなんてしないだろうしな」


 エンジンをかけたカミオカ。オズマはうなずいた。

 カミオカの趣味なのだろうか。ずいぶん旧式の車のようだが、エンジンは驚くほどすんなりとかかる。


 オズマは窓を開け外の風を浴びた。そよ風が額をそっと撫でる。


 外は、驚くほど何も無かった。家も、店もビルも田畑も――何もなかった。

 荒涼とした褐色の大地が延々と広がり、生命の気配一つない風景が窓の外を流れていく。


「何もなくて退屈か?」


 ふいにカミオカが尋ねた。オズマはハンドルを握っているカミオカの顔を見つめた。前髪が風でなびく。


「カミオカさんは、そう思われるんですか?」


「あぁ。有機物も無機物も、わけ隔てなく一掃されちまって……」


 カミオカは澄み渡る夜空を見上げた。


「でも、その分星は綺麗に見えるよな」


 カミオカの笑顔。オズマは視線を落とした。きっとすべてが終わった、その結末が、これだったのだろう。


「……ぼくが」


「やめろ」


 間髪入れずにカミオカは言った。


「お前の責任じゃないって、何度も言っただろ」 


「でも、皆さんが」 


「人間ってのは何かに責任を押し付けて安心する生き物なのさ」


 カミオカは遠くを見つめた。


「あんな恐慌状態だったら、なおさらな」


 オズマは助手席の背もたれにぐったりと体重を預けながら、車窓の外の夜空を見上げる。


 輝く満天の星々の間には、深い藍色の闇が広がっていた。

 体を休め、流れていく変わらぬ風景を眺めているうちに、オズマの記憶回路はゆっくりと修復されていった。次々と蘇っては再生される過去の記憶。




 カミオカとオズマが出会ったのは、西暦2234年に始動した、超高速探査機及び人型アンドロイドによる地球外生命探査プロジェクト――通称『クドリャフカ計画』でのことだった。

 オズマはカミオカ率いるプロジェクトメンバーの一員であり、計画の核となる『機械仕掛けの乗組員クドリャフカ


 


 ……あの夏。


 宇宙工学の粋を集めた船に乗って、オズマは旅立った。あの星空の向こう、遥か太陽系の外へと。

 

 孤独な旅を終えたオズマを誰もが祝福してくれた。空の向こうに見出された、確かな文明の痕跡に誰もが魅入られた。


 だけど――





「そろそろか。乗り心地悪かっただろ。もうちょっと辛抱してくれや」


 カミオカの声に、オズマは我に帰る。


「……はい」


 果てしなく広がる夜空。その向こうをオズマはじっと見つめていた。


 

 

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