3.試作メサイア


 二人はマスターキーを使いドアを開けると、薄暗い階段を上って行った。


 だが途中で二人は足を止めた。目の前には階段をふさぐ瓦礫の山。壁や天井が崩れて先に進めそうにない。


「ちょっとどいてな。今こいつをどかすから」


 カミオカはぺたぺたと壁を触って感触を確かめたかと思うと、右腕の義手におもむろに力を込めはじめた。

 黒光りするパーツが鈍い音とともに動く。関節部分から蒸気と、真っ白な光が漏れ始める。


「――でりゃ!」


 思い切り瓦礫の山に叩きこまれるカミオカの義手。爆風、そして轟音。辺りに壁の破片が飛び散る。


 砂埃が収まるのを待ってオズマが先ほどの亀裂があった場所を見ると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。


「ったく、相変わらずイカれた性能だぜ! 改造人間にでもなった気分だ」


 カミオカは、傷一つない機械の右手を振り上げ笑う。オズマは戸惑ったように口を開いた。


「カミオカさん」


「ん? なんだ?」


「先ほどから気になってはいたんですが……その腕はどうなさったんですか? 以前お会いした時には」 


「ああ、この義手サイバネティックアームか? なかなかイカしてるだろ。知り合いの職人がオーダーメイドで――」


 無骨でメタリックなロボットの指がカタカタと揺れる。オズマは首を振った。


「違います。そんなものを付ける羽目になった理由を伺っているんです」


 カミオカはオズマの頭をポンポンと叩いた。


「野良犬に噛まれたんだよ。大したことじゃないから、あんまり気にすんな」


 恐らく、あまり詮索されたくない事なのだろう。オズマはそれ以上追及するのをやめた。


 二人は穴の中へと体をねじ込む。


「オズマ」


 だが急に先を歩いていたカミオカが急にオズマを制止する。 


「何――」


 目を凝らすオズマ。人間の視覚よりもはるかに性能のいいレーザーがとらえたのは、薄闇の中こちらへ向かってくる、鈍色に光る大きな一体の人型ロボットだった。


「危ない‼」


 オズマが叫びながらカミオカの背中を押した。


「うげっ!」


 盛大にすっ転び地面に倒れるカミオカ。その頭上を赤いレーザー砲が通り抜けていく。


「うひー、危ねぇ危ねぇ」


 カミオカはコートの汚れをパンパンと払いのけた。


「危うく一張羅が駄目になるところだったぜ」


「……一張羅だけでなく、カミオカさんまでズタボロになるところでしたよ」


「ははっ、そうなったら右手以外も機械にするしかねぇな」


「笑いごとですか」


 カミオカは苦笑する。先の大戦では戦闘用義肢の開発が進み、中には全身機械化をしたものまでいたという噂だ。そうした機械化兵士たちは、条約で禁止されたアンドロイド兵器の代わりに目覚ましい活躍を見せたのだと聞く。


 二人は柱の影からそっと相手を覗き見る。通路の先には、三体のロボットたちがこちらの様子を伺っている。一体の人型ロボットとそれを警護するように飛ぶ二体のドローンだ。

 

「あの真ん中にいるデカいのはおそらく『試作メサイア』だな」


 オズマも名前だけは聞いたことがある。兵器工学期待の星、タカクラによって設計された「メサイア」というロボットがあるということを。あれはその試作機ということか。


 先ほどまでの敵とは明らかに違うオーラをまとうその姿に、オズマたちは身を引き締めた。ぴりり、という張りつめた空気が電気信号のように空気を伝う。

 

「オズマ、お前は下がって――」


 刀を抜くカミオカに、オズマは首を横に振った。


「お断りします。人間あなたへの危険を看過するわけにはいきません」


 それは機械ロボットに宿命づけられた、本能めいた呪い。


 カミオカは口元に笑を浮かべると、勢いよく刀を抜き、叫んだ。


「ああ、分かった! そんじゃあ行くぜ!」


 二人は目の前のロボットたちを見据えた。


「まずはセオリー通り一体づつ片付けていくか」


「はい」  


 オズマは銃を構え、素早く柱から出た。レーザーを身をひねりながら避けつつ、一体目のドローンを打ち抜く。続いて二体目。カミオカが叫んだ。


 「オズマ!」


 オズマの背後でメサイアが巨大な腕を振り上げる。オズマは間一髪のところでそれをかわした。地面に深々と穴が空く。


 オズマはメサイアの頭部に狙いを定めた。電磁波を帯びた弾丸が真っすぐに光を放つ。銃弾は計算通り頭部に命中。

 カミオカもまた、刀でメサイアの胴体へ一閃、斬りつけた。だがメサイアは、二人の攻撃をものともせず腕を振り上げた。


「ちっ、頑丈だぜ!」


 カミオカは舌打ちすると一足飛びで相手の間合いから離れた。先ほどまでカミオカがいた場所に、大きな穴が開く。


「カミオカさん、あのロボット、何か変です」


 メサイアが、空気を震わせるような妙な動きをするのを見て、オズマもメサイアから距離をとる。


「なんだ?」


 二人が戸惑っていると、メサイアが発する振動音に呼応したように、二体のドローンが新たに飛んで来た。


「げっ、あいつ、仲間を呼びやがった!」


 カミオカが眉をしかめる。


「作戦変更だ。横を倒してもすぐに仲間を呼ばれる。真ん中から倒すぜ!」


「はい」


 オズマは頷くと、じっと相手を見つめた。青く光るオズマの大きな瞳。先ほどまでの戦闘データをもとに、メサイアの動きや構造を分析する。


「……おそらくですが、継ぎ目の部分の耐久値が若干落ちるようです。そこを狙えば良いかと」


「さっすがオズマ!」


 カミオカは刀を構え、腕の切れ目に狙いをつけた。慣れた脚運びで間合いへ入り込む。そして狙いすましたように刀を振り下ろした。


 ブレのないその刀裁きにオズマは舌を巻く。鋭い金属音を音を立て、メサイアの左腕が地面に転がった。


「よっしゃ!」


 一瞬喜んだカミオカだったが、すぐにその笑みが消えた。様子がおかしい。動きが止まったメサイアは、けたたましい音と蒸気を上げ、腕をオズマたちの方へ突き出し始める。


「何だ? また仲間を呼ぶ気か?」


「いや」


 カミオカの呟きに、オズマは真剣な顔をする。


「違う――これは……カミオカさん、耳を塞いでください!」


「お、おう?」


 カミオカはとっさに耳をふさいだ。


 同時に、メサイアの周囲から放射状に音圧の波が巻き起こった。


 轟音と共に発せられた、台風の様な圧力波。周囲に置かれていた段ボールや石ころが勢い良く飛びすさぶ。


「ぐあっ!」


 カミオカとオズマは、数メートル離れた壁に体をたたきつけられた。


 ――『ショックウェーブ』

 それは強力な衝撃波を放つ、メサイア最大の武器である。




  

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