第31話 地獄の公爵1

「信じられるわけないじゃないですか。……この状況で、今のダストさんを」


 大きく深呼吸。…………うん、痛みはあるけど、今はさっきのような堪えられないものじゃない。

 ここはきっと間違えてはいけない所だから。私は出来る限り息を整え、しっかりと言葉を紡ごうとする。


「信じられねぇって…………お前まさかその体で着いてくるつもりじゃねぇよな」

「流石にそこまで馬鹿じゃないですよ。私一人ならいくらでも無茶しますけど…………いきなり母親失格にはなりたくないですから」


 私の気持ちを察してか、私と同じように今が大事な時だと感じているのか。大人しくしてくれている私の娘。この子を無事に産むことが今の私の役目なのは見失ってない。現実的に陣痛が来てる状況で戦えるわけないってのももちろんあるけど。

 だから、私はダストさん達が戦い勝って帰ってくることを待つ。それはどんな選択をしていようときっと変わらない。


 変わるのはダストさんを信じるか、信じないか。きっとそれだけ。


「じゃあ、素直に信じろよ。心配しなくてもお前らは絶対に守ってやるから」

「そこは別に何も疑ってないんですけどね」


 ダストさんは大事な場面で出来ない事を言う人じゃないから。

 嘘はいくらでも付く。約束はたまに忘れる。でも、誓ったことは必ず守る。それがダストさんというチンピラ冒険者だ。


「じゃあ、何が信じられないってんだ」

「決まってます。ダストさんが私たちの元へ帰ってくることですよ」


 この街はきっと死魔に勝つんだろう。ダストさん達は私たちを守ってくれるんだろう。

 けど、私たちを守ったこの人は?


「ダストさん、『勝つ』とか『守る』とは言ってくれましたけど…………『帰ってくる』とは言ってくれなかったじゃないですか」


 『帰ってこない気がする』。そんな私の不安に、この人はまっすぐ答えてくれなかった。


「…………信じられるわけないじゃないですか」


 それはつまり、勝っても自分の無事は保証してないということで。ダストさんの未だに更生できてない最大の問題点と併せれば到底安心できるものじゃなかった。


「…………、お前本当にめんどくせぇな。どうしようもねぇ状況だ。信じて送り出すしかねぇんだから、素直にそうすりゃいいのによ」

「確かにその選択肢もありましたけどね」


 嫌な予感とか全部無視して、大好きなダストさんを信じて待つ。今までたくさん私を泣かせてきたダストさんだけど、でも取り返しのつかない涙だけはこぼさせなかったダストさんだから。

 帰ってこないなんて、そんなこと絶対にないんだって。そう自分を騙して信じる事はきっと出来た。


「でも、それを選んだ私はきっとダストさんが好きになってくれた私じゃないから」


 ダストさんのことを盲目になって信じる、そんなチョロい私を好きになったわけじゃないと、この人はいつの日か言ってくれたから。




「あなたに好きでいてもらいたいから、私は都合のいい女になんてなってあげません」




「……そーかよ。じゃ、俺の大好きなぼっち娘は……待つことしか出来ないお前はどうすんだ? まさか信じられないって言ってそれで終わりじゃねぇよな?」


 それじゃ何も変わらないとダストさん。そして、そんなつまらない女じゃないよなと信じてくれている。

 だから……。


「だから…………リーンさん、お願いします。ダストさんを見張っててください」


 私たちの会話を心配そうに……辛そうに聞いているリーンさんに私は頼む。それが待つことしか出来ない私の最善の手だと信じて。


「え? え? 見張っててって…………あたしもダストと一緒に行くって事!?」

「はい。お願いします」

「いやいや、あたしが行っても邪魔なだけじゃ…………」

「まぁ、邪魔なのは確かにそうですね」


 きっと今回の戦いの中でリーンさんが出来る事はほとんど何もない。自分の身すら守れないだろうし、ついていけばダストさんの邪魔になるのは確かだろう。でも、ではない。


「じゃあ……」

「でも、リーンさんが一緒に行った方がダストさんが帰ってくる可能性は高くなりますから」

「え?」

「そうですよね、ダストさん」

「…………、さあな」


 そうとぼけるダストさんは苦虫を潰したような顔をしていて、私の言葉を否定しない。


「ただ言えるのは、リーンが一緒だとお前らを絶対に守ってやるとは確約できねぇぞ」

「少なくとも、ダストさんが『帰ってくる』と約束できないような確約は私はいりませんよ」


 私たちが無事でもダストさんが無事じゃない結果なんて…………そんなの私は求めていない。


「だから、リーンさん。あなたが決めてください。私と一緒に待つか、それとも、死にたがりの…………いえ、終わりたがりのチンピラな英雄さんと一緒に行くか」


 でも、私には結局頼むことしか出来ないから。それが最善の手だとは思っていても、その手が打てるかどうかは私の意志だけでは決まらない。


「死にたがり? え?……ダストが?」

「別にいつも死にたいと思ってるとかそう言うことじゃないですよ?」


 いつも自由気ままに生きてるダストさんがそう思ってるとは私も思っていない。


「だけど、この人は死に場所を求めているんですよ。自分にとって出来るだけ上等な」


 なんでそうなってしまったかは分からない。きっと英雄として生きてきた時代の瑕かチンピラとして腐ってた時代の後悔か。もしくはその両方だとは想像がついているんだけれど。

 ただ、自信満々な普段の様子とは裏腹に、自分の評価……命すらも極端に低く見ている節がある。


「だから、今の状況はダストさんにとってうってつけの状況なんですよ」


 例えば、大好きなドラゴンに殺される状況。

 例えば、大切な人を守って死んでしまう状況。


 それがきっとチンピラなダストさんにとって『上等な死に場所』だ。


「いろいろダストさんを更生させてきたつもりですけど、この最大の悪癖だけは未だ治せてないんですよね」

「だから、あたしに付いて行って欲しいって事? あたしが傍にいれば自分を犠牲にするような方法じゃあたしを守れないから?」

「そういうことです」


 ここは地獄で危険で溢れる場所だ。例え死魔やそのレギオンを倒したとしても、他に危険がないわけじゃない。リーンさんを守り切るにはダストさん自身も無事で一緒に帰ってくる必要がある。


「…………正気?」

「おかしい事を言ってるのは分かってますよ」


 もしかしたらダストさんは一人なら危なげなく勝って帰ってくるのかもしれない。

 私が頼んでいることはリーンさんを危険にさらし、ダストさんの邪魔をしているだけかもしれない。


「だからもう一度言います。決めるのはリーンさんです。その上でもう一度頼みます。どうか、ダストさんの守るべき人でいてください」


 それでも、待つことしか出来ない私に出来る事は頼むことだけだ。

 それが正気の選択じゃないとしても。それが誰もが笑っていられる結末に続く選択だと信じて。



 だって、私は知っているから。大切な人を守らないといけない時のダストさんは誰よりも強いんだって。


「で、でも……あたしが行ったらゆんゆんは……?」


 今は少し落ち着いているけど、すぐにまた本格的に陣痛が始まる。私の出産を手伝えるようにと一緒に勉強していたリーンさんがいなくなるのは確かに私も少しだけ不安だ。でも……。


「ま、そのあたりは大丈夫じゃねぇの? さっきから扉の外で聞き耳立ててる奴がいるからな」

「わわっ! っっ~~~!」


 バタンと人が倒れる音。見てみればダストさんが開けたドアの所には鼻を押さえて痛がるルナちゃんの姿があった。


「は、話は聞かせてもらいました! ゆんゆんさんの出産は私に任せてください!」

「ま、生涯独身の上にガキになったルナだけじゃ心配だが、フィーもいるんだ。リーンがいなくてもどうにかなるんじゃねぇの?」


 ルナさんの後に続いてフィーベルさんも普通に部屋に入ってくる。


「私だけじゃ不安って何ですか! 私だってたくさん勉強して──」

「──はいはい、ルナさん今少し真面目な話ししてるみたいなんで向こうで静かにしてましょうねー」

「だから子供みたいな扱いはなんなんですか!?」


 そして、ルナちゃんをあやして部屋の隅へと連れて行った。


「でも、二人は魔法が使えないし……」

「その辺りは私に任せてもらえれば。……ダスト殿たちの戦いの役には立たないでしょうしね」

「レインさん……」

「俺も出産の役には立たないだろうが、いざというときの盾になろう」

「俺もテイラーも大した事は出来ないが…………まぁ、逃げなきゃいけない時の時間稼ぎくらいはするぜ」

「テイラー、キール……」

「なんでこの場面でボケた? ちょっとかっこいいこと言っただろ?」


 日頃の行いと、自分でかっこいいとか言っちゃう残念さのせいじゃないですかキースさん。


「てわけだ。キールやルナはともかくフィーやレイン、テイラーがいりゃどうにかなるだろうよ」


 ダストさんの言葉にキースさんやルナちゃんがブーブー文句言ってるけどみんなスルー。

 シリアスな場面だからね仕方ないね。

 というか、さっきからナチュラルにダストさんがフィーベルさんのこと『フィー』って呼んでるんだけど、本当何があったんだろう……。


「ダストはその…………いいの? あたしがついて行っても大丈夫?」

「大丈夫なわけねぇだろ。もともと俺は誰かを守りながら戦うのが苦手なんだ。ただでさえ厳しい戦いだってのにお前がついてきたら絶望的な難易度になるぞ」


 まぁ、そうなりますよね。


「じゃあ、やっぱりあたしは行かない方がいいんだ……」

「俺の立場だけで答えるなら当然そうなるな」


 だが、とダストさんは続ける。


「それがゆんゆんの選んだ選択だってんなら、それが正しいんだろうよ。俺みたいなチンピラと最強で最高な魔法使い。どっちの考えが正しいかなんて決まってんだろ」

「もう、ダストさんったらまた自分を卑下して……」


 普段は謎の自信にあふれてるのに、ちょっと真面目な雰囲気なるとこれだ。


「じゃああれだ。ゆんゆんが選んだ選択肢だ。だから信じられる。…………それなら文句ねぇだろ?」

「ふふっ……そうですね。それならダストさんらしいです」


 さっきまでとは違う、私の信じていいダストさんの言葉に、私は自分の選択への自信を貰う。


「だから、俺は文句はねぇ。めちゃくちゃ邪魔だが、ちゃんとお前を守ってやるよ」


 一言多いですよ、ダストさん。


「あたしは……」


 逡巡するリーンさん。きっと私たちの言葉と常識的な判断の間でどちらが正しいのか悩んでいるんだろう。

 言ってる私(きっとダストさんも)ですら本当に正しいのか心配になる選択なんだから、リーンさんの立場からしたら当然だろう。

 自分の身も守れない危険な状態で、大切な人の足手まといになるなんて選択をそうそう選べるものじゃない。

 …………、そんな選択をしてほしいと頼んでる私ってどれだけ畜生なんだろう? とりあえずことが終わったらダストさんと一緒に死ぬほど謝ろう。


「リーンさん。約束でしたよね?」


 でも、ダストさんが帰ってこなければ一緒に謝る事も出来ない。今は自分の非常識さに目をつぶってリーンさんの背中を押す。


「約束?」


 それは、空飛ぶ城へ移住した日。誤魔化し謝りながらも取り付けた約束の期限。



「はい。…………『決着』、つけてきてください」








────


「ふーん……確かにすごい数ね。これ全部『悪魔の種子』で悪魔化した奴らだっていうなら地上は大変なことになってそうね」


 街の東方。アリスと名乗る魔王の娘は迫る軍勢を前にして舌なめずりする。


「ま、私が心配することでもないか。手応えのある奴がいればいいんだけどね」

『ふん、我らにしてみれば侯爵級の悪魔であっても手応えなどあるまい』

「悪魔なドラゴンのあんたが言うならそうなのかしら? だとしたらつまんないことこの上ないけど」


 使い魔となった魔竜の言葉にため息をつくアリス。


「とりあえず、公爵級の悪魔があの軍勢に混ざってることでも祈っとくわ。あー……仕方ないとはいえ死魔をあいつに譲ったのはもったいなかったかなぁ……」

『…………だが、『悪魔の種子』か」

「ん? なんか気になることでもあるの?」

『アリス。今すぐこの場を離れて逃げるつもりはないか?』

「ないわよ」


 一瞬も考えずにアリス。


『…………、まぁ、貴様はそう言うか。我も所詮は貴様に負け一度は死んだ身。仮にに遭遇しようと気にすることでもないか』

「そう、よく分からないけど良い心掛けね」



 悪魔の軍勢が迫る。対するのはグリフォン・マンティコア・ラミア・ユニコーン・ケルベロス・魔竜といった幻獣や聖獣と呼ばれるような最上級の魔獣や、神獣と並び称されるような規格外の存在。


「来なさい、悪魔ども。どっかの性悪悪魔への日頃の恨み晴らさせてもらうわ」


 そしてそれらを統べる黒髪碧眼の少女。魔王の娘。


「魔王を継ぐ者の力、見せてあげる」







 街の西方。そこは他方に比べて早く戦端が開かれていた。


「む、夢幻の女王……!」

「おや? 私を知っているということは悪魔化された方じゃないですね。私のにも堕ちていないということは、それなりに高位な悪魔の方のようで」


 防衛側が侵略側を蹂躙するという形で。

 リリスと名乗るサキュバスクイーン。その前には悪魔たちが眠りに付き、中にはものもいる。


「悪魔化が不完全なもの……鬼が混ざっているということはこちらはハズレということでしょうか。できれば、あの子の負担は最小限にしたかったのですが、そう上手くはいきませんか」

「サキュバス風情が舐めた口を! 貴様らなどまともに戦う力を持たない下級悪魔だろう!」

「そうですね。私たち夢魔はまともな攻撃手段をもちません。クイーンと呼ばれる私でもそれは同じです」


 ですが、とリリス。


「まともじゃない方法でよければいくらでも戦いようがありますので」


 サキュバス。夢魔とも呼ばれる彼女たちの特性。


 一つはその別名の通り夢を見せる力。

 一つは夢を見せる為に眠りに誘う力。

 一つは精気を奪い自らの糧とする力。


 そして、その彼女たちの長であるリリスは、それらの特性を最も強く発現している。

 いつかのロリサキュバスがしたように、夢という名の幻覚を見せる力。

 眠りを必要としない種族であっても眠りを経験したことのある存在なら眠らせられる力。

 そして精気を奪い吸収する力。


「元人間……悪魔化した方々は大変やりやすい相手でした。生まれながらの悪魔の方には眠りに誘えませんし、精気などという不純物をほとんど持たれませんから」


 悪魔とは精神生命体。普通の生物が持つ精気という名の生命力を必要としない存在だ。姿かたちを取る関係で多少の精気を持つが、それは普通の生物比べれば微々たるものだ。

 だが、人間から悪魔化したもの、それも成りたてのものであれば人間だった頃の精気を多く残している。

 そして、それを糧とするサキュバスが奪えば……。


「ならば、オレには意味のない力ということだ! 死ねぃ!」


 指揮官の悪魔は武器の魔剣を振りかぶり、そのままリリスを対象にして振り落とす。


「…………な、……ぜ……──様……」


 そして、無事だった部下を真っ二つにした。


「何故だ! 確かにオレは貴様を……!」

「私のことを知っていたのに随分と無警戒なのですね。やはりハズレですか」

「夢幻…………まさか今のが夢、幻だというのか」

「一応、七大悪魔の方や一部の特殊な悪魔の方以外なら夢を見せられると自負しておりますよ。かなり精気を消費しますが」


 だが、この戦場においてそれは問題にならない。糧となる精気は向こうからやってくるのだから。


「眠らせ、精気を奪い、夢を見せ同士討ちさせる。まともな攻撃手段を持たない私ですが…………この場においては十分だと思われませんか?」

「馬鹿な…………なぜ貴様のような存在が爵位も持たず下級悪魔とされているのだ」

「さぁ? 私にはあの方の考えは分かりませんので。分かるとしたらバニル様くらいなのでは?」


 いつもと変わらない様子でたたずむリリスは、この静かで凄惨な戦場においては不釣り合いなほど美しく、そしてそれゆえに不気味だった。


「さて、あの子を見守りたいことですし、バニル様の命です。迅速にお掃除させていただきますね」








「うぅぅぅぅぅ~……あんな言い方されたら断れないじゃないですかー……」


 南方。覚悟を決めたロリサキュバスは、覚悟を決めさせられた真名契約の主の言葉を思い出す。



奥の手使ってさっさと終わらせるつもりだったんだが、リーンが一緒だとそれは無理だ。切り札を切るはめにはなりたくないし、どうにか時間稼いでくれ』

 時間を稼ぐっていつまでですか?

『時が来るまでだ』

 いつまでか全然分からない!?

『ま、無理だと思ったらさっさと俺に伝えろ。真名契約の繋がりを使えば危機くらいなら伝えられるだろ』

 つ、伝えたらどうなるんですか……?

『死んでも切りたくない切り札使うだけだよ。切り札使えば勝ち確だし、すぐに助けに行ってやるさ』

 ? 勝ち確って…………なんですぐ使わないんですか?

『あいつのことが好きだからじゃねぇの? あとはまぁ……お前らの無事に比べたらくだらない感傷だよ」

 えっと…………とにかくダストさんは切り札を使いたくないんですね?

『おう』

 そして私が頑張れば使わなくて済む、と。

『可能性としてはな。アリスとリリスの方は大丈夫だろうし、お前が踏ん張ってくれたら、後はこっちがどうにかするだけだ』

 できるかなー……。

『出来るんじゃねーの? リリスが出来ない事をやらせるとは思えねーし』

 それはそうなんですけどねー……。あの方は結構無茶なことも言いますから。…………いえ、確かにその無茶も出来なかったことはないんですが。

『それに、お前は俺と……ドラゴン使いと契約してんだ。ドラゴンの……最強の生物の力を借りてんだから、時間稼ぎの一つや二つ出来なくてどうする』

 相変わらずの謎のドラゴン大好き理論ですね。

『とにかく、頼むぜ使い魔。主でダチの俺が困ってんだ。助けてくれよ』



「普段は横暴で、その割には命令とかほとんどしないダストさんから、あんなに素直に頼られたら……」


 ダストはどうでもいいことであればロリサキュバスに主としてことがある。だがそれもという形ではほぼない。そしてこんな重要な場面で頼られたのは真名契約をしてからは初めてだった。

 炎龍戦では結果的にロリサキュバスに大きく頼ったが、それは不測の事態への保険であったし、結局は途中で戦線から外されている。


 そんなダストからのまっすぐな頼み。この期に及んで命令をしない主で友達の願いは。


「応えなきゃ、悪魔として、友達として失格ですよね」


 未だに彼女には自分が出来るなんていう自信はない。だが、それを理由に自分の役割から逃げるという考えは欠片もなかった。



「…………大丈夫。魔力はちゃんとある」


 悪魔の軍勢。それを前にしてロリサキュバスは大きく息を吸う。感じるのは彼女の主の魔力と、主が信じる竜の魔力。


「なら、私はやれます。……やります」


 出来るなんて言う自信はない。けれど失敗する気もロリサキュバスはしなかった。

 それはきっと、同じ力を使う彼女の主が信じられないような修羅場を乗り越えてきたからだろう。


「幻術を掛けて同士討ちを狙います。皆さんは正気の敵を真っ先に狙ってください」


 この場にいるのはロリサキュバスだけではない。リリスを除くもともとこの街にいた戦力全て揃っている。



「バニル様の……序列一位の悪魔の街に攻めてきたこと……の中で後悔させてあげます」





──ダスト視点──


「その…………ダスト? 本当にあたしがいても大丈夫?」

「ここまで来て何言ってんだ。もうすぐそこまで死魔のレギオンが来てんのが見えてるし今更送って帰る余裕はねえぞ」


 ミネアとジハードを竜化させ。死魔を待ち構えてる俺に。お邪魔虫は本当に今更なことを言ってくれている。


「だって、想像以上に数が多いんだもん! 本当にダストあの数からあたしを守りながら戦えるの?」

「まぁ何とかするしかねぇだろ」


 もともと俺はミネアとジハードのサポートに徹するつもりだったし。槍持って前線出ないならリーンを守りながらでもなんとかなる気はする。

 もしくはあの時みたいに死魔に契約させるか? けど、流石に今回の死魔には油断とかねぇだろうしなぁ。

 こっちもジハードやミネアを上位ドラゴン並に魔力を吸収させて準備してるとはいえ、公爵級悪魔になった死魔とその能力を考えれば十分とは言えない。リーンを守りながら戦うのは相当厳しいだろう。

 といっても、これ以上ジハードたちを強化してたら死魔は逃げるかもしれないし難しい塩梅だ。ゆんゆんの出産が終わってからと考えれば逃げられるのも悪くないかもしれないが、次に襲ってくる時には地上が手遅れになっている可能性もある。

 時間を稼いで、『奥の手』を切れる状況になったらそれで死魔とレギオンを一掃する。それしかねぇだろうな。


(…………ま、それじゃリーンを守れそうにないなら『切り札』を切るしかねぇよな)


 自分が死んでも切りたくはない『切り札』だが…………まぁ、仕方ない。

 あいつが俺にリーンをつけさせられた一番の理由は多分『切り札』があるの知ってるからだろうしな。じゃなきゃ、流石に俺が『奥の手』ぶっぱで終わらせようとするのを止めるにしても、リーンについて行けとは言えなかっただろう。


「とにかく、お前は自分で動こうとすんな。必要があったら俺が動かすし、それが無理そうならこっちで指示を出すから」


 まぁ、指示を出さないといけないような状況になったら諦めてアクアのねーちゃんの世話になることを考えた方が良さそうだが…………その時はその時だ。


「…………、パッドの女神様に会うのもいい経験だしな」

「いきなり何の話!?」

「気にすんな。世の中諦めも肝心だよなって、それだけの話だ」

「欠片もそれだけの話じゃないんだけど…………」


 人生そんなもんだけどな。一度死んだ俺が言うんだから間違いない。


「さてと、無駄話はここまでだ。お前は後ろに隠れてろよ」



 影の軍勢。レギオンを背に前に出てくるのはあいも変わらず死神の姿をした悪魔。


「久しいですね、最年少ドラゴンナイト。約束通りあなた方を収集しに来ましたよ」

「あんなの約束でも何でもねぇよ。せっかく『公爵』になったんだ。狂喜して忘れてくれても良かったんだぜ?」

「そうはいきませんよ。こんななりですが、私も一柱の悪魔ですから」


 約束じゃないにしても自分の言ったことを違えるわけにはいかないか。冗談でしたってなかったことにしてくれてもいいんだがなぁ……。


「しかし、私も舐められたものですね。私との戦いを望むというのに女連れとは」

「小物っぽいとは思ってるが、別になめてはいねぇぞ? リリスにお前のこと少しは聞いたし、公爵級悪魔が出鱈目なのはよく知ってるからな」


 七大悪魔に並ぶ存在は四大を司る神やエンシェントドラゴンだけだ。その上には創造神や悪魔王、竜帝しかいない。

 本来なら人の身じゃ抗うことすらできない理不尽な天災のような存在だ。勇者や英雄なんて言われてる奴らでも、その本体を目の前にすれば震えが止まらなくなるだろう。


「てことで、また契約してくれねぇか? こいつに手は出さないって」

「今回はあなたの力を試す必要もない。私にメリットは全くないのですが…………それともまた『切り札』とやらで脅しますか?」

「それも考えたが、『切り札』の内容も教えずに聞いてくれる気はしねぇな」


 かといって『切り札』の内容を言うのはなしだ。言えばきっと死魔はリーンを利用してでも俺を死に物狂いで殺そうとするだろうから。油断はなくとも余裕はある。死魔の今の状況をなくしたくはない。


「ふふっ……『切り札』とやらも気になりますが、条件次第ではその契約受けてもいいですよ?」

「…………、条件ってなんだ?」


 こんなにあっさりこっちの弱点をスルーしてもいいような条件?


「いえなに、あなたの力を試す必要はもうないのですが、新しい戦力を試してみたくてですね。彼らと戦ってもらえるのなら契約を結びましょう」

「……それだけか?」

「ええ、それだけです」


 考えるが、こっちにリーンを守りながら戦うことより不利な条件とは思えない。そりゃ、一筋縄じゃ行かない相手が出てくるんだろうが、それにしてもだ。



「リーン、少し離れてろ」

「う、うん……」


 リーンが離れていくのを感じながら、俺は動かない死魔に向き合って答える。


「その条件でいい。契約してくれ」

「成立ですね。…………ふふっ、面白いことになりそうだ」

「…………何が面白いことだよ」


 もしかして、死魔は油断してくれてるのか? 確かに今の死魔の力を考えれば油断するのも仕方ない力の差かもしれないが。

 だが、デストロイヤー以上に討伐難度が高いと言われた最狂の賞金首が、仮にも一度は敗れた相手に油断するとは思えないんだがな。


「いえ、今から出すレギオンはあなたにとっても因縁深い相手らしいですから。あなたの反応が楽しみなのですよ」


 そう言った死魔の影から出てくる二つの影。それが形作るのは──



「久しいな、最年少ドラゴンナイト。あの日の約束通り『決着』をつけるとしようか」

「ちっ……相変わらずこのおっさんは暑苦しいな。何で面倒な奴と戦わされて嬉しそうなんだよ」


「『チート殺し』ベルディア、『死毒』のハンス……!」


 ──かつて死闘を繰り広げた相手。カズマたちによって討伐されたはずの魔王軍幹部。



「さぁ、狂喜する戦いの宴を始めましょうか」



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