第30話 分水嶺
「死魔が公爵級悪魔……? あの、レインさん、それは一体──」
「──はぁ……疲れたー。帰ったぞゆんゆん……って、ん? なんだよ、レインじゃねぇか。旦那あたりがそろそろ来ると思ってたんだが、お前が来たのか」
不吉で訳の分からないレインさんの言葉。その意味を訪ねようとしたところでダストさんがいつものように帰ってくる。
「ダスト殿。お久しぶり…………でよかったんですよね? 私の感覚ではついこの間会ったばかりなのですが」
「そーなるな。で? このタイミングだ。バカンスに来たって訳じゃねぇよな?」
「残念ながらそうなりますね」
レインさんの用事を大体想像出来てるんだろうか。ダストさんは疲れた感じなだけで驚いてる様子はない。
「早速依頼の話に入りたいのですが……大丈夫ですか?」
「おう。ただ、その前に…………リーン、お前は自分の部屋に戻ってろ」
「……へ? あたし? なんで……?」
私同様……以上に状況がよく分かっていないリーンさん。黙って様子を観察していたところにダストさんから声がかけられ、呆然な感じで反応を返していた。
「なんでも何も、これからする話にお前は関係ないからな」
「関係ないって……そんなこと……」
「ねえよ。関係させられるか。本当はゆんゆんにだって関わらせたくねぇんだ。でもこいつはそれ言っても聞かねぇし、ジハードの主はこいつだからな」
心底めんどくさそうな様子でそんなことを言うダストさん。まぁ、ダストさんに何を言われてもこの状況で話を聞かないって選択肢は確かにないんだけど。
でも、リーンさんは……。
「なによ……それ…………」
「必要があったら俺かゆんゆんから話してやる。だから今は大人しく帰れ」
「…………、わかっ……た…………」
とぼとぼと、納得していない様子で部屋を出て行くリーンさん。
出るときに一瞬私に向けた顔はなんだか助けを求めているみたいで……。
「相変わらずダスト殿は不器用ですね。もっと上手く、……あるいは逆にもっと素直に伝えれば傷つけずにすむでしょうに」
「上手に出来れば苦労しないんだがな。いつまでたってもそういうのは苦手だ。それに…………素直に言ったら素直に言ったでどうせあいつは傷つくんだよ」
ダストさんの気持ち。それは考えるまでもなくリーンさんを危険な目に遭わせたくないってこと。でもそれをまっすぐリーンさんに言えば、きっとリーンさんは深く傷つく。
だって、私がそうだったんだから。
(…………、仕方ないのかな?)
情報が少ししか入ってない私でも、今回の戦いが今までで一番大変な戦いになることは想像がつく。そんな戦いで普通の魔法使いであるリーンさんが出来る事はほとんどない。
私が守ると言えればいいんだけど、今の私は無理をしちゃいけないし。
(でも、本当にそれでいいの……?)
去り際のリーンさんの寂しそうな顔。そしてダストさんと過ごしてきた日々が、何故かこのままではいけないと警鐘を鳴らしている。
仕方ないと、そのままで終わらせてはいけないと。何か取り返しのつかないことになるような……。
「ま、あいつのことはとりあえずいい。それよりレイン、仕事の話を頼む」
「はい。……しかし、どこから話しましょうか」
「とりあえず、地上の様子だな。想像はついてるんだが」
私の不安をよそに、ダストさん達は話を進める。聞き逃すわけにはいかないし、今は意識を切り替えよう。
「では地上の様子から。最初の報告はおよそ一月前。人が悪魔化し、人を襲うという事件が起こりました。それの原因となったものは──」
「──『悪魔の種子』。俺もリリスと一緒にいろいろ調べてたからそれがどんなものかは知ってるぜ」
お城が出来てから。リリスさんと一緒にダストさんが『悪魔の種子』関係で動いていたことは私も知っている。妊娠が分かってから私もダストさんと一緒になんか変な人に襲われたし。
「では、ダスト殿たちがいなくなってからの話をしましょう。…………ここ数日でその『悪魔の種子』による悪魔化の現象が激増しています」
「激増って……どれくらいだ?」
私たちが地獄に滞在する前は、そういうものをあると噂で聞くくらいだったけど……。
「ベルゼルグの国だけでも騎士と冒険者それぞれ一割近くです」
「…………流石にそれは洒落になってねぇだろ」
「本当ですから」
少数精鋭。他の国と比べれば騎士の数が少ないベルゼルグの国だけど、それでもその総数は万を超す。詳しくは知らないけど3万は越えてたと思う。冒険者の数はそれ以上でその一割ってなると……。
そしてベルゼルグ以外でも同じ割合で悪魔化が進んでいるとすれば……。
「一体全体何がどうしたらいきなりそんなに増えるんだよ」
「ダスト殿も想像がついてるのではないですか?…………『悪魔の種子』にて悪魔化したものが他のものを無理やり悪魔化を始めたんです」
「そんな……ひどい…………」
別に私は悪魔自体に悪いイメージはない。リリスさんとか怖い悪魔さんもいるけど、それは人と同じで個体差があるだけだというのは分かっている。
でも、自分の意志とは関係のないところで人間をやめるのは酷すぎると思う。リッチー化という人をやめる手段を持っているだけに、その残酷さは想像が出来た。
「もちろん、私たちも手をこまねいているわけではありません。団結し対抗はしています。ですが、悪魔化した方たちは以前よりも遥かに強くなっていて……」
「『資質の完全開花』と『肉体制限からの解放』。ま、弱くなる奴はいねぇだろうな」
悪魔化失敗して鬼になったなんか変な人も倍以上に強くなってたらしいし、ちゃんと悪魔化出来た人がどれだけ強くなってるか。
「それに、悪魔化の恩恵につられて自ら悪魔の誘いに乗る人も出てきまして」
「ま、そういう奴もいるだろうな。むしろ冒険者なんてそんな奴らばっかだろう」
まぁ、悪魔化のデメリットって神聖魔法や退魔の魔法、聖水に弱くなることくらいだもんね。一獲千金を夢見る冒険者の人とか強くなりたいって人が望んでそうなるのは仕方ないのかな。
「指揮官クラスの騎士や準英雄クラスの冒険者の中にも悪魔化するものが出てきているのが今の状況です」
「通りで最近無駄に強い奴らが来ると思ってた」
…………、やっぱりダストさんそういう人(悪魔)たちと戦ってたんだ。
「とりあえず地上の様子は分かった。思った以上にやばいな」
「やばいですね。本当泣きたいくらいです」
泣くくらいで済むのかな。たった数日で一割近くの人が悪魔化したって一月もしないで国が亡ぶレベルなんじゃ……。
「で、そんな状況で俺に依頼ってのはなんだ? ぶっちゃけ悪魔退治だったら俺より適任がたくさんいるだろ? アクシズ教徒とかアクシズ教徒とかアクシズ教徒とか」
あの人たちだったら確かに喜んで悪魔退治しそうだなぁ……。どんなに数が多くても悪魔やアンデッドに負ける気もしないし。
「地上にいる悪魔でしたらそれも選択肢の一つですね。ですが、今回の元凶は地獄にいる悪魔ですので」
「…………その元凶の悪魔ってのは?」
それが──
「──『死魔』。最狂を冠する四大賞金首の一角だった悪魔。最年少ドラゴンナイトに討伐され地獄に帰還し、そして侯爵級悪魔から七大悪魔の地位にまで上り詰めた公爵級悪魔。それがダスト殿に討伐して頂きたい悪魔です」
「…………、何言ってんだ? レイン。死魔が元凶ってのはともかく公爵級悪魔ってのは洒落になってねぇぞ」
「本当ですから」
公爵級悪魔。それは神々と世界の終末をかけて争うクラスの大悪魔。人の身では想像も付かない絶大な力を持つと言われている。
死魔が私なんかよりずっと強大な力を持っていたのは確かだけど、こんな短時間で公爵級になれるものなんだろうか。地獄ではそれなりの時間が経っていると考えても、それはあくまで人間の尺度の話。永遠に近い時が流れている地獄ではほんの一瞬の時間のはずなのに。
「…………本当なのか? 確かに悪魔は嘘がつけねぇから、捕まえて聞き出したなら基本的にはマジなんだろうが……」
「はい。ハチベェ殿…………アクセルの街の相談屋さんのお墨付きでもあります」
「なるほど。そりゃマジだな」
バニルさんも関わってる情報なら確度が高い。悪魔に嘘を伝えさせる方法がないわけじゃないけど、今回は信頼しても大丈夫そうだ。
「けど、死魔が公爵級悪魔って何がどうなったらそうなるんだ? それになんで『悪魔の種子』なんてものをバラまい…………って、そういうことなのか?」
「多分、ダスト殿が想像している通りかと」
「なるほど……そりゃ公爵級にもなるか。それに時間が経てば経つほどやばそうだな」
? そういうことってどういうことなんだろう?
「で、そんなやばい奴を俺に討伐しろと。…………ぶっちゃけ無理な気しかしないんだが」
「ですが、バニル殿は死魔を倒していいもので勝てる可能性があるのはダスト殿だけだと」
「まさか旦那、『切り札』前提で話してんじゃねぇよな。そうじゃねぇなら、地獄に来さえすればカズマパーティーでもなんとかなるだろ」
実は本物の女神らしいアクアさんがいるのを考えれば確かにどうにかなりそう。
「あの方たちのパーティーが『死魔』を倒せば、なんでも世界の終末どころか神魔の決着をつける最終戦争が始まるから倒してはいけないものの方に入ってるそうですよ」
「…………ガチの女神が公爵級の悪魔倒したらそうなるか。あのねーちゃんがカズマたちに任せて自分だけ黙ってみてるとかは無理だろうしなぁ」
あのパーティーはみんなが互いを大事にしているから。めぐみん達だけが戦うのをアクアさんが黙ってみていられるとは思えない。
「それで俺に回ってきたと。…………アイリスとかじゃダメなのか?」
「欠片も笑えない冗談はやめてください」
「あいつとアリスが手を組めばどうにかなると思うんだがなぁ……」
どうにかなるにしても一国のお姫様にそれはないと思います。
「それでしたらダスト殿がアリス殿と一緒に戦ってもいいのでは?」
「まぁ、俺が『死魔』に勝つってなるとあいつの協力は不可避か…………めちゃくちゃ気が乗らねぇ」
まぁ、アリスさんですからね。気持ちは分かります。
「ただ、バニル殿から助言があるのですが。おそらくダスト殿がアリス殿と一緒に退治に行けば死魔は逃げるだろうとのことでした」
「ダメじゃねぇか!」
そういえば、死魔は勝てそうにない相手は襲わないし、すぐ逃げるんだっけ。
ハーちゃんを最大強化してからアリスさんと一緒にダストさんが死魔に挑めば何とかなると思ったんだけど。
「てか、そもそも死魔がどこにいるか分かってんのか?」
「分かりません。バニル殿もそれは見えなかったということでした」
「どこにいるか分からねぇんじゃ討伐もなにもねぇぞ」
ですよね。
「はい。なので死魔が襲ってきたタイミングで返り討ちにするしか死魔討伐のチャンスはありません」
「…………あー……。なるほど。だから俺……俺たちなのか。勝てるのが俺だけってそういう意味かよ」
「?? ダストさん、そういう意味ってどういう意味ですか?」
「勝てるタイミングが返り討ちしかない…………つまり、死魔が俺らを襲ってくるのだけは確定してるって事だよ」
「ダスト殿の言う通りです。『死魔』はダスト殿を狙い、この街を落とせるだけの戦力を集めたら襲ってくるそうです」
『……これで終わったと思わないことです。私は必ずあなた達を収集します』
それは死魔が地獄へ送還されるときの残した言葉。嘘のつけない悪魔にとっては契約ともいえる宣言。
その宣言通り、死魔は公爵級悪魔になった今もダストさんを狙っているらしい。
「ま、話は分かったぜ。結局俺は今まで通りこの街を守って戦ってればいいんだな。どのタイミングで死魔が来るってのは分かってるのか?」
「バニル殿曰く『分水嶺』の時だと。……私にはよく分からなかったんですが、ダスト殿にはこれで分かると」
「…………、ああ。分かるな」
私も分からないんだけど、どうせ聞いてもダストさんは教えてくれないんだろうなぁ。
「しっかし、あの死魔が公爵級の悪魔ねぇ。あの小物の悪魔が旦那と同じ公爵級ってのはなんか想像がつかねぇな。いや、能力的にはやばくなってるって分かってるんだが」
「私はどうやばくなってるかまだ分からないんですが…………確かに、あんまり死魔は大物っぽくはありませんでしたよね」
強くてすごく怖くはあったんだけど。紅魔族的には典型的な噛ませ役というか。
「死魔様は別に小物ではありませんよ。……もちろん大物でもありませんが」
「リリスさん、いつの間に……」
なんか普通にいるけど、ここ私たちの部屋なんですけど? 本当いつ入ってきたんだろう。
「なんだよ、リリス。死魔が小物じゃねぇって」
「これは悪魔の間では有名な話なのですが、死魔様は『狂気』と『狂喜』しか感情と言えるものを持ち合わせてないのです」
「はぁ? そりゃ狂ってる感じはしてたが、別にそんな風には見えなかったがな」
なんか焦ったりしてた気がするし、私もそんな感じには感じなかったような。
…………でも、あの目だけはそう言われても信じてしまうものがあった気もする。
「それは死魔様は普通に見えるように演技しているからですよ。その場の状況に合わせて振舞うだけ。だから『狂った道化』とあの方は呼ばれているのです」
「『狂った道化』ねぇ……。だから小物じゃねぇと。…………あいつは壊れてるだけって事か」
「そういうことです。煮ても焼いても面白くない存在ですからバニル様は嫌われていますね」
煮たり焼いたりしたら面白い存在っているのかな。…………悪魔の感性じゃいるんだろうなぁ。
「壊れた悪魔ですが、強さだけは本物です。……本物になりました。悪魔王様のお気に入りの玩具とは言え、公爵級悪魔というのはそれだけでなれるほど温いものでもありませんから」
バニルさん見てると公爵級悪魔がどれくらい凄いのか勘違いしそうになるんだけどね。
いや、存在自体が非常識なのは確かなんだけど、私たちにとってバニルさんの存在は身近すぎる。
「公爵級悪魔っていや…………この街の領主様は何してんだ? そろそろ来ると思ってたんだが。レインは何か聞いてねえか?」
「地上でやることがあるからまだ行けないと。ただ、必ず間に合わせると……そうおっしゃってました」
「ま、この状況だ。遊んでるってことはねぇだろうが…………旦那がいないってのはちょっとばかし不安なんだよな」
ダストさんらしくない言葉だけど、その気持ちはよく分かる。強さとかそういうのとは別の次元で、あの悪魔さんが一緒だと負ける気がしないから。
「ふん、あんな性悪悪魔なんていなくてもどうにかなるでしょ。あんたやリリス。それに私までいるんだから、死神悪魔の一柱や二柱余裕で返り討ちできるわよ」
「アリスさん…………」
だからなんでこの人たち普通に他人の部屋に入ってくるんだろう……。私にプライベートとかないんだろうか。
…………、ダストさんと一緒の部屋だからかなぁ。
「なんだよ、アリス。いつになく協力的なこと言いやがって」
「だって、ここにいれば強い悪魔といっぱい戦えるって事でしょ? そんな楽しそうなこと黙ってみてる選択肢ないわよ」
「あーはいはい。勝手に思う存分戦ってくれ」
「頼みますからダストさんそんなやけっぱちにならないでください。アリスさんが暴走したとき止められるのダストさんくらいなんですから」
アリスさんは自由にさせたら絶対ダメなタイプだ。敵でも味方でも。
「リリスが何とかするだろ。俺はバトルジャンキーの面倒見るのはごめんだぞ」
「私も今のアリス様の相手をするのはお断りしたいのですが……」
「あんたたち私のことなんだと思ってるのよ」
なんだと言われたら言葉に困るけど、とりあえず存在自体が頭痛い人なのは間違いない。
もちろんそんなこと本人には言えないけど。
それからの日々はダストさん達にとって戦いばかりの日々だった。
二日に一度だった襲撃は毎日になり、一日に二度三度と回数は時を経るごとに増えて行った。
相手の強さも上がってるらしく、最初はお留守番だったハーちゃんも戦いに出るようになって…………身重な私はリーンさん達と帰りを待つだけの日々が続いた。
そして二か月後。
「死魔様が来ました。街の四方に悪魔の軍勢を集めています。もう間もなく攻めてくるかと」
「そうか。死魔はどの方角に居るんだ?」
「街の北側ですね。ただ、ダスト様が向かわれたところに結局は行くことになるかと」
死魔の収集は殺した瞬間にしか行えないから。ダストさんを収集するとするならその場に死魔が向かうのは当然だろう。
「じゃあ俺は普通に北に行けばいいんだな。だけど、四方にってことは戦力は分散しねぇといけねぇのか」
「そうなります。それに、仮に全員で向かえば死魔様が逃げる可能性も出てきますから。できればまだ勝ち目のある今回で倒したいです」
「どっちにしろ街を見捨てるって選択はねぇんだ。ゆんゆんたちを地上に帰せない以上、この街でどうにかするしかない」
地上は『悪魔の種子』が蔓延してる影響で絶対に安全とは言えない。ダストさん達が負けない限りはこの街の方が安全なくらいだ。
もしもの時はリーンさんやルナさんたちだけでも地上に帰さないといけないけど……。
「じゃあ、ラインと私とジハードが北ね。ジハード、がんばろっか」
「ん、がんばる」
ミネアさんとハーちゃんが気合を入れる。
「じゃ、私が東の方行くわ。あ、私と使い魔だけで十分だから他の奴らはいらないわよ?」
「戦力を均等に分けるならそうなりますね。では私が西を。ロリーサとこの街の他の戦力全部が南としましょうか」
アリスさんとリリスさんがさらっと自分たちとロリーサちゃんたちの担当を決め…………って、なんか戦力の分け方おかしくない? 使い魔のいるアリスさんはともかくリリスさんが一人……?
「ロリーサ、南側は任せましたよ。私の代わりに悪魔たちを率いてこの街を守りなさい」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!! なんで私が指揮役になるんですか!? 私はただのサキュバスなんですよ!?」
他にも適任がいるでしょうとロリーサちゃん。
「ええ、あなたがサキュバスなのは創造主である私が良く知っていますよ。ですが、ただのではないでしょう?」
「それは……」
「ダスト様…………ドラゴン使いと真名契約をしているあなたは自分が思っている以上に特別なのです。実戦経験も十分に積みました。後はあなたが自信を持つだけです」
「自信……」
「この街を守るためにはあなたの力が必須で、それはあなたが上に立つことで最も発揮されるものです。だから…………頑張りなさい」
「はい、頑張ります!…………って、言えるわけないじゃないですかー! 無理です! 絶対無理ですー! チンピラさんと真名契約してるだけで自信なんか持てるわけないじゃないですかー!」
「…………、ダスト様。ちょっとこの子連れて行きますがよろしいですか?」
「お、おう…………あんまり酷いことはすんなよ」
「それはこの子次第でしょうか」
「いやー! 折檻は嫌ですーー!」
「なら、覚悟を決めなさい」
「それも嫌ですーーー!!!」
リリスさんに首根っこ繋がれてずるずると引きずられていくロリーサちゃん。
…………うん。とりあえず見なかったことにしよう。戦いがもうすぐ始まるのを考えればすぐに帰ってくるだろうし。
「しっかし、バニルの奴この期に及んで来ないわね。レイン、あの迷惑悪魔は本当に間に合うって言ってたの?」
「はい、確かにおっしゃってました」
「じゃあ、まだその時じゃないって事かしら? あいつは性悪ではた迷惑なむかつく悪魔だけど、自分の言ったことは絶対に守る奴だし」
……………………。
「おい、ゆんゆん。お前大丈夫か?」
「…………え? 何がですか? 大丈夫ですけど…………」
なんだか朝から定期的にお腹が痛くなるけど、耐えられないほどじゃないし。まだ陣痛は始まってないはず──
「そうか。旦那が予言的にそろそろかと思ったんだが…………って、ゆんゆん!?」」
「──っっっぅ!?」
そう思ってた所で激痛が私を襲う。あまりの痛みに一瞬意識を飛びそうになるけど、痛みがそれを許さない。
「レイン! リーンを呼んできてくれ!」
「わ、分かりました!」
陣痛。ダストさんたちが決戦に向かうこの最悪のタイミングで私の子どもは産まれてこようとしていた。
「ダスト様。そろそろ限界です」
「…………分かってる」
ベッドに横になっている私の手を握っていたダストさんは、リリスさんの声を受けて立ち上がる。
「リーン。ゆんゆんのことを頼むぞ」
「…………、あんたに言われるまでもないわよ」
「ああ、頼む」
私の手を離したダストさんはその手で私の額を撫でてくれる。なんだか冷たくて気持ちがいい。
「さっさと終わらせてくる。だからお前も頑張れ」
手が離れる。振り返り、私の大好きな人は戦場へと向かっていく。
「ダメ……です…………」
その背中を見送ろうとした私は、何故か逆の言葉をこぼしていた。
「ゆんゆん? ダメって何がだ?」
「なん…だか、このまま見送ったら、ダストさんが帰って…来ない気がして……」
初めての出産。その不安を紛らわせるために、痛みで朦朧とした意識が、大切な人に傍にいてもらおうとしてるだけなんだろう。
だから、こんなのはただのわがまま。私たちを守るために戦場に向かうダストさんを止めるわけにはいかない。
…………なのに、どうして私はダストさんの手を引っ張って離せないんだろう。
「ゆんゆん、心配すんな。この街は絶対に勝つ。お前らは絶対に守ってやるから」
「は……い…………」
きっとそれは本当になる。悪魔と仲良しで悪魔みたいな私の恋人さんは、誓ったことは絶対に守る人だから。
「だから信じて待ってろ」
私は──
1:信じて待つ
2:信じられるわけがない
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