第29話 地獄での生活3
「わわっ……あるじ、おなかうごいたよ?」
「うん。動いたね。元気にお母さんのお腹を蹴ってるみたい」
ワンピースの上からでも膨らんでいるのが分かる私のお腹を触って、ハーちゃんはその動きに驚きの表情を見せてくれる。
「おっきくなったよね、ゆんゆんのお腹。赤ちゃんが元気に育ってる証拠なんだろうけど。もう何か月だっけ?」
「えーっと……もう8か月ですね。順調にいけばあと2か月くらいで生まれてくる予定です」
きゃっきゃっと喜ぶハーちゃんの頭を撫でながら私はリーンさんの質問に答える。
地獄に来てからもう7か月。出産後は里に戻る予定だから、いろいろあったようななかったようなゆっくりとした時間も、あと2か月くらいで終わるんだよね。
「もうそんなになるんだ。…………あと2か月かぁ」
2か月。それは私の子どもが生まれる日までの期間であり、リーンさんが『決着』をつける期限でもある。
「あの、ゆんゆんさん、私も触ってみていいですか?」
「ルナちゃ……ルナさん。もちろんいいですよ」
好奇心の光を目に宿して近づいてきたのは若返ったルナちゃん。若返る前と比べると本当色んなことに積極的というか、物事に飽きていない気がする。なんていうか、文字通り若いというか。前はさん付けしたくなるお姉さんだったんだけど、今じゃ心の中じゃちゃん付けになってしまうくらいに若返ってる。
前は上手にダストさんをあしらってたのが今じゃ逆にダストさんにあしらわれてることが多いし。
…………ダストさん相手にそれって、バニルさん相手して大丈夫なのかなぁ。私たちがこっちにきてからこっち何故かバニルさんが顔見せてないし、実際どうなるかはまだ分かってないんだけど。
「今、私のことちゃん付けしようとしませんでした?」
「気のせいですよ」
ルナちゃんのことをちゃん付けしたら怒るからできないんだよね。どっかのチンピラさん二人はからかってそう呼んでるけど。
「もう、皆して私のこと子ども扱いするんですから。ちょっと年下だけなのに……」
5歳年下は普通に子ども扱いされてもおかしくない歳の差な気がするなぁ。
…………、昔のダストさんが私に守備範囲が言ってたのはこんな気持ちがあったのかな。
「それじゃ失礼して……。──んー? 動いてますか?」
「あー……動いてないですね。知らない人の手で驚いてるのかな?」
ダストさんの時も最初はピタッと止まったりしてたし。赤ちゃんってそう言うのちゃんと分かるっぽいんだよね。
「ジハードちゃんの時は動いてたのに……」
「ダストさんの子どもですからね。ドラゴンのハーちゃんに触られたから喜んでるんですよ」
「ドラゴンバカは遺伝するんですか……」
あのレベルのドラゴンバカは遺伝しても仕方ないんじゃないかなぁ……。
「うー……私も赤ちゃんの胎動感じてみたいです!」
「そんなこと言われても……」
私の子どもとはいえ、言うこと聞かせられるわけじゃないし…………って、そうだ。
「ハーちゃんと一緒に触ったら動くかも?」
「それです!」
本当にこの子がドラゴンバカなら行けるんじゃないだろうか。
「ということで、ハーちゃん?」
「ん、まかせて」
楽しそうにうなずいて。ルナちゃんに並んでハーちゃんが私のお腹をまた触ってくる。
「いもうとちゃん、はやくおっきくなってでてきてね」
「わっ、こんなに動くんですか!?」
撫でて話しかけるハーちゃんに応えるように、赤ちゃんはさっき以上に元気に動く。
間違いなくこの子はドラゴンバカの血を引いてるなぁ。
「えっと……ゆんゆんさん? 生まれてくる子って女の子なんですか?」
「あ、フィーベルさんにはまだ言ってませんでしたっけ? この間リリスさんに調べてもらった時に分かったんですけど」
そのうちバニルさんが来るだろうと思って後回しにしてたんだけど、いつまでたってもバニルさんが来ないからリリスさんに魔法で調べてもらった。
「はい、女の子みたいです。だからハーちゃんにとっては妹ですね」
赤ちゃんが生まれてこようと、ハーちゃんが私とダストさんの子どもみたいなものなのは変わらないし、心情的には本当の子どもだと思ってる。
「ということは、私にとっては姪っ子みたいなものになるんですね」
「…………、フィーベルさんは、私がダストさんの子ども産むことに何か思うことはないんですか?」
ルナちゃんとハーちゃん、もしくは私のお腹の中の赤ちゃんを優しく見つめるフィーベルさん。その表情が何だか私が知っているフィーベルさんより穏やかな気がして。私は思わずそう聞いてしまう。
「それは、ダストさんみたいなろくでなしにゆんゆんさんはもったいないって思ってますし、ゆんゆんさんの趣味が悪いなぁとは常々思ってますけど」
「いえ、最近はろくでなしは相変わらずですけど、それ以外は結構まともに…………って、そういう話じゃなくてですね!」
仮にろくでなしじゃなくなったらむしろ私の方が気後れしちゃいそうなのが最近のダストさんなんだけど、今話したいことはそういうことじゃない。
いや、リーンさんとかルナちゃんとかが一緒に居るこの場で話していいことか聞かれたら微妙な話題なんだけど。
「そういう話なら別に今は何もありませんよ。こっちに来たばっかりの頃は混乱していろいろ複雑でしたけど、もう整理はついてます」
「そうですか……」
うーん……つい最近までそのなんだか複雑そうな感じだったんだけど……。
「……もしかして、昨日あたりダストさんと何かありました?」
「あったのは否定しません。まぁ、元々出ていた答えを再確認できただけですし、それに納得できたのはこっちにきてからの日々のおかげですけどね」
「むむむ……一体全体何が……」
ダストさんだけなら器用なこと出来ないしそんなに心配することないんだけど、ここにはリリスさんもいるからなぁ……。リリスさんなら『セフレにしましたけど本人は幸せそうだからいいですよね』とか笑顔で言いそうだから困る。
「それは秘密です。ただ、ゆんゆんさんが心配するようなことはなかったとだけは伝えときましょうか」
「それだったら教えてくれてもいいんじゃ……」
「ふふっ……じゃあ、ゆんゆんさんが私のお義姉さんになった時にでも教えましょうか」
いたずらな笑みを浮かべるフィーベルさんは悩みなんて一つもないような曇りのないもので…………やっぱり何かあったのは間違いないらしい。
(でも……この様子ならフィーベルさんのことは心配しなくてもいいのかな?)
何があったかは分からないけど『決着』はついてるように見える。私とフィーベルさんの話をなんだか複雑そうな表情で聞いてる人と違って。
「……で? そのろくでなしは今日はどこ行ってんの? というか、最近あいつもロリーサも出かけてること多い気がするんだけど」
「さぁ? ダストさんもロリーサちゃんもリリスさんのお手伝いをしてるとは聞いてるんですけど、具体的に何してるかは教えてくれないんですよね」
「さぁ?って……ゆんゆんは心配じゃないの? あの二人一応サキュバスなんでしょ? ロリーサはまぁ……心配いらなそうだけど」
その心配いらない理由はロリーサちゃんが聞いたら泣くか怒りそうだなぁ……。
「ミネアさんも一緒みたいですからそこは心配いらないんじゃないですか? というか、教えてはくれませんけど帰ってきた時の様子で何をしてるかは大体想像ついているんで」
あとはまぁ、私は『双竜の指輪』でダストさんと繋がっているから。離れすぎると効果は薄まるけど、それでも力が使われている事くらいは分かる。
「だからむしろ私はダストさんより未だに帰ってこないアリスさんが心配ですよ」
「そっちは大丈夫じゃないの? なんかよく分からないけどすっごく強いんでしょ?」
「凄く強いからこそ心配というか…………いろんな意味で強くなって帰ってきそうで怖いんですよ……」
今は敵対してないだけで、次期魔王……人類種の天敵になる存在だ。自分を負かしたダストさんに勝つことに固執してるし、里がやらかした件もある。私の立場としては本当に心配することの塊だ。
「なに? 私がどうかしたの?」
「ひぇっ!? アリスさん!? 人の部屋にひそかに入ってこないでくださいよ!」
「別に女同士なんだからいいでしょ。というか一応ノックはしたわよ」
全然気づかなかったんだけど……。
「というか、いつの間に帰ってきたんですか!」
地獄に来て別れて以来だから実に7か月ぶりだ。
「ついさっきよ。で、リリスの姿もラインの姿も見えないからゆんゆんにどこにいるか聞こうかなって」
「具体的にどこにいるかは。方角だけなら向こうの方って分かるんですけど」
『双竜の指輪』による繋がりからダストさんがどのあたりにいるかは何となくわかる。ただそれを他人に説明するのは難しいし、土地勘の薄い地獄では不可能に近い。
「そ。じゃあそっちの方を適当に探してくるわ」
もともとそんなに期待してなかったんだろうか。不親切な助言に残念がる様子もなくアリスさんはあっさりと部屋を出て行ってしまう。
「…………、やっぱり嫌になるくらい強くなってるなぁ」
少しは追いつけたと思ってたんだけどなぁ。また差をつけられた。アリスさんにも…………あの人にも。
「あの人がうわさのアリスさんですか。…………ゆんゆんさんちょっといいですか?」
「なんですかルナさん。何となく嫌なこと聞かれる気がするんですが」
「いえ……私、アリスさんの顔をどこかで見た気がするんですが気のせいですよね?」
「気のせいじゃないですか。もしくはギルドでちょこっと見かけたとか」
うん。きっとそんな感じに違いない。
「そうですよね。大物賞金首や魔王軍の手配書で見たなんて話、あるわけないですよね」
「ないですないです。ルナさんきっと若返って記憶がちょっとおかしくなってるんですよ」
記憶の方には影響ないってリリスさんが保証してた気がするけど。
「そうですよね。魔王の娘とダストさんやゆんゆんさんが仲良くしてたら懲役ものの話ですもんね」
「で、ですよねー」
どう足搔いてもアリスさんの存在は私の悩みの種らしかった。
──ダスト視点──
「まさかこんなところでお前に会うとはな、最年少ドラゴンナイト!」
「っ! 俺はお前みたいなやつ知らないけどな。どこかで会ったか?」
音すら置き去りする速さで向かってくる魔力で作られた矢の斉射。それを間一髪で避けた俺は、ただ一人で点ではなく面での攻撃をしてきた出鱈目な弓使いの悪魔に問いかける。
「お前にとってはそうだろうな。魔王軍との戦いの中でお前は圧倒的だった。お前に比べればオレなど脇役だっただろう」
「…………、俺がジャティスや国王のおっさんと一緒に戦ってた時の話か?」
俺が魔王軍とまともに戦ったのはドラゴンナイトになってすぐ。まだ姫さんの護衛にもなってなったときくらいだ。
まともじゃない戦いなら魔王軍と結構もめてるが、その場には大体人間は俺だけだったし、いたとしても顔見知りしかいなかった。
あの時期なら確かに知らない奴と一緒に戦ったこともあったか。
「そうだ。あの戦いの中、お前はドラゴンと一緒に数えきれないほどの戦果を挙げた。それこそジャティス王子やベルゼルグ王すら比べ物にならないほどに」
「大将が戦果上げまくるのもおかしいからな」
いや、ベルゼルグ王家は自分で前に出ること多いけど。その集大成みたいな奴がアイリスだし。
「あの時は雲の上過ぎて追いつけるとも思えなかったが…………やはり悪魔化して正解だった。おかげでお前の力に並ぶことが…………いや、追い越すことができたのだからな!」
再び放たれる魔法の矢の斉射。一つの弓から放たれるそれはさっきよりも数が多い。『反応速度増加』してる俺でも避けるのがギリギリってことは所謂光の速さってのに近いのかもしれない。
「今のを避けるか。流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところだが…………いつまでそれが続くか。矢の数はまだまだ増えるぞ」
「マジかよ。ちょっと面倒だな」
『悪魔の種子』。そう呼ばれる魔道具で悪魔化したこいつは、素質の完全開花と肉体の制限から解放されている。
人間だったころはたいして有名じゃなかったみたいだが、才能だけはあったんだろう。ミネアの力を借りて『竜言語魔法』で完全強化していたとしても、単純なステータスじゃ負けてそうだな。
「ちょっと……? 面倒? まるで自分が勝てるような言い方だな。力の差を理解できないような小物ではないと思っていたが、見込み違いだったか」
「御託は良いんだよ。てか、お前みたいに『悪魔の種子』で悪魔化したやつどんだけ相手してきてると思ってんだ。いい加減こういうやり取りは飽き飽きしてんぞ」
悪魔化した元人間。旦那の街に襲おうとやってきたそいつらと何度やりあったことか。最初は一週間に一回くらいだったそれが最近は二日に一回のペースになってる。それがどいつもこいつも同じようなこと言ってくるんだから、戦うこと以上に話すことの方が面倒になるのも当然だろう。
「だからさっさと全力でこいよ。出し惜しみせずにやれば、もしかしたら憧れの『最年少ドラゴンナイト』に勝てるかもしれないぜ?」
分かりやすいくらいの挑発。だが、こいつにはそれで十分だ。悪魔化……人間辞めてまで力を求めた奴には、挑発だと分かっていたとしても無視できないようなくだらないプライドがあるんだから。
「……いいだろう。これが今のオレの全力だ!」
弓使いが数えきれないほどの矢をその弓で構える。魔力で出来たその矢は見た目通りの数じゃないのはさっきから経験している通り。さっきでギリギリだったのを考えれば恐らく今のままじゃ避けられないだろう。
「実際今のお前はミネアの力を借りる俺より強いかもな」
「? 今更命乞いか? だがもう遅い」
そんな魔法の矢が引き絞られ、
「『速度増加』」
放たれたそれは一面を覆いつくすような光速の矢の雨となって俺を襲う。
「ただ、自分より強いだけの相手に負けるほど俺も死線越えてねぇんだわ」
だが、それは『竜言語魔法』で反応速度と速さを上げた俺を捉えるには一歩足りない。その矢の雨を越えた俺は弓使いの悪魔に子竜の槍を突きつける。
「さっきまでの俺が全力だと思ってたんだろ? だから分かりやすい挑発に乗って大丈夫だった勘違いしたんだろ?」
さっきの全力の斉射。これが多少でもけん制したあとのものだったら結果は違ったかもしれな…………いや、多少くらいのけん制で食らうとも思えないが、通常の攻撃と組み合わせたりしていれば避けるのが困難だったはずだ。
確かにこいつは俺よりも強いが、なんの捻りもない大技ぶっぱで倒されるほど力の差があるわけでもない。
「相手の実力の見極めと強くなった自分の能力の見極め。それが出来なかったのがお前の敗因だ」
『悪魔の種子』で悪魔化した奴らの多くに共通すること。それは力の扱い方を全然分かっておらず、力に振り回されてる奴らばかりという点だ。
「…………とどめも刺さず勝ったつもりか?」
「この距離で槍使いと弓使いじゃ勝負にならねぇよ」
刺そうと思えばいつでもとどめを刺せる距離だ。弓使いである限りこいつに勝ち目はないだろう。かといって今から剣とか別の武器を取りだそうとするならやっぱりとどめ刺すだけだが。
「これで勝ったと思うなよ。次こそはお前を──」
「──だからそういうセリフは聞き飽きてんだよ」
ためらいなく俺は弓使いにとどめを刺す。どうせ悪魔……残機持ちだ。元人間って事で最初は欠片くらい気まずかったが、こんだけ同じこと繰り返してたらそんな感覚はなくなっていた。
「無事終わりましたか、ダスト様」
「ん? おう、リリスの方も終わったか」
俺と同じように悪魔化した元人間を相手していたリリスだが、その様子はさっきまで戦ってたとは思えないくらいいつも通りだ。
「先ほどの弓使い……力の強さだけなら『侯爵級』に匹敵する悪魔だったはずですが…………流石ですね」
「あん? 侯爵級ってマジかよ。侯爵級ってことは死魔並だろ? 確かにミネアの力を借りてる俺よりかは強かったが、そんな力の差は感じなかったぞ」
今日戦ったやつは今まで戦った悪魔化した奴らの中でも一番強かったが、それでも死魔並だったとは全然思えない。実際の強さはもちろん、単純なステータスでもだ。
「死魔……様は侯爵の中でも最上位の悪魔でしたのでまた話が変わってきますが…………単純に地獄におけるダスト様は自分が思っている以上に強いのですよ」
「マジかよ。なんか調子がいいなとは思っていたが…………別に俺らって地獄で強くなる理由なくねぇか?」
ジハードの力……上位ドラゴン並の力を借り、竜言語魔法で強化した俺らは確かに地上で制限を受けていた。その反動でいろいろ苦労したのは忘れようにも忘れられない。
だが、ミネアの力を借りてるだけではその制限には引っかからなかったはずだ。竜言語魔法込みでもその制限のかかる強さまでは届いてなかった。
「『竜言語魔法』の効果が上がられているのですよ。強化能力への地上での制限は単純なステータス制限より大きいのです」
「そういうことか」
……ん? じゃあもしかしてどっかの魔王の娘の強化能力も…………?
「あ、ラインたちの方もちゃんと終わってるみたい…………っていうか、私たちが最後みたいね」
「ふぇ~……死ぬかと思いました~……」
話す俺たちの元へ、いい汗かいたとばかりに爽やかなミネアと心底疲れた様子のロリーサが合流する。二人(どっちも人間じゃないが)も俺と同じように悪魔化した奴への対応をしていた。
といってもミネアはともかくロリーサは一人じゃまともに戦えないし、ミネアの補助だけど。
「何を情けない事を言っているのですか。あなたもダスト様の使い魔ならこれくらいの相手軽くあしらえて当然でしょう」
「(そんな当然嫌ですよー……)」
「何か言いましたか?」
「何も言ってないです! はい!」
ロリーサの奴やさぐれてんなぁ。ぶっちゃけ俺的にはロリーサを無理やり戦わせようとは思わないんだが、リリスがどうしてもって連れてくるんだよな。
まぁ、あいつの幻術は割と頼りになるしサポートに入ってくれれば助かるのも確かなんだが。
「で、ミネア。そっちはどんな感じだったんだ?」
「んー……前と比べたらやっぱり強くなってたわね。その傾向があるとは思ってたけど、今回は特にそれを感じたかな」
「やっぱそっちもそんな感じか」
てことはリリスの方もそんな感じだったのかね。あいつ自分が戦ってる時の様子はもちろんどれくらいの相手だったかも全然教えないから想像しかできないが。
仮に俺が戦ったやつと同じくらいの強さだとするなら……。
「なんにせよ、本当面倒なことこの上ないぜ」
悪魔化した奴らの襲撃ははその数も強さもだんだん強くなっている。俺らが地獄に来る前はまだ『悪魔の種子』が流行りだしたか?って程度だったのに、地上ではそれから10日足らずでかなり増えてそうだ。
いったい今地上はどうなってんだか。未だに旦那が地獄に顔を見せないのはその辺りも関係してんのかね。
「そうかしら? 悪魔化した元人間なんて腕試しにちょうどいい相手じゃない」
「うげっ……アリス。お前帰ってきたのかよ」
聞きたくない声に振り向いてみれば想像通りの顔。地獄じゃ変装する気がないからか黒髪碧眼の容姿だけは最上級の女。
「何で嫌そうな顔してんのよ。失礼じゃない?」
「むしろこの程度の顔で済ませてるのに感謝しろよ」
俺らにとってのアリスがどんな存在かを考えれば十分以上に友好的にしてやってんだろ。
「じゃあ、あんたもあんたへの嫌がらせをこの程度で済ませてる私に感謝することね」
「欠片も何に感謝すればいいのか分からねぇ……」
やっぱりこの女は俺の天敵らしい。
「ふーん……、ね? あんた強くなったわね」
「ん? あー、何か知んねぇが『竜言語魔法』の効果が上がってるみたいだからな。確かに強く──」
「──そういう単純な話じゃないわよ。なんていうか、そうね……初めて会った時のあんたの雰囲気に戻ってる」
こいつと初めて会った時っていうと……俺とミネアだけであの国を守らないといけなかったあのときか。
「スキルやステータスでは勝ってるはずなのに何故か勝てるイメージがわかない。底知れなさを感じたあの時のあんたにね」
「なんだそりゃ」
抽象的すぎて何を言ってんだか。
「あー……それ分かるかも。ラインってば戦い方がお姉ちゃんと一緒に魔王軍と戦ったり炎龍を倒した頃のそれに近い気がするのよね」
「誰がお姉ちゃんだ誰が。…………あの頃の俺に戻ってるってか」
確かにあの頃の俺が槍使いとして一番強かったのは間違いないし、鈍った俺よりも戦いの感覚が研ぎ澄まされてたのは間違いないんだろうが……。
「…………、そういや、自分を殺せる力を持った相手と毎日のように実戦で戦ってんのは『ドラゴン使い』時代以来か」
ドラゴンのいないドラゴン使いとして。ただ槍だけを武器にして生き抜いた日々。あの日々ほど過酷とはとてもじゃないが言えないが、それでもダストとして過ごした生温い日々とは比べ物にならない。
「アイリスとの特訓に大物賞金首との戦い。そんで悪魔との実戦の日々か。そんだけしときゃ流石に取り戻すか」
あんまり実感はねぇけど。ジハード抜きでも炎龍と戦えるくらいには強く戻れたのかね。
「くすっ……あんたと戦う日が楽しみだわ。正真正銘、全盛期のあんたを倒さないと意味がないと思ってたからね」
「俺は欠片も楽しみじゃねぇが…………ってか、お前のことだから今ここで戦うとか狂ったこと言い始めると思ったんだが」
言い方からしてそうではないらしい。
「不本意だけどあんたは私の宿敵なのよ? 次期魔王である私の。決着をつけるに相応しい舞台ってのがあるに決まってるでしょ?」
「なるほど分からん」
バトルマニアの考えは理解不能だわ。多分アイリスあたりが聞いたら力強く肯定するんだろう。
「心配しなくてもその場は私がちゃんと準備するから安心しなさい」
「何も安心する要素がねぇなー」
俺はドラゴンやゆんゆんたちと適当に生きられればそれで十分だってのに。
「ラインってば愛されてるわね。お姉ちゃんちょっとだけ嫉妬しちゃうかも?」
「こんなに嬉しくない愛は初めてだがな」
ミネアのからかいに俺は大きなため息を返した。
──ゆんゆん視点──
「? 誰かお客さんでしょうか?」
ルナさんやフィーベルさんが自分の部屋に戻って。リーンさんと二人で喋っていた所(ハーちゃんおねむ)にこんこんと扉をたたく音が聞こえてくる。
「ダストが帰ってきたんじゃないの?」
「ダストさんがノックなんてするわけないじゃないですか」
自分の部屋に入るのにノックするような殊勝な性格してるならろくでなしなんて言われてないんじゃないかな。
「それもそっか。でもだとしたらいったい誰だろ」
「ルナさんかフィーベルさんが忘れものでもしてたのかな。とりあえず入って貰いましょうか」
念のために『エネミー・サーチ』を使ったけど敵意のある存在じゃないのは確かみたいだし。そもそもリリスさんがここまで敵対者を見逃すようなミスをするとも思えない。
私は訪問者に入ってくるように促す。
「お久しぶりです、ゆんゆんさん。リーンさんもいらっしゃいましたか」
「あれ? レインさん? 忙しくて地獄には来れないって聞いてたんですが、来れたんですね。お久しぶりです」
扉から礼をして入ってくるのは顔見知りのお姉さん。アイリスちゃんの付き人の貴族であるレインさんだった。
「それは今も忙しいと言いますか…………むしろ渦中の真っ最中でここにも仕事できたんですけどね」
「仕事ですか? 地獄で?」
姫様付きのレインさんが地獄で仕事って何だろう。…………流石にアイリスちゃんが地獄に遊びに来るとかはないと思いたいけど。いや、私個人で考えるなら友達のアイリスちゃんが来てくれるのは凄く嬉しいけど、常識とかそういうの考えると頭が痛すぎる。
「その話がしたくて来たのですが…………ダスト殿はまだ帰られてませんか」
「仕事ってダストさんに何か依頼でもあるんですか?」
そんなに急ぎの仕事なんだろうか。正直今このタイミングでダストさんが地上に帰るのは嫌なんだけどなぁ……。
「はい。地上の窮地を救うため、ダスト殿には地獄で一柱の悪魔を討伐してもらいたいのです」
「地上の窮地? それと地獄にいる悪魔に何の関係があるんですか? それに悪魔討伐だったらダストさんよりも適任者が他にいるんじゃないですか?」
バニルさんを始めとして割とダストさんって悪魔と仲いいし。アクアさんとかの方が憂いなくやってくれそうな気がするけど。
あ、でもアクアさんとかは地獄に来る方法がないのか。
「いえ、ダスト殿が一番適任だと思いますよ。地獄という場所の特殊性もありますが、人類側であの悪魔を討伐成功させたのはダスト殿だけですから」
「え? それって……」
そう言われて思い出す悪魔は一柱しかいない。一年近く経った今でもはっきりと思いだせる大物賞金首だった悪魔。
「七大悪魔の第七席。ダスト殿には公爵級悪魔となった『死魔』の討伐をお願いしたいのです」
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