第32話 地獄の公爵2
──ダスト視点──
「『チート殺し』に『死毒』…………まさか、お前らにまた会うとはな」
かつて死闘を繰り広げ、そして実質的には負けた相手。魔王軍の幹部。
「俺もこんな機会が訪れるとは思っていなかったな。こんな形でというのは少しばかり思う所がない訳じゃないが…………決着をつけられるだけでも僥倖だろう」
そう答えるベルディアの姿は影の姿…………死魔の『レギオン』と同じ姿だ。隣で不機嫌そうに佇むハンスも同じような姿なのを考えればこいつらが今どんな立場なのかは考えるまでもないだろう。
「それで、最年少ドラゴンナイト。俺達がどうしてここに立っているか説明が必要か?」
「いや、いい。ここは地獄だ。『悪魔の種子』の件もある。想像はつくさ」
魔王軍幹部で悪行を重ねたこいつらがまともな場所に行けるはずもない。そして『悪魔の種子』をバラまいていた死魔。説明なんかなくても想像はつく。
「それに、どんな理由立場であれお前らが敵だってのは何も変わってねぇんだ。お前ら相手にそんなこと気にする理由もなければ余裕もないからな」
悪魔化したこいつら相手にそんなこと考えられる奴はそれこそ地獄の公爵クラスの奴らだけだろう。『切り札』なしの俺にそんな余裕は当然ない。
「そうか、ならば細かいことは気にせず存分にやりあうとしよう。ハンス、今度こそ手出しは無用だぞ」
「お前で決めちまえよ。お前が負けたら俺が戦わねぇといけねぇんだ」
そうして前に出てくるのはベルディア一人。……タイマンって事か?
「おい、いいのか死魔。お前のレギオンが余裕見せてるが」
「いいですよ。あなたの相手はその二人に任せていますから」
それにしてもだ。悪魔化したベルディアとハンスがどんなに強くなってるにしても、それは公爵級には届いていない。俺自身の強さはあの頃とそんな変わってないにしても、ジハードと契約し『子竜の槍』を持っているのを考えれば、一対一じゃ大きな差はないはずだ。
「…………その余裕が油断じゃなければいいけどな」
「油断であった方があなたにとっては都合がいいのでは? それに公爵となった今、バニル殿であろうと私に命令する事は出来ない。仮に今回負けても逃げて次で殺せばいいだけですよ」
「…………」
確かに俺らだけの力じゃ死魔を滅ぼしきるのは難しい。仮に『奥の手』を使っても確実に倒せるかと言われたら微妙だし、リーンが傍にいるこの状況じゃ『奥の手』は切れない。
今の状況で死魔を倒しても問題の先送りになるだけなのは確かだ。
「それに知っての通り私は人間が少しずつ追い詰められれ絶望していく感情が好きなのです。あなたからはその感情はあまりもらえないかもしれないですが、そこの娘からはいい悪感情がいただけそうだ」
「…………、あっさり契約したのはそういう理由か」
本当に悪趣味な悪魔だ。どこまでも俺らで遊ぶつもりらしい。
「ま、いいさ。死魔の思惑はどうあれ、俺はお前らとあの時と同じように戦うだけだからな」
「そういうことだ、最年少ドラゴンナイト。お前の持てる全てで挑んでくるがいい。言っておくが、俺はあの時より強いぞ」
「そんなこと言われなくても分かってるっての!」
全速前進の最速の突き。挨拶代わりのその一撃をベルディアは難なく避け、大剣で返しの刃をよこしてくる。
「速いな。だが真っすぐすぎる」
「それでも、あの時戦ったお前なら一撃入れられたはずだけどな」
俺が今借りてる力はあの時より大きい。当然パワーもスピードもあの時より上がっている。それでも、俺の突きはベルディアにかすりもせず、逆にその刃を受けるのがギリギリだった。
「やっぱり、楽はさせてもらえなそうだな」
ステータス的にはほとんど差はない。だが技術的には上回られている。つまりはこの二つに関してはあの時とほとんど同じ状況だ。
ただ、あの時と違って俺にはジハードの力と『子竜の槍』がある。戦い方を間違えさえしなければ勝てない戦いじゃない。
「さて、最年少ドラゴンナイトたちが戦い始めたことです。こちらも始めましょうか、銀の竜と黒の竜。瞬殺してしまわない程度に遊んであげますよ」
俺たちが戦っている横で、死魔は新たなレギオンを複数呼び出しミネアたちに差し向ける。
「…………、なぁ、ベルディア。お前今弱くなってるか?」
「そんなことは今更言うことでもないだろう。そもそも、俺やハンスは普通に話している。それが答えだ」
「だよな」
ミネアたちとレギオンが戦い始めているが、俺と刃を交わすベルディアは欠片も弱っていない。かつての死魔であれば、複数のレギオンを同時に扱った時その強さは一段階下がったものになっていたのに。
「悪魔は上位の悪魔に絶対服従。『悪魔の種子』で悪魔化しレギオンになったやつでもそれは一緒か」
死魔にあった弱点。それはレギオンが死魔の言うことを聞かないことに起因していた。言うことを聞かすために死魔は力を使わなければならなく、だからこそレギオンを複数同時に戦わせたり、自分も一緒に戦うと無理が出る。
だが、悪魔化してからなったレギオンは最初から『公爵』である死魔に絶対服従だ。前に戦った時のレギオンが意志を奪われてた様子だったのに、ベルディアやハンスにはそんな様子がないのも、意志を奪わずとも言うことを聞かせられるからだろう。
(だが…………ジハードの能力を知ってりゃ普通は戦うのを避けるはず)
今の死魔ならミネアやジハードを数の暴力で倒すことは容易だろう。だが、遊ぶとなればドレイン能力と回復能力を持つジハードは厄介だ。それに気づかない死魔じゃないはずだし、気づいてて対策せず遊ぼうというならそれは油断でも何でもなくただのアホだ。
「てなると、あのレギオンたちはお前の同類か、ベルディア」
「らしいな。ドラゴンのドレイン能力と本家アンデットのドレイン能力。どちらが上か試すと言っていたな」
「本当に俺らで遊ぶ気満々だなあの悪魔。こんなにむかつく相手はセレなんとかさん以来だわ」
俺を舐めてくれるのはありがたいがジハード……ドラゴンが舐められるのは癪に障る。
(だけど、実際の所吸収合戦になればこっちの方が不利か……)
ドラゴンとドレイン能力の相性は高い。レギオンであるアンデットの格にもよるがリッチーや吸血鬼の真祖でもなければジハードの方がドレイン能力は上だろう。だが、相手は死魔がレギオンとする程度には上位の個体のはずで、そんな相手を圧倒するほどの力は今のジハードにはない。
複数のアンデットを相手取り、ミネアの分までカバーするのは難しいだろう。
「やっぱり、お前らをさっさと倒すしかねぇみたいだな」
ジハードの魔力を削られすぎるわけにはいかない。その時までは勝ちの目は残していないといけないのだから。
「ほぅ? 何か手があるのか?」
「あるさ、とっておきがな」
ベルディアと一旦距離を取り息を整える。『奥の手』ほどじゃないが、これも博打は博打だ。できれば使いたくなかったが、技術で上回るベルディアに勝つにはこれしかないだろう。
「『解除』…………『速度増加』!」
自分にかかっている竜言語魔法。それをいったん解除し、その全てを速さの強化に回す。
「フハハハ! 速いな! 最年少ドラゴンナイト! 自分より速い相手と戦うのは首無し騎士になってからは初めての経験だぞ!」
一点強化。地上でやれば反動で動けなくなるこれも、限界点が緩い地獄であれば問題はない…………はずだ。俺の速さは楽しそうに笑うベルディアを超えて、その鎧に瑕を作っていく。
「だが、軽いな。その程度の力じゃ俺に致命傷は与えられないぞ。それに何より────その速さに自分の意識が追い付いていない」
「ぐっ!?……そんなことは自分が一番分かってんだよ!」
受けた反撃の痛みを飲み込み、俺は連撃を続ける。
分かっている。力の強化のない俺の一撃がベルディアを倒すことには至らないことは。
分かっている。反応速度の強化のない状態じゃ一点強化した速さを活かしきれないことは。
「それでも、これが一番勝率が高いんだよ!────リアン!」
だけど、俺には一緒に戦うドラゴンがいるから。少しだけ深く一撃が宿った瞬間に、俺は『子竜の槍』に宿るドラゴン、リアンの持つ『共有』の能力を発動させる。
「俺の一撃が軽い? だったら、倒せる力を借りるだけだ!」
『共有』する相手。それは他でもない今目の前にいる敵。
「──見事だ。まさか自分の力で倒されるとは思わなかったが」
ベルディア自身の力が宿った槍の一撃。それを受けてベルディアは倒れる。
「流石に敵を相手に『共有』すんのはタイミングがシビアだから、やりたくなかったんだがな。あんたを速攻で倒すにはこれしかなかったからな」
襲撃する悪魔を相手に何度か試して成功させてはいるが、『反応速度増加』抜きでやったのは初めてだ。出来るとは思っていたが、失敗する確率も十分にあった。
回復と吸収を繰り返せば恐らくは安全に勝てたが、それじゃ全体で見ればじり貧だ。多少博打を打ってでも決める必要があった。
「ふっ…………強くなったな、最年少ドラゴンナイト。やはり、あの時の俺の判断は間違っていなかったようだ」
「俺自身はやっとあの時の自分に追いついたくらいだけどな。だけど…………俺の相棒たちは最強で最高だぜ」
ミネアもジハードも『子竜の槍』に宿るドラゴンたち。ミネアだけでも俺には過ぎてる存在だってのに、それ以上の力を俺に貸してくれる相棒たち。
その力を証明せずして負けることは許されない。
「そうか、それがお前の……ドラゴン使いの強さか。自力ではなく他力の極致。自力すら他力を発揮するための手段に過ぎない。一人である俺が勝てないわけだ」
「ただの他力本願だけどな」
「ふっ……だが、気をつけろ。お前が他力の極致にいるのと同じように、死魔もまた他力の極致にある。方向性は面白いくらいに違うがな」
「忠告ありがとよ。ま、死魔の厄介さは分かってるつもりだぜ」
そして、俺とは全くあり方が違うということも。
「そうか、ならもう言うことはな…………いや、言うことはあったか。最年少ドラゴンナイト、また戦おう」
「だから、お前みたいな奴と二度と戦いたくないっての」
霧散して影の形を失ったベルディアを見届け、俺はそう呟いた。
「はぁ…………結局俺が戦うことになるのか。面倒この上ない。おい、ドランゴンナイト、お前さっさと負けを認めて死ねよ」
「そんなことしたら、どっかのぼっち娘がうるさいだろうからできねーな」
そして、今も俺を不安そうに見つめているあいつを守るためにも。ここで負けてやるわけにはいかない。
「そうかよ。ならさっさと俺を倒せ。こんな茶番に付き合ってやるほど俺はお人よしじゃねぇんだ」
「そうさせてもらうぜ。ベルディアに比べればお前は戦いやすいからな」
一点強化をやめ、傷の回復と竜言語魔法による強化を自分にかける。楽勝とは言わないが、ハンスは前線タイプじゃない。正攻法で戦った方が相性がいいだろう。
「なんか俺のこと舐めてるみたいだから助言してやるか。その槍、ドラゴンの魂が宿ってんだろ? そいつらが大事なら槍で俺を攻撃すんのはやめた方がいいぜ?」
「……どういうことだ?」
「悪魔化した影響でな。俺の毒は魂も侵すようになってる。槍で攻撃したらそいつらがどうなるか保証は出来ないぜ?」
…………ありそうな話だ。悪魔は精神生命体。魂や精神といったものに干渉出来て何もおかしくない。はったりの可能性もあるがそれに祈るのは分の悪いかけだろう。
「『解除』。それならそれでやりようはある──『ブレス威力増加』」
一点強化。今度は俺自身のブレスの威力を上げる。槍での攻撃が出来ないなら俺にとれるのは攻撃系の竜言語魔法とブレス攻撃しかない。
「そうだ、それでいい。だが、俺はもともとデッドリーポイズンスライムだ。魔法やブレスへの耐性は高い。…………お前のブレスで俺が倒せるか?」
「そんなのやらなきゃ分からねぇよ。だが、それしか方法がないならそれで倒すだけだ」
俺の本質は他力本願なんだろう。だけど、だからって他人に頼りきりってのも格好はつかない。
「『ブレス威力増加』…………『ブレス威力増加』!」
竜言語魔法を重ねる。それ以外はいらないとばかりにすべてを捨ててそれにかける。そうしなければ、きっとハンスの耐性は抜けないから。
「隙だらけだな。ベルディアがいれば一瞬で死んでるぜ?」
「かもな。だけど、お前を倒しきるならこれしかねぇ」
「そうか、それなら本当に倒しきれるか、やってみろよ」
本当に倒されたいんだろうか? ハンスは隙だらけの俺を襲う様子もなくただ待っているように見える。
「何考えてるか分からねぇが…………『ファイアブレス』!」
それでも俺がやることは変わらない。ミネアの力を借りたブレスは極熱の炎となってハンスを襲う。
制限の緩い地獄で放たれたそれは、地上で見たエンシェントドラゴンの本気のブレスや、死魔の残機を吹き飛ばした炎よりも熱かった。
「ふん……とりあえずは俺の負けみたいだな」
「…………まだ喋れんのかよ」
あの炎を食らって原型留めてるだけでもやばいってのに。
「まぁ、だがお前の実力はよく分かった。次は負けねぇよ」
「だからお前らと次も戦うとか勘弁だって言ってるだろ」
またも次も勘弁してもらいたい。
「…………本当、茶番だぜ」
つまらなそうに呟き、ハンスもまたベルディアと同じように消える。
「……茶番?」
さっきも言ってた気がするが……。
「おや、二人を倒しましたか」
「おう、次は何を出してくるんだ?」
死魔のレギオンの総数がどれだけいるかは分からないが、地上で悪魔化した奴らの数を考えれば楽観できない数なのは間違いない。
「では、次は二人同時に戦ってもらいましょうか」
死魔のその言葉に現出する影はかつて…………さっきまで死闘を繰り広げていた相手。
「また会ったな、最年少ドラゴンナイト。二対一は不服だが、決着も付いてることだ。恨むなよ?」
「あーあー……本当茶番だぜ」
「…………冗談だろ?」
ベルディアとハンス。どちらか片方ずつでも一点強化を使って無理やり勝った。それを二人同時?
「冗談ではないな。……ああ、本当に冗談ではない」
「だから、さっさと負けを認めて死んどけって言ったんだよ」
手がない訳ではない。ジハードの力を使って回復と吸収を繰り返せば勝てる可能性はある。だけどやっぱりそれはじり貧でしかなくて……。
「…………他力に頼るしかねぇか」
事ここに至って自分たちだけでの解決は不可能だと悟る。だが、それでもそこに絶望はない。何故ならもうすぐ──
「──ああ、そういえばあなた方の希望である、バニル殿ですがね? あの方は地獄には今来られませんよ?」
「……どういうことだ?」
「ここに来るほんの少し前。悪魔王様に悪魔の力による地獄への転移が禁じられました。序列一位の悪魔であるバニル殿であってもこの禁は破れない。悪魔の協力がなければ当然、魔法陣も使えませんから、バニル殿以外であっても助成に来ることはない。あなたたちは既に詰んでいるのですよ」
油断って言えるくらいに死魔に余裕があったのはこれが理由か。
「? 少しも絶望していないのは解せませんね」
「いや、まぁ、仮に旦那が来れないとしてもアリスやリリスが自分の持ち分終わらせてこっち来てくれるかもしれないしな?」
「それはもっとあり得ませんよ。あれらが今相手しているのは万に一つも勝ち目のない相手ですから」
────
「……冗談でしょ? 『天災』がタキシード着て歩いてるわよ?」
『『公爵級悪魔』とはみなそのようなものだ。特に六席から上は格が違う』
すべての敵を倒し、ラインの元へ向かおうとした魔王の娘。そんな彼女の元へゆっくりと歩んでくるのはバニルのようなタキシードを着た人型の悪魔。
その姿に気づいた瞬間、魔王の娘やその使い魔たちは一歩も動けず、それから目を離せなくなった。
「自分に言わせてもらえば、マクスウェル様より上……第三席以上も格が違うのですがね」
そんな『天災』のような悪魔はまるで世間話のように彼女に話しかけてくる。
「……ふーん、じゃあ、あんたは何席なの?」
「人に聞くときはまずは自分から紹介するものだと思いますが?」
「悪いわね、人の形した『天災』に自己紹介するなんて常識を習った覚えはないの」
だが、返す彼女にいつものような余裕はない。……いや、むしろこの存在を前に彼女は余裕がありすぎるくらいだろう。強ければ強いほど、その力の差を理解できるのだから。
相手の力を正しく理解し、けれど平静を装っていれる。彼女もまた異常な存在だった。普通であれば自分を片手で捻れるような存在に冷静でなどいられない。
「まぁいいでしょう。自分はあなたのことを知っていますから。地上の魔王の血族。神々の玩具にして我が王の恩恵を受けるもの。自分は七大悪魔の第五席。『すべて飲み込む闇』のバリト。以後お見知りおきを」
「そう。覚えておくわ。それで…………やるのよね?」
この状況でやってきて単なる挨拶などあり得ない。だとすればこれから始まるのは一方的な虐殺だろうと彼女は思う。
「別に無理して戦う必要はありませんよ? 自分が命じられたのはあなたの足止めだけですので」
「命じるって……あなたに?誰が?」
天災のような目の前の悪魔に命令が出来るような存在。そんな存在がいることが彼女は信じられない。
「死魔……ひいてはその命を聞くように命じた我が王ですよ」
『……やはり、あの方が死魔の後ろにいたか。『悪魔の種子』などという馬鹿げたものがあると聞いた時点で想像はついていたが』
悪魔王。全ての悪魔の頂点。
「それで? 結局戦うのですか? 自分としては結果の見える戦いをする趣味はないので、お茶でも飲みたいのですが」
「…………やるわよ。公爵級悪魔と戦う絶好の機会、逃せるわけないじゃない」
「そうですか、それは残念です。…………そうだ、自分は防御に徹しましょう。それで自分に傷がつけられたらあなたの勝ち。それではどうでしょう?」
「…………舐めてるの?」
確かに自分の力が目の前の存在に遠く及んでいないのは彼女も分かっている。だが、彼女も地獄に来て強くなった。攻撃してこない相手に傷一つ付けられないとは思わない……思いたくない。
「ただの事実の認識ですが? 神々と我が王の玩具であるあなたを壊すわけにもいきませんからね」
「…………その余裕、吹き飛ばしてあげるわ。『ライトニング・ブレア』!」
彼女の魔法と同時に魔竜やケルベロスのブレスも放たれる。それはラインがハンスを倒したブレスに劣らない威力を秘めたもので、並の存在なら原型すら残さないものだ。
「なるほど。流石は魔王の血族。素晴らしい威力です。地上では敵なしでしょうね」
だが、それを受けてバリトと名乗る悪魔は傷一つない。いや、正確には受けてすらいなかった。
「ですが、自分の闇を破るほどではない。……やはり、予想通りでしたか」
バリトを包む黒い靄のようなものが、彼女たちの攻撃を全て飲み込んでいたから。
「さて、あなたは何度目で諦めますか? 例え何発撃ち込もうとも自分の闇は破れませんよ?」
「…………上等よ!」
勝ちの目のない戦い。絶望すら飲み込む闇を相手に魔王の娘はその力全てをぶつけていくのだった。
「…………なるほど、考えましたね。これでは私に勝ち目はない」
多くの悪魔を同士討ちさせ無力化したリリス。けれど彼女の目の前に立つ一つの姿に敗北を悟っていた。
「ゴーレム。まともな攻撃手段を持たない私にこれは相性が悪い」
それでも、単なるゴーレムであればリリスにも取れる手はあった。遠隔操作であれ自立行動であれそこには一定のロジックがある。であればそこには必ず付け入る隙があるのだから。
「そして、ゴーレムの中で動かしているのはあなたですか、『ナイトメア』」
『…………』
「おや、無視ですか。同じ夢を司る下級悪魔。仲良くしたいのですが…………それともその中にいると話せないとかですか」
だが、操る存在がゴーレムの中にいるのなら話は違ってくる。そこにはロジックと言えるようなものはない。
「中にいるのがあなたでさえなければ眠らせるなり夢を見せるなりして終わりだったんですがね。本当、考えましたね」
『ナイトメア』はサキュバスと同じ夢魔。サキュバスの力には耐性がある。ゴーレムという殻がなければリリスの力が効く可能性もあったが……。
『逃げてよ、リリスちゃん。メア、リリスちゃんと戦いたくないよ……』
「おや、ちゃんと話せたんですね。…………そういうわけにもいかないでしょう? 上位の悪魔の命令に逆らえないのは悪魔の性。私はバニル様の命でこの街を守らなければいけないし、あなたは死魔様かあの方の命でここに来ている」
『…………じゃあ、どうするの? リリスちゃんに出来る事何もないのに』
「何もない事はないですよ? 私はあなたのような精神体でなくちゃんと実体を持っていますから」
ゴーレムに比べれば小さすぎる体。その美しくも儚い身を持ってリリスはゴーレムの進路に立つ。
『……馬鹿だよ、リリスちゃん』
「出来る限りの対策はしましたが、これが勝ち目のない戦いなのは最初から分かっていました。それでも私はここにいるんですよ」
自分一人の力で全ての悪魔を追い返せるなんてリリスは最初から思っていなかった。何故なら彼女はサキュバス…………本来何も戦う力を持たない存在だから。たとえこっちの戦いを運よく切り抜けたとしても、どこかで無理が来ることは分かっていた。
「戦う力を持たない身…………そんなあの子に戦えと命じた私が逃げるわけにはいかないでしょう?」
『…………ごめん!』
巨体の拳がリリスに迫る。それは華奢なリリスの身体を吹き飛ばす威力を持つだろう。
だが、彼女は避けない。それは夢魔を統べるものの矜持。一秒でも時間を稼ぎ街で待つ娘たちを守るため。そして同じように戦う娘に顔向けできなくなるのが嫌だから。
「ごめんなさい、ダストさん、リリス様。私にはやっぱりできませんでした……」
南方。ロリサキュバスが指揮を執る戦場はほぼ戦局が決していた。
「頑張りましたけど…………数が違いすぎますよぉ……」
敵の第一波は何とかしのぎ押し返すことができた。だが、第二波はその倍以上の戦力があり、その後ろには更に倍の数が控えているという報告がある。
それでも惑わし眠らせながら拙いながらも指揮を執り戦線を維持していたロリサキュバスだが、それももう限界だった。
「それとも、私がもっと上手いことやればどうにかなったんでしょうか……?」
彼女にはその問いに対する答えを持たない。そして仮にそうだとしても今となっては意味のない答えだ。
結果は敗北。彼女は街を守れなかった。
(…………、助けてってダストさんに伝えればいいんでしたっけ?)
そうすればきっとラインがこの状況を救ってくれるはずだ。彼が死んでも切りたくない『切り札』を使うことと引き換えに。
「…………、皆さんは下がって戦線を再構築してください! これから先、私が戻るまでは守備隊長さんが指揮を!」
彼女は飛ぶ。敵陣の真っただ中に。
「私はロリーサ! 最強のドラゴン使いと真名契約をする夢魔! あなたたち全員夢を見せてあげます!」
助けは求めず、ただ時間を稼ぐために。
(勝てるわけない…………でも、これくらいで諦めるわけにもいかない)
何故なら、彼が認める相棒たちはこの程度の窮地で助けを求めないだろうから。無理だと分かっていても、足搔かないわけにはいかなかった。
「勝ちの目がないなら……出るまで足搔いて見せます!」
矢や魔法、彼女同じように空飛ぶものの奇襲。それらは彼女の狙い通りに彼女に迫ってくる。
数の違う戦い、それをここまで持たせたのは彼女の尋常ならざる夢の力であったのは間違いないから。
最大限の警戒と敬意を持って死魔の軍勢は彼女を襲う。
「きゃぁっ!」
どれだけの攻撃を避けたのか。必死だった彼女には分からない。分かるのは今自分の羽に矢を食らったということ。
そして飛ぶ力を失い、敵陣の真っただ中に一人ということ。
「ごめんなさい、ダストさん。ここまでみたいです」
もう足搔く力は残っていない。起動性を奪われた彼女に出来る事は限られている。
(…………最後に思いっきり同士討ちさせてやります)
そして彼女は一つ残機を失うだろう。そうなれば、彼女が助けを求めずとも、ラインが『切り札』を切るはずだ。
「…………、悔しいなぁ…………なんで私こんなに無力なんだろう……」
彼女はそれがどうしようもなく悔しかった。
警戒しながら死魔の軍勢が彼女の元に近づいてくる。幻覚への耐性が強いものを前にしているのだろう、彼女がいくら夢を見せようとしてもその効果は薄い。
そして、その時が来た。
「無力などではないさ。…………この数を相手に、よく私たちがくるまで持ちこたえた」
金色の髪を携えた騎士が彼女の身体を優しく包む。
「撃て! めぐみん!」
「『エクスプロージョン』!!!」
そして、すべてを滅ぼす魔力爆発が彼女を囲む敵を吹き飛ばした。
「おーい、無事かー?」
「うむ、この通りだ、問題ない」
「相変わらずこのめんどくさい騎士は人間辞めてんなー。アクアの補助ありとはいえなんで爆裂魔法食らって元気にしてんだ。やっぱ腹筋割れてると違うのかね」
「腹筋割れてるとか言うな!」
「ふふっ、カズマ、ダクネスの腹筋のおかげだけではありませんよ。私が絶妙に爆裂魔法の効果範囲を操作して直撃を避けた──」
「──こっちもこっちでいい加減人間辞めてるなー。いやもともと普通の人間じゃなかったか」
「まるで紅魔族が人間じゃないみたいな言い方はやめてもらおうか。というか恋人に対してその言い方はないんじゃないですか!」
いつも通りのうるさいやり取り。一人姿が見えないが、地獄においても彼のパーティーは変わらない姿を見せる。
「常連……さん……?」
「よく頑張ったな。後は俺らに任せろ」
ぽん、とロリサキュバスの頭を撫で、彼──カズマは彼女を後ろに庇うようにして、迫りくる第三波に対峙した。
「義によって…………いえ、借りを返すために助太刀します」
リリスに迫るゴーレムの巨拳。それを腕ごと切り落とす魔剣の一閃。
「あなたは……?」
「ミツルギキョウヤ。ただの魔剣使いです」
全てを切り裂く魔剣を携える『チート持ち』はリリスと後退しながらそう名乗る。
「ただの魔剣使いがバニル様の援軍で来るとは思えないのですが…………とにかく味方と思っていいのですね?」
「この場においては。……悪魔に助成するのは少しばかり抵抗がありますけどね」
「そうですか、では頼りにさせてもらいますよ。あなたのその魔剣とそれを扱う腕があれば勝ち目があります」
楽な戦いではなくとも、絶望的な戦いでもない。
「ええ、頼りにしてください。あの男に借りを返すため、俺は地獄まできたんですから」
「なんで、あんたがここにいるのよ?」
「友達の危機だとハチベエから聞いたので」
「それにしても……お姫様が来るところじゃないでしょ?」
聖剣を構えて魔王の娘の隣に立つのは勇者の国の王女。
「では、今日の私はチリメンドンヤの孫娘のイリスということで」
「はぁ…………それにしても、魔王の娘である私の所にわざわざ来なくてもいいでしょうに」
「ハチベエにここが一番絶望的な戦力差だからと言われましたから」
「…………言ってくれるじゃない、あの仮面悪魔」
見通す力を持つバニルのその見立てが間違っているとは彼女も思わない。だが、そう言われる……そう思われるのは我慢ならない。
「それで、あの方が?」
「ええ。地獄の公爵。序列五位の大悪魔。正真正銘の化け物……『天災』よ」
イリス──アイリスの登場にも何も変わらず。バリトと名乗る悪魔は彼女たちの攻撃を待っているように見える。
「ですが、勇者の国の姫と魔王の国の姫。二人が揃って勝てない相手なんていませんよね?」
「とか何とか言って手が震えてるわよイリス」
「これは武者震いです!」
アイリスもその絶望的な戦力差は理解している。だが、それでも希望は捨てていない。
「でも……そうね。あんたと私、二人揃えばなんとかなるかもね…………ううん、何とかして見せる」
宿敵の力を借りるのに勝てませんでしたなんていう結果を彼女は認めない。それは魔王を継ぐものとして譲れないプライドだ。
「バニルの旦那が来ない? そんなわけねぇだろ。旦那が自分が言ったことを守らないなんてことは絶対ねぇ」
それはこの場において他に並ぶことのない圧倒的な三つの存在。
一つは古竜。最強の生物が悠久の時を経て至った伝説に謡われるドラゴン。
一つは女神。万物の根幹、四大の一つである水を司る宴会芸の女神。
一つは悪魔。見通す力を持ち、人を揶揄うのが大好きな序列1位の大悪魔。
「旦那が間に合うって言ったんだ。だったら、間に合わないはずがねぇんだよ」
空を飛ぶ古竜から二柱の存在が地面に降り立つ。…………片方は着地に失敗しているが、いつものことだ。
「痛いんですけどー! なんかぐきっていったんですけどー!」
「待たせたな、ダスト。もしも遅れた様ならそこの煩い駄女神に文句をいえ。それがドラゴンの背なんかに乗りたくないやら悪魔と一緒に居られないやら駄々をこねるから予定より遅れたのだ」
「いいや、ぴったしだぜ旦那。ロリーサの所がちょいとギリギリだったっぽいが……ちゃんと間に合ってる」
「労災よ! これは労災案件よ! 分かったなら早くお金を持ってきて! お金がないならシュワシュワでもいいわよ」
「そうか、ならいい。間に合ったのなら……いけるな?」
「ああ、旦那が用意した戦力が足りないなんてことはねぇからな」
「ちょっとー? 木っ端悪魔とチンピラが相手でも無視は寂しいんですけどー? 慰謝料請求したくなったちゃうんですけどー?」
「ええい、さっきからうるさいわ駄女神が! 貴様には空気を読むという能力がないのか!」
「空気読むって変な仮面の悪魔とチンピラがなんかかっこつけてるって似合わないって笑えばいいの? ぷーくすくす?」
「…………『バニル式殺神光線』!」
「『反射』『反射』『反射』」
「なんてーか、旦那だけならともかくアクアのねーちゃんまでいると締まらねぇなぁ……」
悪魔と女神の高レベルな喧嘩に巻き込まれないように距離を取りながら、ラインは大きくため息をつく。
「ま、何にせよ、役者はこれで揃ったな」
「「「「さぁ、反撃開始
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