第12話 素直じゃない人
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「なんで私ばっかりこんな目に遭うんですかね!?」
整備されていない街道を走りながら。フィーベル=フィール、とあるチンピラからはベル子と呼ばれる女性は叫ぶ。
彼女の後ろには人と同程度に大きいトカゲの姿をした火の精霊サラマンダーの姿があり、戦う力のない彼女が追い付かれればどうなるかは言うまでもない。
(こんなことなら、節約なんてしないでいつもの護衛の冒険者に頼めばよかった)
故郷への旅路。いつもはギルド推薦の冒険者に頼んで護衛をして貰っていたが、今回はとある理由によりランクを下げ、依頼料の安い冒険者に頼んでいた。
その冒険者はサラマンダーの大群が襲ってくるとみるや、すぐに逃走。結果として彼女は命からがら走るはめになっている。
節約した理由が理由なだけに自分でも情状酌量の余地はあると思いながらも、ここで死んでしまえば全く意味はない。
「っ……! 羽もないのにそんなに跳べるっておかしくないですか!?」
彼女の後ろを走っていたサラマンダーが、その頭上を飛び越えその前方へと回り込む。
必死で走っていた彼女はその足を止めるしかなく、そしてまた走り出すにはもう気力と体力がない。
「……ここまで、かなあ……。ごめん、姉さん。でも、これだけは届くといいな……」
サラマンダーの放つ炎熱のブレスが迫る。騎士でもなければ冒険者でもない彼女にはそれは致命的な攻撃で……自分の命を諦めた彼女は、けれど自分の想いが詰まったものが役目を果たすことを諦めない。
「『炎熱耐性増加』」
どこかで聞いたような声とともに。荷物を抱えるようにしてブレスが迫るのを待つ彼女を暖かな光が包み込む。
「え……? 熱くない……?…………って、やっぱり熱い! 燃えちゃいますよ!」
本来なら一般人を一瞬で絶命させるだろうサラマンダーのブレスの中、彼女は熱さにもだえ叫ぶ。
「あー……やっぱ、ドラゴンの魔力ねえ奴にはいつもほどの効果はねえか。仕方ねえな」
「ちょ……っ! 誰だか知りませんがいきなりどこを触ってるんですか!」
「別にどこも触ってねえよ……多分。ちょっと抱きしめてるだけだろ」
「それ思いっきり触ってますよね!?」
「誰だか知らねえが可愛くねえ女だなぁ……。死にたいなら今すぐ放り出してやるが」
そう言いながらも彼女をブレスから守るように姿勢を取る男は、抱きしめられ暴れる体を離そうとはしない。
(あれ? でもこの声と話し方ってもしかしなくても……?)
彼女が思い浮かべたのは、けれど彼女の中では決してこの場にいないはずの男。
だってそうだろう。彼女は彼を帰郷に誘い、そして一にも二にもなく断られたのだから。
「ミネア! 俺はこの面倒なのかばって動けねえんだ。さっさと倒してくれ」
「んー? そう言うならそうするけど…………役得はもういいの?」
「前からならともかく後ろから抱きついて何が約得だってんだ。さっさとしてくれ」
「はいはい、それじゃお姉さんにお任せあれ、ね」
彼女が聞いたことのない女性の声に続く打撃の音。その音が鳴り始めてから彼女を焼き尽くそうとしていたブレスが止まった。
(ミネアって…………やっぱりこの男の人はダストさんなんだ…………って!)
「いつまで抱きしめてるんですか! もうブレスは収まったんだから離れて下さい! ダストさん!」
「ん? 離れて大丈夫なら離れるが……気をつけろよ? ってか、俺の名前知ってるって…………なんだベル子か」
男を押しのけ、向き合ってみれば、そこにあるのは彼女が想像したとおりの顔──
「あれ? ダストさん…………ですよね? その髪どうしたんですか?」
「ちょっと紅魔の里で染めてもらったんだよ」
──と髪の色だけが違うダストと呼ばれる男の姿があった。
「ラインー終わったわよー? そっちの子は大丈夫だった?」
「おう、いつもどおりの憎まれ口叩いてるし体は大丈夫じゃねえの? そこんとこどうよ? ベル子」
「えっと…………背中がちょっとヒリヒリしてるような?」
同じ女である彼女ですら見惚れるような銀髪の女性がサラマンダーを倒したのだろうか。
武器らしきものを持たないその女性は手をぶらぶらさせながらダストの横に立つ。
「それくらいなら……『ヒール』。これで大丈夫だろ。まだ痛いとこあるか?」
「ないですけど…………あの……? その綺麗な人は誰ですか? 浮気だったらゆんゆんさんに言いつけますよ?」
「ミネア相手に浮気は流石にねえよ。こいつは俺の姉みたいなもんだ」
「あ、それで思い出した。ライン。もうこの国に入ったんだから私のことを名前で呼んじゃ駄目じゃない。『お姉ちゃん』と呼びなさい」
「……それ言ったらお前もちゃんと『ダスト』って呼べよ」
ミネアって、あのシルバードラゴンの名前だけど……、と彼女は首をかしげる。
「あれ? 説明してなかったか? 俺はドラゴンを人化させるスキル持ってるって。ほら、たまに俺が小さな黒髪で赤い目をした子を連れてきてたろ? あれはゆんゆんの使い魔のジハードなんだよ」
「はぁ……そうなんですか? てっきりあの子はダストさんとゆんゆんさんの子どもか、ゆんゆんさんの妹とかそんなのとばかり」
「ゆんゆんの妹はともかく子どもはねえだろ……」
「いえ、お二人が一緒にいるのを見るようになってからの時間を考えればちょうどそれくらいの年齢かなと」
実際彼女としてもそれを本気で信じてた訳ではないが。ただ、ダストにとって本当に大事な子であるのは分かっていたから、それに近い存在ではあるとは思っていた。
ドラゴンだったと言われればドラゴンバカのダストであればさもありなんと納得するしかない。
「てか、お前はこんな所で何してんだ? サボりにしては遠くに来すぎだろ」
「あの? 私、前に言いましたよね? お姉ちゃんが結婚するから、それにあわせて帰郷してるんです。ダストさんも誘いましたよね? あっさり断れましたけど」
「あー……そういやそんなこともあったような。あの夜のことはほとんど覚えてねえけど、そのあたりのことはなんとか覚えてるな。…………で? 何でお前俺のことポカポカ殴ってんの?」
「知りません、死んで下さい」
あの夜のことは今思い出しても恥ずかしいし頭にくる。
顔が赤くなりそうなくらいの熱を発散するように彼女はダストに精一杯のパンチを繰り出す。
「ふぅ…………それで? そういうダストさんこそ何でこの国にいるんですか? お姉ちゃんの結婚式には行かないって言ったくせに」
「ちょいとお姫様を護衛するクエストを受けてな」
「お姫様って…………え!? ダストさん……ライン様がこの国に戻ってくるんですか!?」
それは彼女の……彼女の祖国の市井の人々の一番の願いだ。今はこれ以上ないくらい落ちぶれたとはいえダスト……ラインは彼女の国始まって以来の英雄だ。
「お姫様って言っても姫さんじゃねえよ。ベルゼルグの方のお姫様……アイリスの護衛だ」
「なーんだ…………って、それもそれでおかしくないですか!? なんでダストさんみたいなチンピラが勇者の国のお姫様の護衛なんてやってるんですか」
「なあ、実はお前喧嘩売ってんだろ? 俺お前のことついさっき助けたはずなんだが」
なんでそんなに口が悪いんだよとダスト。
(……だって、仕方ないじゃないですか。ダストさんにはいろいろ思う所がありますし)
彼女にとってダストの存在は複雑だ。命の恩人であり、憧れの英雄であり、迷惑を掛けられ続けるチンピラであり…………本当に複雑な相手だった。
そして自分の国の英雄が別の国のお姫様の護衛をしているというのには本当に複雑な思いがあった。
「それで、さっきから大事そうに持ってるその荷物には何が入ってんだ? 大きさ的に服とかは入ってなさそうだが」
「服が入ってたカバンは真っ先にサラマンダーに燃やされましたからね。これは──」
彼女は胸に大事に抱えていたバッグを離し、その中身を見せようとし、
「──ふへ?」
バッグを抱きかかえることで支えられていた服がずり落ちる。
背中からサラマンダーのブレスをまともに受けた彼女は、体こそダストの『竜言語魔法』によりなんとか無事だったが、普通の服が耐えられるはずもなく、後ろ側はボロボロの燃えカスになっていた。
服の腕や足の部分は無事な部分があり、多少は支えられてるが、背中を中心としてほぼ燃えている状態で大事な所を隠しきれるはずもなく、
「なるほど。これが役得というものなのね」
「はぁ……だから気をつけろって言ったのに」
「そういうことははっきりといって下さいぃぃぃぃーーっ!!」
乙女の悲鳴があたりに響くことになった。
──ゆんゆん視点──
「ダストさーん、こっちは終わりましたよ? 逃げてた女の人は大丈夫でした?」
アイリスちゃんたちとサラマンダーの大群を倒して。一息ついた私は、サラマンダーに追われている女性を助けに向かったダストさんの元に来ていた。
「うぅ……何で本当に私ばっかりこんな目に……」
「日頃の口が悪いからじゃねえの?」
「それだったらダストさんがもっと酷い目にあってないとおかしいです」
「マジで犯すぞお前」
「ねえ、ライン。そのセリフってこの状況でだと割と冗談になってないと思うの」
そしてその場に来てみれば。そこには半裸で泣くフィーベルさんと、それを前に呆れたり怒ったりしているダストさんと、そんなダストさんに真顔で突っ込むミネアさん。
「あん? 冗談に決まってんだろ。冗談にならないってなんでだ?」
「だって、恋人ちゃんそこにいるじゃない」
「うぇっ!? ゆんゆんいつからそこに!? こ、これは別に浮気とかそういうのじゃなくてだな……」
「あー、はい。フィーベルさんとダストさんの仲は割と疑ってますけど、今回の状況はちゃんと分かってますよ」
状況を考えれば何があったかなんて想像するまでもない。確かに絵面は凄く酷いけど。
「そうか、誤解がないならいい…………って、うん? 今なんかおかしいこと言わなかったか?」
「別に普通のことしか言ってないと思いますけど?」
「そうか? そうなら別にいいが……」
ダストさんとフィーベルさんが妙な関係なのは今更だし。
ダストさんって妙にフィーベルさんに甘いと言うか……昔の私に対する態度に似てる気がするんだよなぁ。
フィーベルさんからダストさんに向けてる感情は恋とかそういうのではなさそうだけど、好意とかいろいろまざった複雑なものっぽいし。
なので、今はともかくこれからどうなるかは分からないから、関係が変わってないか疑うのは仕方ない。
「それよりダストさん。早くフィーベルさんに服を着させてあげないと」
「あー、うん。そうだな。ベル子お前替えの服は…………燃えたって言ってたな」
「だったら、私の服を貸しましょうか? 王都についたら服屋さんとかあるでしょうし、それまでは」
そこまで多くの服を持ってきてるわけじゃないけど、何枚かは予備がある。
「お前の服?…………ベル子がお前の服着たらずり落ちるんじゃね?」
「…………、えっと、わ、ワンピースなら大丈夫じゃないでしょうか?」
確かに今私が着てるタイプの服だと大変なことになりそうだけど、ワンピースなら大丈夫じゃないだろうか。
「何でお前がワンピースなんて戦いにくい服を持ってきてるのかは後で問い詰めるとして…………それはそれで悲惨だぞ」
「確かに恋人ちゃんのサイズのワンピースを着たらそっちの子はスカスカね」
「…………、えっとちょっとあっち行って借りれる服ないか聞いてきますね」
うん、私の服は貸せそうにないけど、大きくなったアイリスちゃんやレインさん、アリスさんの服ならちょうどくらいじゃないだろうか。ロリーサちゃんは……まぁ、うん。
「…………あなたたち皆嫌いです」
恨みがましいフィーベルさんの言葉を背中に受けながら私は服を借りにアイリスちゃんたちのもとに向かった。
「──というわけで、3人共快く貸してもらえましたけど…………フィーベルさんどの服がいいですか?」
「なんか無駄にきらびやかと言うかすごい服があるんですけど…………とりあえず、誰と誰と誰の服ですか?」
「ベルゼルグのお姫様の服とそのお付きの貴族の服と魔王の娘の服ですよ」
「……………………」
「わわっ、フィーベルさんそんな絶望したような顔しないでください! お付きの人の服にしましょう! レインさんは凄く親しみやすい人ですから!」
「なあミネア。やっぱこのパーティーおかしくねえか?」
「『お姉ちゃん』って呼びなさい。んー……確かに私も魔王の娘は気に食わないんだけどね。まぁ、おかしいって言ったらライン以外皆女の子なのもおかしいわよね」
「まぁ、確かに。女ばっかなのに欠片もハーレムパーティーじゃないのはおかしいな」
「あら、ハーレムだって喜んでると思ったけど違うの?」
「違うだろ。アイリスは別の男が好きだし、レインはそのお付き。お前やジハードは家族だし、ロリーサもまあ似たようなもんだ。アリスにいたっては敵だぞ? ゆんゆん以外いねえじゃねえか」
「そう言われればラインに明確に恋愛感情持ってるのは恋人ちゃんしかいないわね。そういう所は父親譲りと言うか…………上手くやればもっとモテたでしょうに」
「ダストさん。変な話しないでこれ持って向こう行っててください。あと、もうこっち見ないでくださいよ?」
二人が微妙に気になることを言っているけど、今はフィーベルさんだ。私はダストさんにアイリスちゃんとアリスさんの服を押し付け、フィーベルさんにレインさんの服をかぶせる。
「なぁ、ミネア。アリスの服はどうでもいいけどよ、アイリスの服って丁寧に扱わねえとやばくね? シワとか付けていいのか?」
「そんなことドラゴンの私に聞かれても」
「あはは……冒険用に
「アイリス様……その服がいくらかかったかちゃんと分かられてますか? 財務に小言を言われるのは私なんですからね」
「というか、私の服がどうでもいいって何よ。いい加減殺すわよ」
「ひぃぃ……うぅぅ……あ、アリス様、ダストさんの口が悪いのは病気みたいなものなので、その殺気は抑えてください」
フィーベルさんに服を着させてる間にアイリスちゃんたちもこっちに合流したらしい。
「あるじ、わたしもなにかてつだう?」
「ありがとうハーちゃん。えっと……あ、フィーベルさんが持ってるバッグを持っててもらおうかな?」
私のもとにもハーちゃんがとことことやってきて手伝いを申し出てくれる。
「ん、まかせて」
「ありがとう。えっと……ジハードちゃん?」
コクリと頷いて、ハーちゃんはフィーベルさんが大事そうに持っていたバッグを丁寧に受け取る。
「驚いた……本当にあのブラックドラゴンなんですね」
「あれ? フィーベルさんハーちゃんの事知らなかったんですか?」
てっきりダストさんに教えてもらってるかと思ったんだけど。
「あの男がそんな気の利いたこと教えてくれるはずないじゃないですか。基本あの男はデリカシーのない話をするかセクハラするかですよ。最近はあんまりセクハラはしてきませんけど。……お酒を飲んだ時を除いて」
「あー…………本当すみません」
ダストさんの酒癖の悪さは本当どうにかしないとなぁ。とりあえずは家飲みで我慢してもらおうかな?
「別にあなたに謝られることじゃないですけど……」
「すみません…………」
「だから…………いえ、もういいですから。ゆんゆんさんだってあの男に苦労させられてるんでしょうし」
「そうでもないですよ? もう慣れましたから」
確かに最初の頃は泣きたくなるくらい苦労してた覚えがあるけど。ダストさんのろくでなしっぷりにはもう慣れたし、その対処方法も覚えた。最初の頃と比べたらだいぶマシになってると思うし。
「…………やっぱり、ダストさんの昔を……ライン様を知ってるかどうかで違うんでしょうね」
「そう……なんですか?」
私はダストさんが最年少ドラゴンナイトとして過ごしていた時代を知らない。だからフィーベルさんの気持ちを想像はできてもほんとうの意味で理解は出来なかった。
「なんて……私もライン様と話したことなんて数えるくらいしかないし、知ってるなんておこがましいんですけどね」
そこでフィーベルさんの言葉も止まり、私も返す言葉が見つからない。淡々と服を着せながら後ろでダストさんたちが騒いでる声を聞いていた。
「ん……ちょっと胸がきついですけど、それ以外はちょうどですね、ありがとうございます、ゆんゆんさん」
「お礼は後でレインさんにお願いします」
「はい、それはもちろん。ジハードちゃんも荷物ありがとう」
「どういたしまして」
得意げと言うか、一仕事終えたのを誇るようにハーちゃんはフィーベルさんにバッグを返す。可愛い。
「そのバッグ、服がああなったのに無事ということは必死で守ったんですね。何が入ってるんですか?」
多少焦げているけど、バッグはその形をちゃんと保っている。中に何が入ってるかはわからないけど氷とかじゃない限りは無事なはずだ。
「ああ、はい。……お姉ちゃんへのプレゼントです。今度結婚するんで」
「そうなんですか! おめでとうございます!」
結婚かぁ……いいなぁ……。
「…………、ゆんゆんさんは、結婚の予定はないんですか?」
「今の所ないですねぇ…………いえ、知っての通り相手はいるんですけどね?」
いろいろ決着を付けたあとになるだろうし、そうでなくてもダストさんが相手だからなぁ……いつになるんだろう。長になるものとしては絶対に結婚して子どもは作りたいんだけど。
「終わったか、ゆんゆん」
「あ、ダストさん。もうこっち向かないでって言ってたのに……」
ちょうど終わったところだったから大丈夫だったけど、着替えてる最中だったらどうするつもりだったんだろうか。
「そうだったか? まあ今さら気にしてもしょうがねえだろ。それよかベル子、お前これからどうする?」
「どうするって……もちろん王都の実家に帰りますけど」
「その道中を言ってんだが。一人で護衛もなしに王都まで行けるのか?」
ダストさんやフィーベルさんの故郷の国に入ってから馬車で3日。紅魔の里を出てからは4日経っている。王都には馬車で半日といった地点には来ていた。
ちなみにダストさん曰くドラゴンなら3、4時間飛べば紅魔の里から王都までつくらしい。
「…………ええと、王都にも近いですし、商人の馬車とか通ると思いますし」
「まあ王都行きの商人なら途中の町で荷降ろししてるだろうし多少の空きはあるかもしれないが…………あいつらは人の足元見るから高いぞ? お前の今の格好見れば金持ってそうに見えるし」
今フィーベルさんが着ているのはレインさんの服……つまりは貴族の服だ。ダクネスさんとかクレアさんのような大貴族じゃないとはいえ、貴族に連なるレインさんの服は地m……落ち着いてはいるけど、やっぱり普通の服と比べればその上質さがわかる。
「ふふっ……格好だけですけどね。アイリス様のお付きとして粗末な服は着れませんから。……その服を作るためにクレア様にお金を借りた時は忘れませんよ……」
なんかレインさんが悲しいこと言ってるのはスルー。……貴族も大変なんだなぁ。
「で? お前は商人に払える金はあるのか?」
「…………服と一緒に財布は燃えましたけど」
「じゃあもう一度聞くが…………お前これからどうすんの?」
「…………」
ダストさんの言葉にフィーベルさんは言葉を返せない。助けてくださいと言えればいいんだろうけど、いつも迷惑をかけられてるダストさんにそういうのは難しいんだろう。気持ちは凄くわかる。
「あの……ダストさん? そんな意地悪しなくても素直に一緒に行こうといえば……」
「言えるわけねえだろ。俺らはアイリスの護衛でここにいるんだ。足手まといを勝手に一緒に連れてく訳にはいかない」
「それは……そうかもしれませんけど……」
リーンさんたちも危険だからと一緒にいけなかった旅だ。冒険者でもないベル子さんを簡単に連れていけないのは分かる。
「恋人ちゃん、ちょっとこっちきて?」
「ミネアさん? どうしたんですか?」
こいこいと手を招くミネアさんの元に私は向かう。
近づいた私にミネアさんは小さな声で話しかけてきた。
「ラインがあんな素直じゃないこと言ってるのは半分はあなたのためだって分かってる?」
「え? 私のためってどういうことですか?」
クエストのためにダストさんはああ言ってるんじゃないんだろうか。
「本当はね、足手まといが一人くらいいても大丈夫なのよ? それくらいの戦力は揃ってるの。……忌々しいけど魔王の娘がいるからね。あの子の強化能力を考えれば、『戦おうとしない足手まとい』を守るくらいはなんとか出来るのよ。例え、あの国最強の部隊……騎竜隊を相手にしようとね」
「それじゃあどうしてダストさんは……。あ……」
そこでミネアさんの私のためだという意味を理解する。
「そう。けど、いくらラインでも戦えないものを守りながら、『戦おうとするあなた』を同時には守れない。出来るかもしれないけど、あったはずの余裕がなくなるのよ」
だから、ダストさんはあんな言い方をして……。
「でも、あの娘を見捨てることもラインには出来ない。だから『たすけて』ってそう言ってもらいたいんでしょうね」
自分を吹っ切ってもらうために。覚悟して無茶をするために。
「ダストさんって……本当素直じゃないなぁ……。昔からそうだったんですか?」
「ああいう所は昔から変わらないわね。でも、昔よりは素直になったのよ?」
「自分の欲望には確かに素直ですよね」
「くすっ……そうね。昔の……私と再会してあの娘に会うまでラインは、自分のわがままを全く言わなかったから。その頃に比べたら確かにそういう所も素直ね」
あの娘って隣国のお姫様かな? そんなダストさんは本当に想像できないなぁ……。
「……いいですよ、別に。ここからなら一人でも歩いていける距離です」
「……本当めんどくせえ女だな。少しくらい素直になれねえのかよ」
それをダストさんにだけはフィーベルさんも言われたくないと思いますよ。ここまでくればダストさんがフィーベルさんを助けたがってるのくらい本人にも伝わる。
ほとんど硬直した状況。二人に任せてたらずっとこのままだと疑うくらいには、話が進んでいない。この状況を変えられるとしたら……。
「ねえ、アイリスちゃん。アイリスちゃんからフィーベルさんを助けるって言ってくれない?」
「んー……言ってもいいんですが、それが本当に正しいか私にも分からないんですよね」
「分からないって、何が?」
「ダストさんや、ミネアさん。あとアリスさんの見立てでは私達でフィーベルさんをなんとか守れるくらいの戦力はあるそうです。でもそれは昔のあの国の戦力を元にした予想です。…………私達の国、勇者の国を相手に戦争を仕掛けようとするこの国は、本当にその予想に収まる戦力なのでしょうか」
「それは……」
ダストさんやミネアさん。アリスさんもある程度戦力が向上しているのは予想はしていると思う。けど、それはあくまで予想に過ぎない。
この旅は戦争を止めるためといいながら、半分以上はこの国の戦力を見極めるための旅だというのも薄々気づいている。
それを考えれば、フィーベルさんを私達と一緒に行かせるのは逆に危険に晒すことになるのかもしれない。
「だから、私もダスト様と一緒です。手を差し伸べることは簡単でも、それで救えなかった時を考えると怖くなる。自分以外に救ってもらった方がいいんじゃないかと、そう悩んでしまうんです」
もしかして、アイリスちゃんも不安なんだろうか? ここは隣国で……ほとんどのことを思い通りに出来る自分の国ではないから。
だから、私なんかよりもずっと力を持っているはずなのに不安になっている。
「でも、手を伸ばしてもらえれば、その手を取ることを迷いません。それはどこにいようと絶対に変わりません」
「それは、カズマさんみたいに?」
「はい、お兄様のように『しょうがねぇなあ』と言って助けます」
「うん、割といいセリフだけど、その話し方はやめようね? レインさんが頭痛そうに押さえてるから」
でも、本当の兄妹みたいにそういう所もカズマさんに似てきてるんだね。
「ライン、悪いけど悠長に話してる時間はないみたいよ。戦う準備しなさい」
話す二人にそう忠告するのはアリスさん。ムチを構える彼女が見つめるのは王都の方角で、見れば同じようにミネアさんやハーちゃんも立っている。
「来たみたいですね。さて、あの国はどういう対応をするのでしょうか。出来ればフィーベルさんがいるこの状況で戦うというのは避けたいのですが」
アイリスちゃんも聖剣を腰に挿し、それをいつでも抜けるように手を当てアリスさんの後ろに立つ。レインさんも状況を理解したのかその後ろで杖を構えた。
「…………しょうがねえな。ロリーサ、悪いがベル子を馬車のとこまで連れて行ってくれ。この状況じゃテレポートで魔力も消費させたくねえ」
「分かりました。その後はどうしますか? ウェイトレスさんを守っていたほうがいいですか?」
「サラマンダーの影響かこの辺はモンスターがほとんどいなかったしな…………悪いがベル子は置いて戻ってきてくれ。お前の力が必要になるかもしれない」
「ちょっ……何を勝手に決めてるんですか!」
「折衷案だ。お前が素直に『たすけて』って言えねえみたいだからな。危険から遠ざける。……ま、この国出身のお前だ。俺らと一緒にいなければ悪いようにはならねえよ」
ダストさんのその言葉に、何か言い返そうとするフィーベルさんだけど、それが返される前にロリーサちゃんに空に連れ去られて、この場を離れていく。
「はぁ……顔見知りもいるしあんま戦いたくはねえんだがなぁ……どうなることやら」
重い溜息を付きながらも槍を構えミネアさんの横に立つダストさん。私はその横に緊張しながら並ぶ。
点の大きさだったそれは王都の方角からこちらに向かってやってきて、みるみるうちに大きくなる。
その点の群……軍はドラゴンの姿で私達の前に降り立ち、王都の方向にある景色を全て埋めてしまった。
「ゆんゆん、見とけよ。あいつらがお前ら紅魔の里に並ぶ人類側の最強戦力」
それはいつかダストさんが話してくれた時から想像していた存在。
今回の旅でもその存在を前提にいろいろと準備していた相手。
「対人類では局地戦最強を誇る部隊……『騎竜隊』だ」
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