第10話「屍の皮膚を蛆が喰いやぶるように群がり蠢く」


宴でフルトブラントは語る。


この地を水もとにする

ドナウの流れを下るのが

いかにすばらしいか。


あまたの国をめぐりゆくさま、

下るにつれてかわる景色、

岸辺の街ウィーンの豪奢、

その夕暮れの美しさ。



「そんなふうにドナウ下りができたら、

きっと素敵でしょうね」


ベルタルダはいいかけた。



だが、危難にあったことを

思い出して口をつぐんだ。



「案ずることはない、ベルタルダ。

これに守らせればよいだけだ。


よいな、ウンディーネ。

ベルタルダを守るのだ」



ベルタルダの方をみやることすらなく、

ただウンディーネだけをみつめながら、


フルトブラントは唇に冷笑を浮かべた。





キューレボルンの本体は、

封印され凍りついたが、


何処にでも幻体を現せ、

手下の魔物も操れる。



ベルタルダがなによりも、

期待したあたりにくると、

奴の悪だくみが始まった。



波が高くなり突風が吹きだしたが、

ウンディーネが叱つけると静まる。



俺は眠り薬を仕込んだ酒で、

喉を潤すようお前に勧める。


口をつけた杯が手から落ち、

ふわりと倒れかかるお前の、

ほっそりとした肩を抱いた。



ウンディーネの眼に

睫毛の帳が下りると、


舟上の人々は

それぞれの視界に

みにくく厭わしい

首をみたような

気分に魘(おそ)われた。



あいつぐ異変のせいで

ベルタルダは虚脱し、


いつか俺が贈ってやった

黄金の首飾りをはずして、


水に触れかかる間近で

ゆらゆら揺らしながら、


夕映えの水面がかすかに

きらめくのを眺めていた。



いきなり流れから現れた、

鱗に覆われる巨大な手が、


鉤爪で首飾りを掴み取り、

それつきり水中に没した。





――首飾りのことなど

どうでもよかった。


ただ、お前を追い込む

ためにだけ俺は命じる。



「ウンディーネ、首飾りを取り戻せ。

この盗みにむくいを与えよ」


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