第49話 再会

「はい、終わりましたよ、お嬢様」

 アンナの言葉に私は鏡に映る自分の姿を改めて見た。


 肩まで伸びた青い髪、勝ち気そうなアーモンド型のくりっとした大きな青い瞳、ふっくらした頬に小さな唇。


 うん、どっからどう見ても将来有望な美幼女がそこにいる。


 頬にかかる髪の毛をツン、と引っ張ってみる。


 前の世界の常識では不自然なまでのこの天然発色にも大分と慣れた。

 ただ、前はもうちょっと髪の色は薄かった気がするんだが、気のせいかな?


 首を傾げ、アンナに尋ねようとしてやめた。聞きたいのはそんな事じゃなかったと我に返る。


 今はとっぷりと日が暮れて、体内時計的にはもう就寝時間だ。

 たっぷり寝たからまだ眠くないけどね!


「あーにゃ、ねんね、なくていーの?」


 アンナが口を開きかけたタイミングで、部屋のドアが開き、クロフォード君が入ってきた。


「お嬢様、ご準備は整いましたね?」


 しゃがんで私と目線を合わせてにっこり笑うクロフォード君。

 日に日にイケメン度が上がっていって眼福です。

 ありがとうございます。


「お嬢様?」


 思わず素直に頭を下げそうになり、すんでのところで動きを止める。

 危ない危ない。使用人相手に頭を下げるなんてもっての他。そんな事をした日には、30分のお勉強コースが待っている。

 30分と侮るなかれ、子供にとっての30分って、すんごい長いんですよ。

 普段は私に甘甘なクロフォード君でも、コト、教育に関しては容赦ない。

 なので私はへらり、と笑い、


「あい!」


 といい子のお返事をして、笑顔のまま相手の様子を伺う。


 ちょっとびっくりしたらしいクロフォード君は再びにっこり笑って私を抱き上げる。


 クロフォード君の普段通りの態度にセーフだった、と内心冷や汗を拭う。


「どこいくの?」

「ちょっとだけお話しましょうね」

「おはーし?」

「ええ、そうですよ、それとお嬢様?」

「う?」


 首を傾げる私に微笑みかけながら、懐から懐中時計を取り出し、ぱかり、と開ける。


「「さん」はどれかわかりますか?」


「これ〜?」


 何故?と首を傾げつつ、懐中時計の「3」の数字を指す。


「はい、正解です。明日は長い針が「さん」に辿り着くまでお作法しましょうね」

「……」


 有無を言わさぬ、すんごいイイ笑顔に私は項垂れた。



 ✳︎


 項垂れたままの私を抱いたまま、クロフォード君は一つの部屋の前で立ち止まる。

 私は首を傾げた。そこは父の部屋でも母の部屋でもない、私の知らない部屋だった。


 コンコン


「入れ」


 ドアの向こうから聞こえた声にクロフォード君は静かに部屋に足を踏み入れる。

 音を立てないようにドアを閉めたクロフォード君が私をその場に下ろして頭を下げた。


「お嬢様をお連れしました」

「ご苦労」


 声の主を見上げれば、見知った姿がそこにいた。けれど、その表情は普段目にするそれとはあまりにも違った冷たいもののように見えた。


「とーしゃま?」

「リズ」


 父が私に手を伸ばす。

 静かで、感情の見えなかったそれがフワリとゆるみ、見た目に反してがっしりした両手が私に差し出される。何をしたいか察した私は恐る恐る父に向って手を伸ばす。父の手が脇に入れられ身体が宙に浮く。

 そして間近に迫る自分と同じ色を持った瞳が優しく細められた事にほっとした。


「リズ、こんなに遅くにごめんね、今日はリズに会わせなきゃいけない人たちが来てるんだ」


「おきゃしゃま?」


 高い高いの位置から父の顔を見下ろした状態で再び首を傾げる。


「お嬢様」


 と後ろから淡々としたクロードさんの声に首を巡らせる。


「今回だけは「様」はいりません。「お」を付ける必要もございませんよ」

「むしろ、客じゃないかな」


 穏やかな声音に反して貼り付けた笑顔だった。なんか怖いが、はははっと笑う父も怖かった。


「酷い言い種(ぐさ)だな」


 そこに聞こえた第三者の声に反射的にビクっと肩が跳ねた。


「時間ぴったりだね」


 それに動じた様子もない父が私を下ろす。父が声をかけた先を見れば、いつの間にか黒ずくめの男が立っていた。


 その男の紅い瞳が真っ直ぐに私を捉える。

 ざわり、と全身の肌が粟立つと共に既視感が奥底から沸き上がる。


「久しいな、ウィスタリアの姫」


『ウィスタリアの姫』


 その声音、言葉と朧げな記憶が繋がり目の前の男が『誰』なのかを認識した途端、思わず指をさして叫んでいた。


「『ふしんしゃ!』」


「リズ?」


 訝しげに眉を潜める父に気づき、慌てて両手で口を押え、人見知りよろしく父の陰に隠れておずおずと顔を出す。


「その様子だと、覚えているようだな」


 男は私を見て苦笑した。


 ええ、ええ、すっかり忘れてたけど、今はっきりと思い出しましたとも。

 もっとも、話した内容の詳細は覚えてない。彼の連れてきた精霊を返すの返さないのと揉めた事は覚えている。

 だって、当時赤ん坊ですよ?そっから覚える事もたくさんあって、忘れるに決まってるじゃないか!


 男の赤い目が楽しげに揺れる。


 パチリ、と男が指を鳴らしたと同時に男の後ろに二人の少年が姿を現した。

 一人はつい最近見た金髪に緑の瞳の少年、もう一人は黒い髪に赤い瞳の少年。多分、ケイヤクセイレイを押し付けた、あの時の男の子だろうな、とこれまた朧げながら思い出す。


 そうして、父の足の後ろからそっと顔を出す。


「契約精霊を全て返して貰ったのでな、約束通り、姫に手駒を差し出そう」


 ああ、してたなぁ、そんな話。一方的に、とじわじわと浮かんでくる記憶を拾い集める。

 そして私はあの時どう伝えたかったのかを改めて伝える決心をした。

 がんばれ私!NOと言えない日本人は卒業したんだ!名実共に日本人じゃないしね!


「あにょね、おじしゃま」

「うん?」


 赤い瞳が私を見下ろす。


「いやにゃいの」

「リズ?」


 父が私を見下ろしてきた。


 私はそっと視線を地面に落とし、溜めをつくる。そして渾身の上目遣いで父を見上げた。


「とーしゃま、りー、いやにゃいの」

「リズ……」


 父の身体がぐらり、と傾いだ。


「旦那様!」


 それを脇に控えていたクロードさんが素早く支えた。そのクロードさんと目が合った瞬間、縋るような上目遣いを繰り出した。クロードさんは「くっ」と口の中でうめいた。


 こうかはばつぐんのようだ


 しかし、すぐに立て直した父がめずらしく厳しめな視線を向けて来る。

 え?駄目?


 お母様直伝の「上目遣いでおねだり」は大失敗だろうか?

 クロフォード君はなんか直立不動でぶるぶる震えてる。大丈夫?


 そうして赤い瞳の男の様子を窺うように見上げれば、すいっと視線を外された。


 そうですか、ダメですか。


 周りの様子と己の滑稽さに羞恥に涙腺が緩む。と、頭にぽん、大きな手が乗ったとう同時に目の前に影がかかる。


「り、リズ」

「とーしゃま?」


 出そうになる涙を堪えながら見上げれば、父はぎゅっと私を胸に抱き込み、あやすように背中をとんとんと叩く。


「貰えるモノは貰っておきなさい」


 そして出た言葉がコレである。


「……あい」


 出そうだった涙が引っ込んだ。


 貴族のシビアさを垣間見た瞬間である。




































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