第35話 あにのどくはく
「クソ!くそ!クソ!!」
アインは目の前の繁みを掻き分け突き進む。
突き進みながら、未だ脳裏に浮かぶその顔を振り払うかのように目に着く物を片っ端から先程拾った枝で打った。
目の前が開け、一際目立つ木の幹に力一杯枝を振り下ろした。
「くそ!!」
びしりっ
枝が折れ、木の幹に浅い傷をつける。
枝を投げ捨て、今度は立てかけていた木剣を振りかざし、切りかかるように叩き付ける。それを何度も繰り返す。屋敷に返ってから抱えてきた鬱憤の全てをアインはその木に叩きつけた。
はあ、はあ、はあ……。
そしてようやく激しい感情が収まり始めたのか、体力が尽きたのか、だらり、木剣の剣先を地に降ろす。
しかし、収まったかに思えた感情は、少年の中で消化しきれず腹の底でぐるぐると渦巻いている。
脳裏に鮮やかに浮かぶのは、「女狐」の子どものくせに、髪とその目に
最初に会ったのは帰ったばかりの頃。あの時は久しぶりの父との再会に頭がいっぱいで、それと同時にあの女とその子供に自身の存在を見せつける事で優越感を満たす事で満足していた。それなのに、
ぎりりっ
悔しさに歯を食いしばる。
「僕はウィスタリア家の後継ぎだ。
あいつらよりも偉くて大事にされて当然なのに、父上やクロードだけでなく、クロフォードまであのチビばかりを可愛がる!」
そればかりか父すらあの赤ん坊に関わる事をアインに強要するのだ。
その時の肩に載せられた父の手の温もりと共にセリフが脳裏に甦る。
『ごらん、リズはまだ小さくて弱いから、リズより強いアインが守ってあげなきゃいけないよ』
「っ!」
それと同時に目が合った瞬間に浮かべた
「くそっ!!何が「リズ」だっ!!あんなのチビで十分だ!!
あんなチビ!さっさといなくなればいいのにっ!!」
ざわり
瞬間、木々がざわめいた気がして我にかえる。
そうすれば、また浮かぶ青と笑顔。
「っっ!!!」
腹の底のぐるぐるが、胸にまで込み上げる。
「くそっ!!」
アインはその場で吐き捨てて、屋敷に向かって走り出した。
*
「お戻りですか、坊っちゃま」
屋敷に帰るとクロフォードが彼の部屋の前で笑顔で出迎えた。
その顔に苛立ちを覚えたアインはわざと無視してクロフォードの前を素通りする。
クロフォードがリザレットの味方だと思うと収まりかけた腹立たしさが再び込み上げると同時に無性に泣きたくなった。
やっぱりいなくなればいいんだ、あんな奴!
こみ上げそうになる涙を堪え、クロフォードを拒絶するように自室の扉を乱暴に閉める。
「感心しませんね」
すぐ背中で聞こえた声に心臓が飛び出しかけた。
振り返れば、どうやって入ったのか、扉の内側にクロフォードが立っていた。
「お嬢様へのご挨拶はお済みになりましたか?」
その問いに、思わず飛び出しそうな罵倒をぐっと飲み込み、クロフォードに背を向けた。
「……あいつ、嫌いだ」
アインの零した本音にも、クロフォードの表情は変わらなかった。
「どの辺りが?」
「何にもできないクセに、みんなにチヤホヤされて、父上だって…」
クロフォードの溜息が聞こえ、歯を食いしばる。
「馬鹿だ馬鹿だと思っておりましたが、ここまで馬鹿だったとは…」
「なっ…!」
「よいですか?」
言い返そうとしたアインの顔に、クロフォードの端正な顔がずい、と近づく。
「何もできないからこそ、気にかけるのです。それはお嬢様だけではありません。かつてはあなたもお嬢様と同じように『何にもできないクセに、みんなにチヤホヤされて』いたのです」
「う、うるさいうるさいうるさいうるさーい!!黙れ!!」
クロフォードがこれ見よがしに溜息をついてくる。
「頭を冷やしなさい」
「誰に向かってそんな口をきいている!」
「あなたですよ、アインハルト坊ちゃま。それなりの無礼に関しては旦那様からのお許しは頂いております」
そう言われてしまえばアインも黙らざるをえない。
父上からクロフォードがアインハルトの教育係になった事を聞かされたのは、この屋敷に帰ってすぐの事だった。
手合わせと称して徹底的に痛めつけられたのは記憶に新しい。
そしてそれを笑いながら見ていた
ぶり返した感情を持て余し、アインはクロフォードを部屋から無理やり追い出し、ベッドに飛び込む。
「みんなみんな大っ嫌いだ!!」
(それもこれもみんなアイツのせいだ!)
今に見てろ!
アインは騎宿舎に戻されるまでの日にちを頭の中で数える。
前の休みの時はギルバートが忙しいという理由で休みが終わるのを待たずに返された。
だが、今回はギリギリまで居て良いといわれている。
その間が勝負だ。
アインハルトは学友から聞いた自慢話を思い出す。
財産を狙う後妻を追い出した話や庶子の身でありながら、身分を嵩に着る腹違いの兄弟を如何に出し抜いたかの話を。
彼らの話の中では彼らが常に正義だった。
自身の正しさを証明するのだ。
アインハルトの中では既に後妻とその子どもは悪に位置づけられていた。
「あいつよりも僕の方が大事なんだって事を思い知らせてやる!!」
そうしてアインハルトは、いかにして自身が如何に正しいかを証明するかと考えを巡らせるのだった。
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