第34話 いもうととあに

トン、トン、トン…


綺麗に整った指が机を叩く。


その音を聞きながら、アインは絨毯の長い毛足を見つめていた。


トン、


机を叩く音が不意にピタリと止んだ。


「アイン」


「…はい」


いつもは大好きなその声に、思わずぶっきらぼうに答えてしまう。


「お前は、何をしたか解っているのかい?」


「………」


自分の仕出かした事は解っている。

けれど、自分の仕出かした事がどういう結果を招くのかは解っていなかった。


だから、少年にはその問いに答える事ができなかった。






 どうもこんにちは。


 多大な反省を生かし、精神的にちょっぴり大人になったリザレットです。


 ちゃんと自分の名前を反芻するくらいには覚える事ができました。

 おしゃべりはまだまだです。


 それも偏に万能執事のクロフォード君のお陰です。因みにクロードさんは「超」万能執事さんです。はい。


 それはさて置き、私の生活の中に時折クロフォード君が入ってくるようになりました。と言っても義兄あにが「きしゅくしゃ」なる所に帰る (?)までの期間限定ですが。


 何というか、父とはまた違ったイケメンっぷりと父にはないフレッシュさがあるものの、こちらを見る時の暗澹とした瞳が何もかも台無しにしています。


 クロフォード君はどうやら子供が大好きなようで、義理の兄あにのお世話の合間を縫って会いに来てくれているようです。兄のお世話の疲れも微塵も見せず、満面の笑顔で私の世話を焼くクロフォード君。さすがプロ。なんとも頭が上がりません。


 そんな私をあやすクローフォード君を父が偶に部屋の入り口の陰でハンカチ噛み締めてギリギリしてたり、それを連れ戻すクロードさんがこっち見た途端に父を掴む手がギリギリしてたりとか。まあ、クロードさんの言いたい事は、「娘にばっかりかまけてないで仕事しろ!」って所だと思います。

仕事をほっぽり出して覗きに来る父に、クロードさんも苦労しているようです。


 ええ。何はともあれ平和です。

 今のところは。


 というのも、ハンカチギリギリしながらこちらをコソコソ伺う父を更に物陰から親指の爪をギリギリ噛み締め見つめる兄の発見情報がちらほら。


 ほらそこ!引かないの!


 生まれて間もない赤ん坊に親がかかりっきりになる事も、それに嫉妬する「おにいちゃん」もよくある事だと思います。


 思うのデス。が!


 如何せん、相手は腹違い。抱く嫉妬も種類がかなり違います。


 なので、父に連れられて来る義母兄の表情の歪みっぷりがもうすごい。

 本人は隠し切れてるつもりだろうが、もうバレバレ。


 それでも一応は家族なのです。

 曲がりなりにも「兄」なのです。

 身体は生まれて間もないながら、中身は大人な私なのです。

 そこ!前に泣いたとか突っ込まない!

 相手は年相応の10歳児。

 ならば、私が彼に譲ってやるしかないではないか!!


 おっと、私は大人、私は大人。

 びーくーる、びーくーる!!


 ふう、落ち着いた。


 とは言え、まだまだ理性よりも感情に左右されやすい私。あからさまな悪意に拒否反応を示す本能。恐怖よりも怒り、腹立ちが先に立つのはきっと「私」がからだ。だけれど、そんな敵意を私が素直に出せば、益々険悪な空気になるだろう事は火を見るよりも明らかだ。結論として、私は持ちうる理性を総動員する事にした。


 大人の意地とか、そんなんじゃないんだからね!!

 か、家族円満の為なんだからね!!


 感謝しろよ!お兄サマ!!普通の赤ん坊だったら即泣き出すくらいの顔はしてたんだからね!


 私は全身全霊を持ってにっこりと笑いかけてやった。すると兄の表情があからさまに大きく引きつったかと思うと、ぷいとそっぽを向き、父の制止も振り切って、部屋を走って出て行ってしまった。



 ふっ…


 勝 っ た ! !



 去り際に見た、怒りの為か、悔しさの為か、真っ赤に染まった耳。

 一人勝利の余韻に浸っていると、アンナさんがひょっこりと顔を覗かせた。


「あらあら、ご機嫌ですわね、お嬢様」


「あい!!」


 私はアンナさんに抱っこをせがみ、ふと、我に返った。


 あれ?なんの勝負だったっけ?


 私はアンナさんの胸に頬を寄せる。巡らせようした思考はとろりと溶け、今まで抑えていた本能が疲れと休息を訴える。


 ま、いっか。


 襲い来る眠気には勝てず、私は思考を放棄し、本能に身を任せた。

 まだまだこの身体には多くの休息が必要らしい。

 私はアンナさんの胸に顔をうずめ、心地良い眠りについた。


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