第33話 教育方針
ザッシャーーーー・・・
背中から逆方向にものっそい勢いでスライディングする青い髪の美少年。
「クソっ!!」
「言葉が汚いですよ、坊っちゃま?」
そして、安定した姿勢で長い足を爽やかな笑顔で下ろす黒髪の美少年。
まあ、ぶっちゃけて言うと、剣を構えて襲いかかるお兄ちゃんをクロフォード君が片脚一本で返り討ちにしちゃったの図。
「あう…」
「まあ、リズ、お口を開けっ放しははしたないわよ」
そしてそんな光景をご機嫌で見守る母とその膝の上で呆けた顔で見つめる私。
そんな私達に向かって手を振る輝くスマイル、プライスレスなクロフォード君。
その背後で木剣を握り直し、むくりと起き上がる兄の眼はヤる気に満ちている。その足が地を蹴り叫ぶ。
「坊っちゃまと呼ぶな!!」
そんな兄の木剣は背後を振り向きすらしないクロフォード君にアッサリと躱された挙句、実に綺麗な所作で足元を掬われて、今度は顔面からスライディングした。
何処も汚れた様子のないクロフォード君は自分の服を払って眼だけを兄に向けた。
「まだまだ『坊っちゃま』ですよ」
「あぶぅ」
あらあら、と呑気な声をあげる母の胸に私は思わず顔を埋めた。
だって、すんごい痛そうなんだもん。
だから私は知らなかった。
クロフォード君が「ざまぁ!」と言わんばかりのドヤ顔でお兄ちゃんを見下ろしていた事を。
*
時は少し遡る。
クロフォードはある部屋の扉を叩いた。
「入りなさい」
「失礼致します」
穏やかな声に促され部屋に入ったクロフォードは声の主に
「お呼びにより…」
「うん、そう畏まらなくてもいいよ」
「そう言う訳にはまいりません」
クロフォードはやんわりと断り、顔を上げる。
この館の主たるギルバートの隣で祖父が変わらぬ笑顔の下でこちらをしっかりと観察しているのが分かるだけに、未だ経験の足りないクロフォードは下手を打てない。
そんな水面下での事情を察したギルバートはチラリと隣に立つ執事を見ると、小さくため息をついた。
「話というのはね、クロフォード。君にアインの教育を任せたいと思うんだ」
ピクリとクロフォードの眉尻が僅かに跳ねた。
「と、申しますと?」
「うん、鉄は熱い内に打てと言うだろう?」
「打って、宜しいので?」
「頼むよ」
「打ち方を間違って
「その辺りは信用しているし、その時はその時だよ。その程度でダメになるならウィスタリアの当主なんて任せられない」
「若輩者には勿体なきお言葉です。しかし…」
クロフォードの口元に苦笑が浮かぶが、その眼には確固たる意志がある。
それを困ったように見つめる青い瞳が不意に細く眇められる。
「そうだね、それじゃあこうしよう」
ウィスタリアの当主は知っている。
彼が息子をほぼ見放している事を。そして、新たに仕えるべき存在を見定めた事を。
時間をかけた説得は悪手。クロードに任せてもいいが、将来性のある彼には気持ちよく仕事をこなしてもらいたい。
ギルバートは彼の眼に映るように二本の指を立てて見せる。
「アインの教育期間は2年。その間に結果が出たなら、リズの専属執事にする。というのはどうかな?」
主人の言葉にクロードとクロフォードが同時に揺れた。
こういうところは祖父孫揃って本当に分かりやすいのに、と面にはおくびにも出さずに内心苦笑する。
「旦那様、僭越ながら申…」
「承知致しました」
クロードの言葉を遮り、クロフォードは深々と頭を下げた。
ピッシャーン!!
部屋の中で雷鳴が轟いたような気がした。
「決まりだね」
ギルバートはその空気を無いものとしてにっこり笑う。
「遠慮なくやってくれ」
「宜しいので?」
「構いません」
クロフォードの問いかけに答えたのは当主たるギルバートではなくクロードだった。
困惑を見せるクロフォードにギルバートは苦笑する。
「私もクロードに散々打たれたクチだからね」
「……」
クロフォードは笑顔を崩さず押し黙る。
ギルバートは昔を思い出しているのか、しみじみと語る。
「子供な分、こっちは大人相手に手加減はしなかったからねぇ。お陰で何回か死にかけたよ」
はっはっは…と呑気にギルバートは笑う。
「いやぁ、旦那様相手に手加減は非常に難しゅうございました」
ほっほっほ…と
二人の間でどのような攻防があったかは非常に気になるところではあったが、ここでのそれについての詮索するような余計な発言は控えた。
その判断を下せるだけの優秀な従者である故に。
「まあ、頼んだよ。あの子がこちらに居る間は私もできる限りの事はする」
「畏まりました」
クロフォードは恭しく頭を垂れた。
「クロフォード」
「はい、お祖父様」
クロードの眉尻が僅かに上がる。クロフォードは遇えて「家宰」ではなく「祖父」と呼んだ。その意味する所を正確に捉えたクロードは笑みを深める。
「後で部屋に来なさい。ウィスタリア家における教育係としての心得を教えましょう」
「はい、お祖父様」
笑顔で不穏な空気を醸し出す両者の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
「まあ、程々にね」
どうせ聞こえてないだろうけどね、とひとりごちる主の声すら二人の耳には入っていなかった。
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