第32話 とある執事の結論 後
と、
がさり
「はうっ」
どさり
「おぶ!?」
突然の物音に腕の中でお嬢様が私の服を掴み、身体を強張らせる。
ぽん、と小さな背を叩いた手は、お嬢様の意識を私へと向けさせるには十分だったようだ。
コソコソとこちらを隠れて盗み見ていたのには気づいていた。
こちらを害する意思もなさそうなので放置していたが…。
(やれやれ)
茂みからはみ出すように倒れているのは紛れもなく我がウィスタリア家のメイド。
お嬢様の身の回りのお世話を言いつかっていながら、それを疎かにした2人の内の1人。
(名は確か、ミラと言ったか…)
お嬢様を怖がらせないように笑顔で目を合わせる。
「そろそろ日が傾いて参りました。お部屋に戻りましょうか、お嬢様?」
「いぃ、あうっ、ば…」
お嬢様はと言えば、かなり気が動転しているようだ。
折角お嬢様が落ち着かれたというのに、そのお嬢様の気分を乱すとは万死に値する所業。先ほどのお嬢様への失態と相まって殺意が芽生える。
「戻りましょうか、お嬢様?」
「あ、あい…」
どうにか落ち着きを取り戻したお嬢様が頷くのを見て立ち上がる。
「じゃあ、行きましょうか、お嬢様?」
「あい?」
聡明なお嬢様は私の言わんとする処も察して下さったらしい。
抱き直して歩き出す。
もちろん、お嬢様に何かあっては一大事なので、頭を胸にしっかりと固定する。
途中、繁みからはみ出したまま、気まずさに起き上がれないであろうメイドの身体を踏み上げ、踵に力を入れ、捻りを加え、お嬢様のお目汚しにならぬよう、繁みの中へと蹴り飛ばす。「ぐふぅっ」という呻きと共に茂みの陰に戻った事を確認する。つま先が鳩尾に入ったのはたまたま。ただの偶然。
「おや、失礼」
仕事しろや、クソジジイに言いつけて給料さっ引くぞ、などという汚い言葉は使いません。ええ、使いませんとも。
けれど、そのくらいの意味を込めさせて頂きました。
しれっと言いつつ笑顔を向けますが、返事がありません。
どうやら、後でお仕置きが必要なようです。
お嬢様が身じろぎなさったので、抱き方を変える。
これでお嬢様が後方をご覧になってもお目汚しになるものはありません。
お嬢様がじっとこちらを見上げていたのでにっこり笑うと、お嬢様も笑い返してくださいました。
実に愛らしい。
お嬢様のとてつもなく愛らしい笑顔に癒され、前からの気配に顔を上げれば顔を真っ青にさせたメイドが走って来るのがわかりました。
お嬢様の身の回りのお世話を言いつかっていながら、それを疎かにした2人の内のもう1人。私に気付いたメイドが私の前で立ち止まり、頭を下げる。
「アンナ、でしたね」
「は…っ、はい!!」
声をかければ、伏せた青い顔の下でキョロキョロと目を彷徨わせているのが判ります。ふむ、こちらは己の失態を理解しているようなので良いでしょう。
「
「かっっかかしこまりぃっました!!」
にっこり笑かければ、今にも泣きそうになりながら、更に頭を下げるアンナ。背を向ければ、バネ人形のような反射を見せて遠ざかる足音を耳にとらえながら、お嬢様のお部屋へと向かう。
「だう」
「何ですか、お嬢様?」
私はお嬢様に笑顔で問い返す。
「うぅぶっ、あうあ」
何事かを一生懸命上目遣いで訴えるそのご様子に、うっかり、このクロフォード、本当にうっかりお嬢様のお世話に専念したいが為にクソお坊っちゃまを闇に葬ってしまおうかと思ってしまいました。
そんな私事は置いておいて、賢いお嬢様は先ほどのメイド達の事を憂いてらっしゃるのでしょう。
「お嬢様はお優しいですね」
本当にあのクソお坊っちゃまと半分とはいえ、血を分けていらっしゃいますか?
歩きながら程よい力加減で背を叩く。
ええ、分かります。
お嬢様は躾のなってにないメイド達に不安を覚えていらっしゃるのですね。
どこに出しても恥ずかしくない、ウィスタリア家に相応しいメイドであって欲しいのですね。
つまりは愛の鞭ですね。
お仕置きだけではなく、減給いたしましょう。
そう思い至り、お嬢様を見ますと、言いたい事が伝わった事に満足されたご様子で私の胸に頭を預け、瞼がそろそろと降りてまいりました。
お嬢様をベッドに寝かしつけ、ライラ様と奥様への挨拶も終えると、長旅からの疲れもあるだろうと旦那様からもお言葉を頂き部屋へと戻りました。
明日は減給も含めた「お仕置き」の内容を家宰様と相談する事から始めようと思います。
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