第27話 隔たりと温もり 2

予定よりも幾分早めに屋敷に到着すると、家宰たるクロード様が出迎えに現れた。


柔和な態度を変える事なくアイン様を部屋へと案内し、俺は家宰様クソジジイの部屋へと通される。


「坊っちゃまのご様子に変わりは有りませんでしたか?」


「相変わらずですよ、お祖父様」


俺はジジイの聞かんとする意味を正確に汲み取り、ため息を吐いた。


「そうですか…」


ジジイは家宰の顔で思案に暮れる。


「ところでお祖父様」


「なんですか?」


「あの坊っちゃまのお世話、他の者に代わって貰えませんか?」


「駄目です」


即答だった。


「お前以上に優秀な者はここにはいません。特に旦那様からのたっての頼みですから」


俺はやれやれ、と肩をすくめる。

実力を買って貰えるのは有難い事だが、今回に限っては有難くない。

俺以上、もしくは俺並に優秀な人間は、と考えて一人思い当たるが残念ながここにはいない。こんな事なら他家ヨソを紹介するんじゃなかったと後悔する。

いっその事、転職でも、と考えた矢先。


「言っておきますが、仕える家を替える事は許しませんよクロフォード」


ニコニコと笑顔で圧力をかけて来た。


「はい。心得ておりますともクロード様」


ふふふ、と笑い返しながら圧力を押し返す。


ピシャーン!!


雲一つない晴天にも関わらず、何処かで雷が鳴った。


コンコン、


その緊迫した空気を破ったのはメイドのノック音だった。


「入りなさい」


「失礼致します」


ジジイが柔和そのもので促せば、先程坊っちゃまの世話を任せたメイドが困った様子で現れた。


「どうしました?」


「それが…、坊っちゃまが、これから旦那様にお会いになると…」


ジジイの眉が僅かに跳ねた。


俺の胸にを嫌な予感が過る。


「今はお嬢様のお部屋である事は」


「はい、申し上げました!そうしましたら、奥様へのご挨拶も兼ねると…」


俺は顔を覆い呻いた。

何処まで馬鹿なんだ…。

勿論、ジジイの居るこの部屋で口には出さない。


「クロフォード」


「私が迎えに行くまで部屋に留めておくように」


「か、かしこまりました」


幾分頬を朱に染めて、メイドは足早に立ち去った。


扉が閉まり、足音が遠のくのを確認し、ジジイが口を開く。


「クロフォード、坊っちゃまは相変わらず・・・・・の筈では?」


「相変わらずの短絡的思考ですよ。今回は珍しく、足りないながらも知恵が働いたのでしょうね」


皮肉を込めたその言葉をジジイは諌めなかった。


「大方、モノの分別もわからないお嬢様と、こちらに嫁がれてようやく落ち着かれた奥様に自分が如何に愛されているかと言う事を、自分を通して亡くなられた先の奥様をまだ旦那様が愛しておられるのだという事を見せつけてやろうとでも思ってらっしゃるのでしょう」


噂に振り回され、そういった輩と交友関係を持つが故に無駄な悪知恵がついた。

時折見せる負の感情を纏った小賢しい顔は酷く醜い。


それに辟易する事もしばしばだ。

そう説明すれば、ジジイは眉間を指で抑え、首を振った。


「何とも嘆かわしい…」


「まったくです」


「そのような下賤な浅知恵しか働かぬとは…。旦那様が同じ年頃であった時など、そうとは悟らせずに周囲の大人すらドン引かせる程の事をやってのけたというのに…」


「……」


こう言う時、その詳細を聞いてしまってもいいものか判断に悩むところだ。


「まあ、どちらにしろ、その程度の浅知恵であれば、大した事にはならないでしょう」


自立を促された10歳になろうという少年と、生まれて1年程度の可愛い盛りの娘では、周囲の人間の天秤がどちらに傾くかは明らかだ。


「お嬢様の愛らしさの前では返り討ちにあうのが関の山」


実の孫の前で、初孫を語るかのような口調の、やにさがったジジイに俺がドン引いた。


爺馬鹿の顔が家宰の顔へと戻る。


「お年の割には大変物分りの良い・・・・・・・・お嬢様だ。クロフォード、お前もきちんと挨拶をしておきなさい」


「はい、クロード様」


俺は引っかかるものを覚えながらも丁寧にお辞儀をすると、その部屋を後にした。




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