第25話 静けさ…?
どこまでも晴れ渡る青い空の下、長閑な田園風景が続くその道を、ガラガラと轍が石を踏みながら1台の馬車が走る。
「……」
馬車の中から無言で一人の少年がその景色を見ていた。
青い髪に鉄色の瞳を持つ少年は外の景色を睨みながら、不貞腐れていた。
ゴトン
大きな石を踏んだのか、馬車が一際揺れ、少年の青い髪も揺れに合わせて頬を撫でる。
少年は明らかに不機嫌と判るその表情を更にしかめた。
「クソっ!」
「言葉が汚いですよ、アイン様」
苛立ちを含んだそれを諌めるのはアインと呼ばれた少年と同じ馬車に乗るもう一人の執事服に身を包んだ年嵩の少年だった。
「黙れ、クロフォード」
硬い拒絶を含んだ声音にクロフォードと呼ばれた少年は呆れと共に息を吐く。
「仰せのままに」
クロフォードは開いた書物に視線を落とす。
ガタゴトと馬車は揺れ続け、しばし沈黙が訪れる。
その沈黙に耐えきれなかったのはアインだった。
「クロフォード」
「……」
「何故答えない」
「黙れと仰ったのはアイン様では?」
「……」
アインは押し黙り、再び外の景色へと視線をやった。
「父上は…」
アインがぽつり、と呟く。
「父上は、あんな女の何処が良いのか…」
「少なくとも見た目は抜群かと」
クロフォードは書物から目を離さずさらりと答えた。
数える程しか会った事はないが、メリハリのついたボディとあの蠱惑的で華やかな美貌だけで、そこいらの派手に着飾った貴婦人すら霞んで見える。
「しかし、女狐で性悪なのだろう!?」
「噂だけで判断なさるのはどうかと」
あの
寧ろ、歪んでいるのは彼女を見るアインの目だ。
そんなクロフォードの冷めた視線に気付いたのか、アインはカッとなって口を開いた。
「性悪に決まっている!母上のアトガマに収まって、父上を誑かす女だぞ」
「
周囲の噂がどうであれ、奥方が誑かされたと言われた方が納得がいく。
でなければ、仕事に嫌気がさしたという理由だけで、建国以来、代々国の中枢に関わってきたにも拘らず、あれ程あっさりと、見事に何者にも疑問を挟ませる事なく閑職に収まったりはしない。
世間では落ち目だなんだと言われているが、それすらもウィスタリア家当主の思惑通りだ。現に「ウィスタリア」を理解する者は一様に口を噤み、囀っているのは何も知らない者達ばかりだ。
ウィスタリアの現当主はそれだけの人物なのだ。
それすらも見えていないとは…。
(当主を侮るにも程がある)
クロフォードは今度こそ大きくため息をついて見せた。
新しく迎えた奥方が身籠り、不安定な時期に入る事もあって、アインハルトが騎宿舎へと入れられて2年弱。
今年で10歳になるウィスタリア家の後継ぎは、頭は悪い方ではないが、視野が狭い。
世間の常識でいえば一般的とも言えるが、貴族社会、それも将来はウィスタリアの名を継ぐ者としては足りないどころではない。
まあ、今代当主が歴代当主の中でも頭が一つも二つも飛びぬけているという事らしいので、頭が一つも二つも足りない次期当主となると、長い目で見ればある意味つり合いは取れているのだろう。
しかし、国の支柱たる4公の一角、
現に後継となる彼を直接目にして落胆する者も少なからずいる。
それを父親の左遷が原因だと信じて疑わない素直さに、人の見る目のなさを思い知らされる。そんな素直さはいらない。と他人事ながら思わずにはいられない。
何があっても忠告は最低限にと現当主より留められているあたり、すでに次期当主として相応しいかを試されているのだが、それに気づくどころか訝しむ様子すらない。周囲の噂が彼の中では真実となり始め、これではいけないと何度か諫言を呈したが、「お前に何がわかる!」と激昂する始末だ。そんな所で子供らしさを発揮しないで欲しいと切実に思う。
ゆくゆくはアインハルトの補佐を将来的な視野に入れた世話役を家宰の命で仕方なく引き受けてはいるが、今の彼を見る限り、仕える気にはどうしてもなれない。
彼は未だに母親離れができないでいる。
故人を偲ぶ事は決して悪い事ではない。それも血の繋がった実の母であれば猶更だ。
しかし、その母親へやるせなさを義母とその娘に敵意として向けるのは非常によろしくない。
この世には母親どころか両親の顔すら知らずに育つ子供など掃いて捨てるほどいると言うのに。
クロフォードは屋敷に戻ったら今度こそ家宰に異動願いを受理してもらおうと何度目かの決心を固めた。
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