第24話 嵐の前の…?



それは数日前の事だった。


「旦那様、奥様、ご相談致したき事がございます」


私たちを前に、そう切り出したのは幾分表情に不安を滲ませたメイド頭のメアリだった。


「どうしかしたのか?」


メイドの鑑とも言える彼女の私情を表に出さない徹底振りはライラに並んで定評がある。

そんな彼女が何かを迷うようにこちらを伺う様は珍しい。


「坊っちゃまとお嬢様をお引き合わせになるのは、もう少しお嬢様がお育ちになられてからでも遅くはないのではないかと」


そう言うと、メアリはぐっと口を閉じ、頭を深く下げた。


その態度からも、こちらの叱責を受ける覚悟での発言であった事は窺い知れる。


私はシーネと顔を見合わせた。

普段は歯に衣着せぬ物言いでズケズケと痛い所を突いてくるメアリがこうまで気を使うのは、私達「親子」の問題だからだろう。


私はそっと溜息をついた。


休暇を利用して息子が帰って来る。


半年前はリズが、引き合わせる事なく休暇の終わりと共に騎宿舎へと帰した。


息子もそれに対しては何も言わなかった。

王都の貴族達バカどものお陰でそれどころではなかったとも言える。


あれから半年。

時折熱を出す事はあるが、リズも順調に成長している。

これからも風邪をひく可能性は0ではないが、をこじらせる事はないだろう。


「話を聞こうか」


困惑と不安の表情のシーネを目で宥め、先を促す。


「はい、お嬢様が順調にお育ちになられている事は私共にとっても大変喜ばしい事でございます。

旦那様と奥様のご様子、それにリザレットお嬢様をご覧になれば、難しい年頃なれど、坊っちゃまも納得される事と存じます。しかし…」


メアリは躊躇うように言葉を切る。

それは、私の隣にいるシーネを明らかに気にかけていた。


「メアリ、言ってちょうだい」


凛としたシーネの声が響き渡る。

メアリは観念したかのように口を開いた。


「っ、申し上げます。坊っちゃまは旦那様と先の奥様のお子にございますれば…」


「ええ、わかっているわ」


緊張を孕んだメアリの言葉とは裏腹にシーネの言葉に気負いはない。


わたくしはあの子からすれば、お父様を奪った悪い女ですもの…」


「いいえ!そんな事はございません!!むしろ、旦那様が奥様を…、いえ、そもそも問題はそのような些末事ではございません!!」


メアリの悲鳴に近い言葉に私達は気圧された。

とりあえず、何か余計な事が聞こえた気はしたが、気のせいにしておく。


「はっきりと申し上げます。お坊っちゃまは旦那様と先の奥様とのお子でございます」


同じ事を繰り返すメアリにシーネが何かに気付いたのか、隣ではっと息を呑む。


「フォクシーネ様におかれましては、坊っちゃまがどのようにお育ちになられたか、ライラ様を通して幾許いくばくか、お耳に届いておられるかと存じます。けれど、それも全てに於いての一端、氷山の一角…」


メアリはその場でがくり、と膝を着く。


「坊っちゃまは…大変、豪快な環境でお育ちになりました…」


隣で顔色をなくす妻。


目の前では過去の大罪の懺悔であるかのように床に崩れるメアリ。

その物言いに、逆にこちらに罪悪感が芽生える。


「加えて先の奥様がお亡くなりになり、僅か1年。フォクシーネ様が奥方として迎えられ、あれよという間に坊っちゃまは騎宿舎へ。

どう考えてもあのような繊細で愛らしく、か弱いお嬢様の扱い方など心得ているとは思い難く…」


目元をハンカチで覆い、よよよ、と泣き崩れる。

酷い言われようだが、否定のしようもなかった。


「メアリ!」


「奥様!」


妻が立ち上がり、メアリの手を取る。床で固く手を握り合う二人を前に、私は額を押さえた。


手加減を知らぬ我が息子と正確にそれを把握している我が屋敷の女達。

そして何も知らないリズ

そこから導き出される未来は容易に予想がついた。


そのとばっちりが間違いなく私に来るだろう。

しかし、その程度であれば問題はないが、息子のちょっとした扱いがリズの命に係わってこないとも限らない。


今は半年に1度、それも数日の帰省だが、成績次第では機会も日数も増えてゆく。


シーネとリズに関しては憎悪に限りなく近い複雑な表情をあらわにする息子である為、距離と時間を置く意味も込めて王都の騎宿舎へと放り込んだ。

身籠った女性が如何にデリケートであるかをメアリとライラに散々諭された事もあるが、メアリの言うように息子が弱者に対する加減を理解していない事もある。


息子アレは外面は良いし、古くから仕えてくれているメアリの贔屓目もあるだろうからか、こちらへの忠言は柔らかい表現ではあるが、彼女の言う通り、リズへの接し方は決して良い方には向かわないだろう事はわかる。

現に、騎宿舎への共に付けた者からの報告は芳しいものではない。


打てる手は打ってあるが、そも子供とは大人の思考の外に考えが及ぶ事も珍しくない生き物だ。普段以上の注意を払わねばならない。


そして妻との話し合いは息子が帰ってくる当日まで行われる事になる。





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