第22話 平穏または不穏?
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「リズ〜、おいで〜」
「リズ、こっちよ〜」
「リザレット、私に来い」
「あい!」
私は力一杯愛想を振りまき、母とエミリアさん、
今の状況を簡潔に答えるなら、
ハイハイにて家族サービスなう。
エミリアさんは家族ではないが、病気になる度お世話になっているのでサービスは必要だ。
あれから数日経ったが、不審者の来訪はない。
因(ちな)みにあのあと私は丸2日間、目を覚まさず、家族にさんざん心配をかけた。
しまいにはエミリアさんが引っ張り出される始末だ。
「リザレット!」
「あい!」
私はきゃ〜っと歓声をあげ、エミリアさんの膝に飛び付く。
いつもキリッとしてるエミリアさんが笑み崩れる様はなんとも言えず、こちらまでほにゃっと顔が弛む。
父が笑み崩れると残念な気分になるのに、なんだろうね?この差は。
エミリアさんの硬いお膝に頭を預け、ぐりぐりすると、ふいに、エミリアさんの身体が小刻みに震えだした。
なんぞ?と見上げた瞬間、
「リザレット!」
「おぶっ!?」
なんか変な声出た!?
「「エミリア!?」」
感極まったエミリアさんに力一杯抱きしめられ、父と母の叫びが重なった。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられ、肺が圧迫される。命の危険を感じた私は慌てて手足をばたばたと動かし抗議するが、全く聞いてくれる様子はない。
ちょっ!何でエミリアさんこんなに硬いの!?いや、父の胸より柔らかいけどさ!?豊かなお胸も母とは違うもの詰まってるよね!?
これ脂肪じゃないよね!?筋肉だよね!?ってか、胸って鍛えられるの!?
母は全部が柔らかいよ!?
「エミリア!?もっと優しく!!」
「そうだ、エミリア!リズはとても弱いんだぞ!!」
よもや父の口からそのような言葉が出てくる日が来ようとは…。
成長したな、父よ…。
薄れゆく意識の中でそんな事を思う。
「失礼致します」
「っぷあ!!!」
突然割って入った冷静な声と共に私は圧迫から解放された。
大きく息を吸い、吐き出す。
そして次にやる事といえば決まっている。
「ふっっっっっっ…!」
「り、りざ…」
「ふっっぎゃあああああああぁっぁぁ!!!!!!」
エミリアさんのうろたえる声を聞きながら
私は全力で泣いた。
*
「いいですか、エミリア様」
ライラのこんな声を聞くのは実に久しぶりだ。
粛々と椅子に座り、身を縮めているエミリアさんの前に教師よろしく立つライラ。
私はと言えば、母の腕の中でぐずぐずと愚図り中。
一回感情を爆発させると自分じゃ止められないんだよ。
「赤ん坊は非常に弱い生き物です」
うん、そのセリフも久々に聞いた。
最近は父も母も私(あかご)の扱い方に慣れてきた為か、ライラは静観している時が多い。
父も母もいない時や、手に余る時に限ってライラやメイドさん達が入ってくれる。
エミリアさんは息子さんがいるって言ってたし、赤ちゃんの抱き方も上手かったから完全に油断した。
「本当にすまない」
しおらしく私達に謝るエミリアさん。
「女児と男児でこれ程差があるとは思わなかったのだ。すまない!」
うん…?
その場が一瞬にして静寂に包まれた。
今、とてつもなく聞き覚えのあるセリフを聞いた気がする。
私と母とライラの視線が一斉に父に向かった。
父はその意味を知っているだろうに、きょとん、とした表情のあと、
「
とのたまった。
そりゃそうだよね?
そんな育て方されて生き残る自信ないもの。
「ただ、他人との関係には神経質な反面、身内にはおおらかなのは、どこも同じかもね」
ハハハ、と気軽に笑う父を見て、母とライラが揃って表情を引き締めた
「エミリア様…」
ライラのエミリアさんへの呼びかけは、結構な労力を要したに違いない。
そんな声音だった。
「女児、男児問わず、赤子とは弱い生き物でございます」
エミリアさんはライラの言葉の意味を正確に理解できていないのだろう。キョトンとしている。
「いや、しかし、ウチの息子がリズくらいの頃はこの程度のスキンシップで音を上げるような事はなかったぞ?」
それを聞いたライラの口元が僅かに引きつった。
そして静かに深呼吸したあと、まっすぐに、だが、何かを探るように口を開いた。
「乳母殿は何か仰いませんでしたか?」
「最初こそ口煩かったが、『さすが
ふむ、とエミリアさんは真顔で考え込む。
「………そうですか」
ライラは口を閉ざした。
表情にこそ出ていないが、声音には諦めと同情の色が透けて見えた。
「エミリア様」
「なんだ?」
「お嬢様はご子息様と比ぶれば、数倍か弱い存在でございます」
さすがのライラもいろいろ面倒臭くなったのか、エミリアさんの息子が如何に頑丈か、ではなく、私が如何に弱いかを切々と訴えだした。
私が言うのも何だが、正しい判断だと思う。
エミリアさんはライラの言葉に最もらしく頷いている。
「では、再びご懐妊あそばされた折は積極的に子育てに参加される事をお勧め致します」
「ああ、そうしよう」
貴族というのは、偉くなればなる程、自分の子供を乳母に任せっきりなのだそうだ。
ライラや使用人さん達がウチの子育て方針について、よく引き合いに出していたのを思い出す。一応ウチも貴族らしいが、父と母は私にはのびのび育ってほしいのと、やっぱり家族内のコミュニケーションを第一に考えての事らしい。
今回の事はエミリアさんにとっても良い経験になった事だろうと思う。
ライラはそんなエミリアさんに頭を下げ、それをエミリアさんが制する。
「いや、頭を上げていただきたい。聞けば、幾人もの子育てを経験されたというではないか。到らない点は多々あると思う。その際には遠慮なく言って欲しい」
ライラの口元がほんの少しだけ弛んだ。
「身に余るお言葉にございます」
ライラが再び深く頭を下げた。
父と母はそんな二人の様子を優しい目で見守っていた。
「あう"」
泣いた後なので、鼻が詰まり、語尾が濁る。
「あら、リズもご機嫌直ったみたいね」
母が笑う。
「あい"!」
その様子をにこにこと父が見ている。
「彼ら」が存在を知らせるようにふわりと額を撫でていく。
ここはとても温かい。
そんな事を思っていたら、エミリアさんが私を覗き込む。
にへらと笑い返すと急に真剣な顔になる。
「あう"?」
何か?
首をこてん、と傾げる。
「ふむ、息子もそろそろ妹が欲しい頃だろうしな」
「……」
妹限定なんですね。
その顔がパッと何かを思いついたみたいに明るくなる。
「よし!久々に
うん…?
何か今、誤変換が起きた気がする。
エミリアさんの
「気の毒に…」
エミリアさんの乗った馬車を見送りながら、父がぽつりと呟いた。
え?だれが?
私のそんな疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。
後日、仕事で超忙しいエミリアさんの旦那さんがすんごい血相変えて
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