第21話 とある暗殺者の後悔3

それはつまるところ、精霊の対価として俺が選ばれたという事なのか。と思いかけたたが、即座に否定する。あの赤ん坊が先に精霊の返還を優先させた可能性もある。

暗殺者たる者、ひとつの事象に対し、複数の可能性を想定しなくてどうする。


「相手は生まれて間もない赤ん坊だ。恐らく、気に入ったからこれがいい、と私に伝える意味もあったのだろう、その証拠にお前に刻まれた紋は私から解放されたものの丁度半分。この調子だとこちらが選んだ者より、姫に選ばせた方が良いか……」


そんな俺の様々な可能性げんじつとうひをあっさりと親父殿クソオヤジの言葉が打ち砕いた。


俺の心の内に気付いているのかいないのか、どこか愉快気に計画を立てる様は兄弟子を彷彿とさせる。


子は親を見て育つというが、あの・・兄弟子も人の子であったのか、としみじみと思う。


しかし、どれだけ現実から眼を背けようと、親父殿の言葉は絶対だ。

従わざるをえない。

俺は己の腕に刻まれた精霊紋を見る。


親父殿はあの赤ん坊が精霊に「命じた」と言った。

本来であれば人が精霊にこいねがい、定められた理と契約の元に精霊が己が使役を許すもの。その証が精霊紋だ。


コレ・・はそんなに気軽に扱えるものでは……」


「そうだ。本来はそんな雑な扱いをして良いモノらではない。そんな事をすれば、我らこそが手痛いしっぺ返しを食らう事になる。

我々と精霊ではことわりが違う。故に人と精霊は契約を以てしか繋がれない。現にお前の腕にあるそれらはお前が望めば力を貸すだろう。

だがやめておけ。何度も言うが、その精霊達には何の制限も制約も課せられていないからな」


親父殿の言葉にコクリ、と喉が鳴る。


自然、あの赤ん坊の姿を思い出す。

見た目は髪色と瞳の色さえ除けば何処にでもいる、無力な赤ん坊だった。


「あの姫はその理の枠の外にいる。お前の腕にあるそれらはあの姫の手の中でなら簡単に踊るだろう。あの姫にとっては精霊は退屈しのぎの遊び相手程度の認識でしかない」


「馬鹿な」


「残り半分はあの姫の手の内だ。今頃はあの姫に好きなように遊ばれている頃だ」


「……」


「信じられんか?」


「……いや、あり得ない事ではない、と思う」


敵意に満ちた【自由な精霊たち】を思い出す。


それを見透かしたように親父殿がひとつ頷く。


「私が契約精霊の返還を求めたときも、あの姫は契約精霊で遊んでばかりいたからな。最後は飽きてしまったようだが、気に入ったのか、結局は返還に応じはしなかった」


そして親父殿の手持ちから「二人」と交換という事になったと親父殿は改めて語り、一つ息を吐く。


「あの姫にとっても悪い話ではない。あの屋敷は最近やっと落ち着いたようだが、隙を狙いに来る者が多い。

不審な者が近づけば、その者らから姫を隠し、守っているようだが、【自由な精霊たち】も万能ではない。

姫を攫ってあの地を離れてしまえばアレらも無力だ。その「地」と契るが故にな。

さて、先ほどの続きだが、私はお前らの中から・・・・・・・二人選ぶつもりでいたが、姫は一人はお前が良いと言ってきた」



親父殿はにやりと笑う。



それを目にした瞬間、俺の中で警鐘が鳴り響く。


「本題だ。その紋と2年の意味だが、精霊が意に添わぬ者と共に居れば、人側に支障を来たす」


俺は訝しみながらも頷く。


契約とは両者の同意あって初めて成り立つものだ。身の丈に合わぬ精霊を縛る事ほど愚かな事はない。しかも、俺の腕にあるのは代々、かの「名」と共に暗殺者に受け継がれてきた年季の入った契約精霊だ。親父殿相手に歯も立たぬ俺ではつりあい・・・・がとれる筈もない。


「が、お前なら2年は持つだろう」


笑いを収めた、親父殿の目は俺を試すかのよう。


「その精霊の手綱をあの姫はほぼ手放した状態にある。今の状態であれば、私がそれらを外し、わが身に戻す事は容易い。が、良い手駒・・・・を差し出す事が姫への条件だ。約束は約束なのでな。ソレをお前から解かぬまま、お前を仕込みなおす」


「!」


「今までのような手加減はない。だからお前も死ぬ気で生き残れ」


「……」


思わず返す言葉を失った。何とも矛盾した台詞だが、そうでもしなければ生き残れない。しかし、死ぬ気になっても生き残れる気がしない。


それはつまり、俺に死ねという事か…。


俺は思わず虚空を見つめた。


こんな稼業だ。いつ死んでもおかしくない。

それ位の覚悟はしてきた。


捕まって拷問に掛けられる覚悟もある。この腕にあるのは親父殿の契約精霊だ。己の失態故に精霊に殺されても不運の一言で片がつく。


しかし、親父殿の『仕込み』に耐える覚悟ははっきり言って、ない。


一度は通った道ではあるが、2度と通りたくはない。


『仕込み』と拷問。


どちらかを選べと言われれば、俺は喜んで拷問を選ぶ。


そのくらい嫌だ。


絶望に俺の目の前が黒く染まる。



(それと言うのも…)



俺は青い小さな生き物を思い出した。


俺の指を掴み何の気負いもなくへらりと笑う赤ん坊の顔が脳裏に浮かぶ。



「……」



甦る心の奥に走るむず痒さに目を瞑り、俺は獄界の釜に足をかける事を選んだ。



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