第20話 とある暗殺者の後悔2

「殺気を仕舞え」


身構えた俺の背に掛かったその声に肩が跳ねた。


「親父殿…」


「その呼び方は…まあいい」


では師と呼べと言われていた事すら頭の外にあった事に、俺はそれでも気付けないでいた。


親父殿は目の前のそれらに目を向ける。


「こんなモノらが護衛では私でも攫うのは難しい」


「出来ない」とは言わない辺りに親父殿の実力の底知れなさを実感する。


「ウィスタリアの姫に敵意も害意もない事を示せば「彼ら」も怒りを収める」


「……」


【自由な精霊達】の敵意に満ちたこの場でそれをするのは難しい。


それでも俺は目を閉じ、殺気や害意に反応する本能を抑えこむ。


それに合わせて【自由な精霊達かれら】がじわじわと解けていく。


しかし、俺に対する警戒心は消えていない。


そんな様を師は静かな眼差しで見ていた。・


その場は第三者たる親父殿によって取りなされ、収められた。


親父殿に連れられ戻った住処で待っていたのは、猫を思わせるキラキラした瞳に、好奇の色を隠そうともしない兄弟子の洗礼だった。


「バッカじゃねーの、オマエ!!」


「……」


ぎゃははと見た目を裏切る笑いを上げながら、こちらを指差す兄弟子。


『好奇心、猫を殺す』という、遥か東の国の言葉を思い出す。


どうかこの猫あにでしも殺してくれないだろうか。


つい、本気で知りもしない東国の神に向かって心中祈りを捧げてみる。


「オヤジと取引した赤ん坊だぜ、マトモなワケねーじゃん」


あの・・親父殿が赤ん坊に主導権を握られるという事実がそもそもおかしいだろう」


俺がそう言えば、兄弟子は、大きく目を開き、次いで呆れと共に溜息を吐(つ)いた。


「オマエ本っっ当にバカ」


「なっ!?」


「オマエがココに来た時に俺言ったよな、『あの・・オヤジに拾われた以上は常識ってツくモンは全部捨てろ』ってよ」


思わず返す言葉が出ず、ぐっと詰まった。


「…言われた…」


渋々と肯定すれば、兄弟子の瞳がするりと眇められる。

それは先程迄の事態を愉しむ者の瞳ではなく、後輩かくしたに忠告を与える者の瞳だ。


こういう時の兄弟子は苦手だ。


「ソレはオヤジに対してじゃねぇ。オヤジ関わる全てにだ」


「……」


返す言葉もなかった。


親父殿の下で生きる事を決めた以上、常識などない・・・・・・


そんな事は解りきっていた事なのに、解っていたつもり・・・でいた事に、兄弟子の言葉にたった今気付かされた。俺は恥じ入るしかない。


「よもや、兄弟子に諭されるとは…」


「オマエの落ち込むトコロはソコかよ…」


「他に何があると?」


そう問えば、呆れの混じった溜息が帰ってきた。


「オマエって、本っっ当に変なトコロがマジメだよな…」


だからほっとけねーんだけどさ。


という、何とも有難くも厄介な言葉を残し、兄弟子は去って行った。


この様子を傍観していた親父殿が苦笑を漏らす。


「……」


何ともいたたまれない。


「2番目」


兄弟子の姿が部屋から消えると親父殿に手招きされた。


「腕を見せてみろ」


俺は黙って精霊紋の刻まれた腕を差し出す。

俺の腕を取った親父殿の手のひらから、何かが流れ込む。


「ふむ…」


暫くじっと腕に目を走らせていた親父殿の口元が不意に緩んだ。


「親父殿?」


思わず訝しげに親父殿を見上げる。


「理解していたつもりだが、我々が守り、代々継いできた精霊もあの姫の前では所詮手遊びの道具オモチャに過ぎんか」


言葉の意味が理解できない。


親父殿の愉快げな様子に俺は益々首を傾げる。


「あの姫はお前を気に入ったか」


「何の話だ?」


思わず眉間に皺が寄る。


くつくつと喉の奥で笑っていた親父殿は耐えきれないとばかりに声をあげて笑った。


今、俺の預かり知らぬ所で俺自身の問題が動いている事だけは理解できるだけに、狐狸コリに化かされているような気持ち悪さが腹の底を這い回る。


「親父殿…」


「まあ、昨日の今日だ。そう・・思われても仕方ない。しかし、あの小さな姫も気が早い」


「それはどう言う…」


意味かと問うより早く、親父殿が二本の指を俺の目の前に突き付けた。


「2年だ」


「は?」


「2年以内にこの紋を刻むモノらにお前を認めさせろ」


「それは…」


「この紋に|何の意味もない(・・・・・・・)」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だ。コレにお前を縛る力はない。逆にお前にコレらを縛りつける力が働いている。あの小さな姫の意思はそこまでだ。例え、お前が契約に同意したとしても、



「そんな事があり得るのか?」


精霊との契約とは、そう簡単なものではない。


「契約ですらないのだ。これはからお前に紋を刻んだに過ぎん。剥がそうと思えばいつでも剥がせる」


そう言って俺の腕を握る手に力を籠めれば、俺の腕の精霊紋がふわり、と浮き上がる。


「さて、姫と取り決めたこの精霊を返して貰う算段についてだがな」


親父殿の言葉に不穏な空気を感じ、思わず身を引こうとしたが、俺を掴む手はびくともしない。


二人で手を打ってもらった。」


「確かに、命じろとは言ったが……」と何やら珍しいものを見る目で俺の腕を見る親父殿の言葉に一気に気が遠くなった。


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