第7話 つかのま


私は日本で生まれ、日本で生き、

30代という働き盛りの真っ只中、日本で死んだ。


私は日本という国を覚えている。


テレビでしかみた事のない海外の景色や文化の事もしっかり覚えている。


けれど、今いる場所は明らかに日本ではないし、「私」の知る世界のどこでもない。


言語も「私」の知るそれとは全く違う。


何よりも明らかに違うのは、髪の色。


「私」の生きていた世界、過去の時代においても染めたものならともかく、地毛で青や緑の髪色は存在しない。


文明水準もそれほど高くはない。


ここにはテレビも携帯電話もなにもない。


けれど、不可解なものはそこかしこに「いる」。


「それ」が恐らく電気やガスといったものの代わりに人の生活に根付いている。


時に灯りとなり、火を起こし、水をつくり出す。


命じられるままに生活を助ける「ソレ」らにも意思はあるようで、従う人間を選んでいるように見える。


時折「ソレ」らは退屈する私の気を紛らわせ、時に私で気を紛らわせる。特にどうやら私の髪と目を気に入っているようで、ひとしきり髪をぐちゃぐちゃにして、至近距離でこちらを覗き込むと気が済んだら去っていく。

まあ、髪はまだ少ないからぐちゃぐちゃと言っても気づくのはライラくらいだ。


「あらあら、ずいぶんと気に入られましたのね」


と口元に小さな笑いを乗せて髪を整えてくれる。


母は不思議そうに首を傾げるだけだったが、ライラはアレらに心当たりがあるらしい。


「だーう?」


と尋ねてみれば、


「もう少し大きくなってからに致しましょう」


と返ってくる。


もう言葉を覚える必要ないんじゃね?

などと思うのだが、如何せん、会話が成り立っているのはライラだけであり、その次に成り立つのは母だ。

私の「世界」はまだまだ狭い。


「あい」


と返事をすれば、いい子ですね、とライラの大きな手に撫でられる。


こんな時、母はこちらを見てちょっと拗ねてみせる。


「リズを産んだのは私なのよ」と。

そしてライラは苦笑しながら「心得ております」と答えるのだ。


拗ねた母は少女のように可愛い。

本気を出せば、妖艶な美女にもなる母だが、私は今の母が好きだ。


何とも不思議で未知の世界だが、こんな穏やかな日常を過ごせるなら悪くはないと思う。


最近は色々なものに興味を持つようになった。


着実に成長している証だ。


言葉を覚える日が待ち遠しい。


喋れるようになったら、まず言う事は決まっている。



産んでくれてありがとう

愛してくれてありがとう



にへら、と顔が緩む。


「あらまあ、淑女レディーがだらしないお顔」


覗き込んだ母に鼻を摘ままれる。


「あぶぅ」


不満の声をあげればクスクスと笑う。


こうやって、穏やかに1日が過ぎてゆく。


最近は睡眠時間や食事を含めて生活リズムが整いつつある。


くあっと欠伸が漏れる。


そろそろおねむの時間だが、まだ早い。

父がやってくる頃合いなのだ。


父は私を初めて抱き上げた一件以来、ぎこちないながらも抱いてくれるようになった。


まず母に土下座をして、私を抱き上げる。

その度に私が父に笑顔を強要する。


それがないと、最近はどうも落ち着かない。


が、眠い。


今日はひょっとしたら、父の方が遅いのかもしれないという事に思い至る。


この小さな身体には、まだまだ睡眠が必要だ。


今日の日課が未消化なのは仕方ない。

今日のノルマが未消化な分、明日は完璧な笑顔を強要してやろう。


そんな事を思いながら、私は意識を手放した。











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