第5話 娘と父と


ごろり


勢いをつけて転がってみる。


「あうぶ」


よし!


うつ伏せの姿勢から再び勢いをつけて転がろうとするが、中々うまくいかない。


だんだん頭を支えるのがしんどくなってくる。


足や手の力はまだまだ弱い。


ぽふり


顔をベッドに埋める。


くるしい


しかし、うつ伏せの危険性は若葉マークの両親と一緒にライラ先生から学んだので、そこらへんの防衛意識はバッチリだ。


多分。


ちょっと休んでから顔をあげよう。


そんなことを考えていたら、近くで絞り出すような悲鳴が聞こえた。


「おぶ?」


何ぞ?と思い、顔をあげようとしたら、身体が宙に浮く。


「リズ!!」


仰向かされれば、真っ青な母の顔。


「あぶ!」


おはようございます。と挨拶したら、ぎゅっと抱きしめられた。


「リズ!誰もいない時にはやめてちょうだいって言ってるのに」


安堵と一緒に吐き出された言葉に


「ううぶ」


一応謝っておく。


理性ではわかっているのだが、今の私はいかんせん赤ん坊。

この身体を支配するのは環境に適応し、生きようとするための本能だ。


身体的欲求には逆らえない。

全く逆らえない訳ではないのだが、今逆らうのは良くない。


そんな気がするのだ。


最近は仕事の合間を縫ってか、はたまた母の目を盗んでか、父もよく顔を出す。


生まれた当初こそ遠慮のかけらもない扱いだったが、うつ伏せの危険性を諭されてからはこちらに一切手を出そうとはしなくなった。


いや、手を出せないという方が正しいのかもしれない。





そんな父がコソコソとまたやってきた。


そして意味もなく動く私を真剣な表情で見つめる。


そして、手を出しては引っ込めを繰り返す。


乱暴に抱き上げられ、振り回された記憶は未だ残っているが、相手もアレがキッカケで私に拒否られた挙句に大泣きされたのだ。

出せる手も引っ込めようというものだ。


仕方がないなぁ…。


溜息をひとつつき、身体を精一杯ひねる。

父の顔から血の気が引くのが分かった。


「り、リズ!?」


「あうぶ」


父の静止の声もなんのその。

よいしょっという掛け声と一緒にゴロンと転がる。


しばらく頭を上げていたが、


ぽふり


「!?」


ベッドに顔が埋まると父が息を呑む音が聞こえた。


「らららライラ!い、いや、シーネか!?」


落ち着け。

テンパりすぎだよ父。


初めましてな頃の私に対する無神経さはどこに行ったのか。


「シーネ!ライラ!」


二人の目を盗んできた事も忘れて二人を呼ぶ姿は何とも間抜けだ。


あともう一押しか…。


「あぅ…」


声をあげれば、父の意識がこちらに向き、私の背中の上でワタワタと狼狽える気配。




どうしよう




お も し ろ い ☆



な〜んて楽しんでる場合じゃなかった。


私は腕と足をパタパタと動かしてから、


ぱたり


動くのをやめた。


「りりりりリザレット!?」


ぐんっと身体が浮く。


うおぉう!


急な上昇に一瞬だけ目が回る。

焦点が定まれば、目の前にはいい年した半泣きのイケメンパパ。


あんた息子の時はどうだったの?と聞きたくなるほどの取り乱しっぷりだ。


いや、確か息子は例外だったな。


私を抱き上げた手は緊張で強張っている。


「し、慎重に…て、丁寧に…」


とかブツブツ呟きながら私を正しい抱っこの姿勢に持っていこうとする。


そして私の目の端に映ったのは、扉の隙間からこっそりとこちらを伺うメイドさん達。

そして偶に見かける、多分執事さんかな?

めっちゃ握り拳握ってコッチ見てる。


そうだよね。


いくら母とライラがいないからって、この父と二人っきりで放置はないよね。


安心した。


父は全身を強張らせながら、私を腕の中に収めるとそろりと安堵の息を吐いた。


おや?これで終わりとか思ってないよね?


「おぶ!」


「な、何か不満かい?」


ああ、不満だともさ!


「うあ!」


母は抱っこしたら必ず私に笑いかけてくれる。


そんなおっかなびっくりな目で私を見ない。


「リズ?」


私の変化に気づいたのか、私を抱く姿勢そのままに狼狽しだす。


「あい!」

い い か ら


「わうぅ!!」

わ ら え


誰かに助けを求めるように辺りをキョロキョロと見回した父は目線をこちらに戻す。私の言いたい事が伝わったのか、硬い表情のまま徐々に口の端を引き上げていき、引きつった笑いを顔にはりつける。限りなくぎこちないそれに、私は仕方なく折れてやることにした。


「あぶ…」

ふむ…。


まあ、相手は(普通の赤ちゃん相手の)新米パパだ。


このくらいで許してやろう。


おとなしく腕の中に収まってやれば、ホッとした父の顔。


私の態度を横暴と思うことなかれ。


笑顔はコミュニケーションを円滑にすすめる為の大事な手段だ。


仕事しかり、家族関係しかりだ。


それにしても、とちらり、と扉の隙間から覗くメイドさんや執事さんを見る。


あの人達を雇うだけの裕福さは持ち合わせているようだが、




ここは一体「どこ」なんだろう?












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