第44話 険しさの先に

息苦しさと硬い感触に目を開ければ、雄々しい山脈が眼前にあった。


ああ、これは夢だな。


私はなんとなく、そう自覚した。


だって、私は生まれてこの方ハイキングに行く事はあっても、このような「登山家」と呼ばれる人種が挑む類いの険しい山脈になど、行った覚えはなかった。


最近、登山家の特集番組でも見たのだろうか?

首を捻るが思い当たる節がない。

というよりも、この夢を見る前に何をしていたのか思い出せなかった。


そして同時に言いようのない不安感が胸に募った。


明日は休日だっただろうか、それとも平日だっただろうか?

それすらも思い浮かばない。


平日だとするならば、目覚めて現状を確認しなければ。

私はどういう・・・・・・状態で・・・寝てしまったのか・・・・・・・・


不安と共に焦りが募る。


目覚めなければとと焦り出した途端に眼前に「さあ、登れ」とばかりに山が迫ってくる。


私は踵を返し、必死に逃げようとしたが、何故か身体が思うように動かない。


早く目覚めなければという焦りが胸をせり上がり、喉を締め付ける。


こわい、こわい、こわい!


腹の底から湧き上がる恐怖に身体が竦み、動かない。


まるで、誰かに全身を拘束されているかのように。


ちがう、ちがう、ちがう!


私は、私はこんな……!



圧迫されて息が詰まる。



『……!!』



誰かが悲鳴をあげた。




✳︎




甲高い悲鳴に目を開ければ、硬い何かに物理的にも圧迫されていた。


「っぷはっ!」


両手を必死に動かし蔓のようなものを掴み、それを引っ張りその反動を利用して顔を上げれば、さっきのは夢でもなんでもなく、自分はやはり山登りをしていたらしい、とぼんやりした頭で考える。


しかし、何故山登り??


思考が動き出した瞬間、前フリなく全身を振り回す衝撃が体を襲った。先ほどの謎の圧迫とあいまっての酸素不足か、頭がくらくらする。


そして今度は心地よいふんわり柔らかな感触と嗅ぎ馴れた甘い匂いに包まれ私はほっと安心した。


「エミリア!リズを殺す気!?」


その声と叫びに、私は一気に現実・・に引き戻された。


「…………えみしゃま…………?」


「リズ!目が覚めたか!!」


「…………」


目が覚めるどころか、永眠するところでした。


それを代弁するかのように母の眼差しは冷え切っていた。




結果から言えば、山脈はエミリア様のお胸でした。



✳︎


どうやら私は丸一日眠りっぱなしだったらしい。


目を覚ました私は母の心地よいハグと父の暑苦しいハグを受けた。

エミリア様は3歩離れた場所でライラに取り押さえられて説教されていた。


チラチラと私もハグしたいオーラ全開のエミリア様は遠目には可愛かったです。


ライラ!その調子でエミリア様を抑えててくださいね!!


そしてここで父同様、テンション高く喜んでいるかと思われたクロフォード君はと言うと、私と目が合うとにっこりときれいな笑みを刷いて、ひとつ会釈すると何処かへお出かけしてしまいました。


一瞬、袖口で金属的な何かが反射したのが印象的です。


父に訊ねたら、これまたクロフォード君同様ににっこり笑い、「ちょっとお遣いを頼んだんだ」と、それ以上は教えてくれませんでした。


あ、エミリア様は無事に男児・・をご出産なさったそうです。


何やら再戦を誓ってらっしゃいましたが、子作りは戦じゃ、ありませんよね……?



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