第43話 とある精霊達との契約

「こーゆーびとーま!」


 私は少年の人差し指を立てた右手を両手で持ち上げ、声をあげた。

 見た目だけ・・は良い少年はどうやら嘗ての不審者さんの関係者だったらしい。私は少年の話を聞いて喜んで返還に応じた。


 年月と共にこの部屋に馴染んだ、少年が言うところの「ケイヤクセイレイ」達は未だ、時折私にまとわりついセクハラしてくる。


 本気でイラっとしたんだ。


 人外相手に人間の都合は通用しない。しかし、はっきり言うのが許されるなら、声を大にして叫びたい。


 空 気 読 め !


 そんな空気読まない彼らを引き取っていただけるならば、喜んで差し出しますとも!

 え?不審者の関係者じゃなかったら、どうするのかって?

 そんな物知りません。


 拾得物だって、猶予は3ヶ月ですよ?

 そんなもの、とっくに過ぎてるんですから時効じゃないですか。


 そんなワケで、彼に残り全部を押し付けます。


『飼ってやんよ!』


 との思いを込めれば、嬉々として、来るわ来るわ。


 こうしてみると、「自由な精霊エルブ」と「ケイヤクセイレイ」の違いがよくわかる。


「自由な精霊エルブ」はそこに「在る」けれど、「ケイヤクセイレイ」は「居る」のだ。


 気体と個体と言えばいいのだろうか。


 むう、難しい。


 まあ、それは一旦脇に置くとする。


 ついでに少年含め、危害を加えない約束を込めるのも忘れない。

 少年の言う事を要約すると、「飼ってやんよ!」の後に「その代わりに私に危害を加えるなよ」と付けたせば良いとの事。


 言われた通りに実行すれば、いつか見た、懐かしい光景が目の前に広がる。

 ただし、その時は黒と赤の色が印象的な少年だったが。

 成る程成る程、そういう使い方もあるんだな、と一つ賢くなったつもりでいた。


 後々後悔する事も知らずに。


 私の「飼ってやんよ!」に「ケイヤクセイレイ」が同意し、少年に模様が刻み込まれた時点で」との三者の間で契約ヤクソクが成立するなんて、思ってもみなかったんだ。



✳︎



 ぶわり


 少女の声に呼応した精霊が活性化するのを見て、少年は内心でほくそ笑んだ。


「1番目」にとっては、勝負にもならないそれの、「何番目か」にとっての敗北が決した瞬間だった。



✳︎


 少年は己の腕に刻まれた精霊紋を眺め、腕を振り回し、手を開いては閉じ、と、己の身体に異常はないかを確かめた。


 異常はない。


 しかし、内に在る精霊達が己を警戒し、監視しているのは解った。


 今でこそ、人間と契約した精霊は一括りに契約精霊と表されれいるが、旧き精霊達アルブズと呼ばれる精霊は希少であり、その契約は複雑である。

 契約はおろか、引継ぎ方を知るのはこの世界広しと言えど、養い親含め数える程しかいないだろう。それをこの腕の中にいる小さな子供は何の知識も経験もなくあっさりと、容易く書き換えて見せた。

 「一番目」に宿った旧き精霊達彼らの主は養い親ではなく、このウィスタリアの少女となった。


 何の手順を踏まず、たったの一声で旧き精霊達アルブズとの契約を可能にする。この事実を知るのは「1番目」とその養い親、そして「2番目」を含めれば3人のみ。ひょっとすれば、ウィスタリアの当主は知っているかもしれない。

だが、これはそこから先に広めてはいけないものだ。


 しかし、それを第三者が知った時を想像すると、自然と笑みが浮かぶ。


「一番目」は腕に浮かぶ文様に目を向ける。

 精霊の契約者が条件を付加し、他者へと刻むそれを「桎梏しっこく紋」と言う。


 己よりも上位の危険な存在を精霊の力を借りて行動や力を制限するそれは、世間一般では主に、奴隷や魔獣、重犯罪者に施される。


「2番目」に刻まれた紋には何の条件も付加されていなかったと養い親は言った。故に精霊の意思に反する事がない限り、彼を制限するものはない。だが、自由に力を操るには、の許可と旧き精霊達彼らの求める基準を満たすことが必要だ。

 命じたのはこの少女リザレットではあるが、それに従ったのは旧き精霊達彼らの意志であり、契約とは呼べないお粗末なものだ。「期間」も設けず、何の条件も意味も成さないソレに従い続ける程精霊達も愚かではない。いずれはリザレットの元に戻ろうとするだろうが、その前に養い親が手を打つ筈だ。

 養い親は「2番目」を旧き精霊達アルブズの御眼鏡に適う基準に上げるべくにかかった。

 養い親は期待通りに仕上がるなら、「2番目」に契約精霊を預けると言ったが旧き精霊達あれらが契約に足ると判断する相手は養い親かリザレットしかいない。しかし、精霊達の優先順位はリザレットだ。ならば、あとはリザレットが「2番目」に憑く旧き精霊達アルブズと契約を結べば、「二番目」は契約精霊ともども晴れてリザレットのとなる。


 養い親もそれを見越した上での事に違いない。


 生後半年でしかなかった彼女にそこまでの先見があったかは定かではないが、白紙の契約をつけたまま、養い親の元に「2番目」を返したという事実と結果がそういう事にさせた。

 「一番目」は年不相応な理性の宿った青い瞳を見下ろす。

 その瞳は大仕事を終えた為か、まどろみ、今にも瞼の中に隠れようとしている。


 今回、リザレットは実力不足もんだいがいを追い返した。そしてとして来た自分に精霊の返還を成そうとした。

 つまりは気に入った「二番目」が手に入る事で、旧き精霊達アルブズの返還基準は満たしていたという事だ。


(まあ、「二番目アイツ」一人で何番目かくした全員分の仕事はするしな)


 それを知った養い親はきっと納得しないだろうがリザレットがそう選んだのだ。ともっともらしい理由を自分の中に勝手に作る。別の何番目かくしたをわざわざ仕込んで送りなおす手間を「1番目じぶん」が行く事で省いてやったのだから、むしろ感謝されるべきことである。


 リザレットに告げた事は嘘ではない。ただ、「1番目」にとって都合の悪い事は言わなかっただけだ。そうでもしなければ、この少女は彼を追い返していた。

 この少女は理性はあっても知識が足りない。己の思惑通りに事が動いた事に「一番目」は腹を抱えて笑いたくなった。


(あとは)


「1番目」は己の腕の中で、警戒心のかけらもなく、うとうとと微睡む少女の手を握った。


「ん〜?」

「もうちょっとだけ我慢な?」


 ぼんやりと見上げる少女ににこりと邪気のない笑顔を向ける。

 己にされるがままの少女に本当に珍しく、本当にちょっとだけ心配になった。


(さてと、契約精霊共コイツらを「説得」にかかるか)


 ぺろりと唇を舐め、目を閉じ、腕に刻まれた精霊紋に意識を集中させる。


 精霊には意思がある。気難しい年寄、とかつて養い親は旧き精霊達アルブズを評した。だが、味方につければこれ程頼もしいものもない、とも。

 だからこそ納得させて契約をするのだ。

 そしてこの契約には余地がある。

 己が自由に精霊を使役できる権限を掌握する為に最初に施された契約に抵触せずに契約内容を書き足していく。


 を結ぶのだ。


  精霊紋が一際強く浮き上がり、紋様が腕に吸い込まれるように消えていく。


  精霊紋が完全に消え、少年の緑の瞳がうっすらと開く。

  その顔にはしてやったり、と言う笑みが広がっていた。








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