第2話 わかれとであい


世界が収縮を繰り返し、荒い鼓動が聞こえた。


あの優しい音が悲鳴をあげている。


くるしい、いたい、つらいと。


そして一緒に伝わってくることば


はやくでていらっしゃい。


それは、心地良いこの世界との別れを意味する。


世界が私を押し出すための収縮を繰り返す。


たびだちのときだ


はやくでておいで


私を呼ぶ外からの声


ぎゅっと押し潰されるような感覚に私は悲鳴をあげる。


くるしい

つらい

いたい


でも


あとすこし



ふいに光がさした。


あ…


世界の違いに驚き、大きく口をあけた。


今までとは違う世界。


切り離されたぬくもりとの恐怖と新たな世界へと引きずり出された歓喜に身を震わせ、私は力一杯声をあげた。


ああああああぁぁっ!!!





「元気なお嬢様ですわ」


取り上げられた子を見て女は心からほっとした。


産湯で洗われた小さな存在に恐る恐る手を伸ばす。


真赤に顔を染め、出てきた途端に泣き出した娘は今は落ち着いているのか大人しい。


泣かれやしないかしら。


疲弊しながらも湧き上がってくる子への慈愛とは別に、冷静な自分が躊躇する。


それを察した長年側付きを勤めるメイドは笑いを噛み殺しながらもそっと隣に赤ちゃんを寝かせてくれた。


今にも泣き出しそうな頬にそっと手を這わせれば、どこか安堵したように小さな手できゅっと女の指を握る。


その仕草に思わず鼻の奥がツンとなる。


初めての出産は不安でいっぱいだった。無事に産めるのか、産んだとして我が子を愛し、無事に育てられるのか。


そんな様々な感情も生まれた子を一目見て、愛しさに変わった。


女はその子がお腹にいたとき同様に語りかける。


「愛してるわ」


小さな娘は口を大きく開けてあくびした。


それが返事をしそこなったように見えたのはきっと気のせいね、と自分を納得させた女は出産を終えた安心感と疲労に身を委ねた。

すぐ隣には、女と同様に一仕事を終えた小さな娘。


ずっと見ていたいけど、瞼が重い。


おやすみな…



ばあん!!


「産まれたか!」


扉を蹴破る勢いで飛び込んできた存在に女の心臓は大きく跳ね、眠気が一気に消し飛んだ。


「ふ…っ」


耳元で聞こえた小さな息継ぎに目をやれば、すぐ側の小さな顔がみるみる朱にそまり、顔が歪んでいく。


ああああああぁぁっ!!!


火が付いたように泣き出した娘に「おお…」とか感極まったような声をあげながらツカツカと歩み寄ってくる無神経な夫に女が本気の殺意を抱いた瞬間だった。


泣き叫ぶ赤ん坊に伸ばされる寸前。


「ライラ」

「はい」


かつての自分の乳母でもあった側付きのメイドの名を呼べば、心得たとばかりに男の腕をがっしと掴む。


「叩き出して」

「かしこまりました」


ライラは忠実にこの館の主であり、女の夫たる男を問答無用で部屋から叩き出した。


扉越しの喧騒が遠ざかっていくのを確認し、未だぐずる娘をあやす。


母親としては抱き上げてやりたいのだが、正直、このどこもかしこもふにゃふにゃな生き物をライラの指導なしに抱き上げるのは危険感を抱いた。


ぽんぽん、とお腹のあたりを優しく叩き、語りかければ落ち着きをとりもどしふにゃふにゃと口を動かす。


「ごめんなさいね、無粋な父親で」


落ち着き、寝息を立て出した小さな娘に安心し、枕に深く頭を預ける。


「どうしようもない人だけれども、本当は優しいお父様なのよ…」


いつにないあの男への評価に女はまどろむ意識の中で苦笑する。


本人を前にして口が裂けても言えないけれど、良き夫であり、父でもある男だと思う。


少なくとも悪評高い女狐を周囲の反対を押し切って後妻に迎え、なおかつ大切に扱ってくれているのだ。


先妻との間にできた息子は女に対して嫌悪を抱いているものの、父親に対してはほぼ、従順だ。


女は身籠った事を知った義息子むすこの大きく歪んだ顔を思い出す。


自分の周りは夫とこの屋敷の使用人を除けば敵だらけだ。


今はしっかり休息をとってから対策は考えよう。


この子を護る為に。


女は今度こそ深い眠りに落ちていった。














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