終わりなき夜に生まれ

 

 私はあなたを招魂よばい、孕んでいるうちの一匹に憑依させた。

 盲目めいた欲求だけを残したまま、あなたの記憶は深い底へと沈んでいく。


 孕んでいるのは五匹だけれど、依代よりしろにした一匹を雌雄二体に分けてみた。

 あなたは胎内で蟹座のシンボルのように69(シックスナイン)の状態で同じ羊膜に包まれている。


 > 闇魔法、「招魂」「憑依」。

 > 闇魔法、「奪魂」「魄離」。



 男性は自分の内に女性的な霊魂アニマかくしているし、女性は自身の内に男性的な精神ガイストを抱いている。それは「魂」と「魄」、荒霊あらみたま和霊にぎみたまのようなものだ。

 中国の太極図をみると、胎児のような白い蝌蚪おたまじゃくしの頭に黒い点があり、黒い蝌蚪おたまじゃくしの頭に白い点がありって、巴形たがいちがいにくっつき合って一つの円になっている。陽の内に陰を内包し、陰の内に陽を内包するということらしい。

 雌のほうのあなたは白鬼びゃっきと名付けよう、雄のほうのあなたは黒鬼こっきと名付けよう。名前付きはよくもわるくも名に相応しい特別なものになる。

 固有の真名は力を与えてくれるけど、それを知るものに支配されかねない。だから、いつもはあなたを白鬼シロ黒鬼クロと呼ぶことにする。


 ゴブリンを妊ってから出産するのは九十六日あたり。数は三匹から六匹くらいのはばがあるみたいだ。拉致にあった母体は逃げられないよう手足を砕かれて、洞窟や縦穴式住居で汚物にまみれた苗床になり、またすぐに間を置かず妊娠させられる。三回も生めば襤褸々々ぼろぼろで使いものにならなくなって生んだ子に喰われる。

 生まれたての子に餌を与えずにいれば、母親を食い殺すか共食いをはじめる。弱いものは強いものに食われ、強いものを食ったものは一層強くなる。

 ゴブリンは六日で立てるようになり、半年で完全な成体になる。食欲と性欲が小鬼の姿をとったかのようで、他の種の雌を襲って犯すことで繁殖するけれど、まったく雌が生まれないわけじゃない。ただし、百匹中に一匹くらいだし、小さく虚弱で白子アルビノだ。大抵、幼体のうち雄に喰われるから、育ちきるのはいくらもいない。

 雄はゴブリン本来の醜さで、雌の姿は母体のほうに似る。交接そのものは出来るけれど、石胎うまずめで子を生めない。母体が人間や妖精族エルフであれば、知能が高く精霊魔法を使えるものがいて、呪術師になることがある。長は力のある雄がなるが、長は呪術師を怖れている。白い呪術師のいる群は強く、そしておそろしく狡猾だ。


 白鬼シロは白髪で額に小角おづのが一つある以外、ほっそりとした人間の少女のようにみえる。他の兄弟らを従えて小さな女王様のようだった。私が甘やかすだけ甘やかしたから彼らはそれに習ったのだ。

 黒鬼クロのほうにはまったく構わず、そこにいないみたいに振る舞った。兄弟らはあなたを虐待し、妹からは魔法の練習台にされた。力はあなたが強かったが数には敵わなかった。

 妹らは外で狩りをするが、あなたはここを出れない。だから、迷宮でうごめむしを喰う。彼らはあなたを<蟲喰らい>と嘲る。お前達のほうこそ蟲だろうと、あなたは暗い洞窟の中で怒りを溜め込んでいく。蟲を喰っていると病や毒に犯される。私は衰弱したあなたに気づかせず、死なないぎりぎりの治癒だけを施した。

 あなたは自惚れ屋で驕慢な娘になり、あなたは陰気で妬み深い鬼になった。兄弟らは食欲よりも性欲が強くなり、妹の寵を争ってひしめくようになった。

 あなたは策をもちいて、私が守護者にした蟲を倒した。あなたの体は変異し、黒い大鬼オーガになった。

 あなたは兄弟らを一匹ずつ襲って始末していく。妹を最後に残した。

 魔法も短剣も通じずに怯えながら、妹はあなたに必死で媚びる。あなたは妹の腕を肩から引き千切り、小ぶりの乳房をむしり取る。両足首を掴んで逆さに吊り上げ、容赦なくじわじわと左右に拡げていった。

 妹はあられもなく絶叫する。股と尻が裂けて片足が千切れる。あなたは妹のぶちまける血と糞尿を浴びながら笑った。

 あなたは妹の頭を囓りとる。その腰を片手で掴むと歩き出した。垂れてぶら下がった腸腑はらわたがひき摺られていく。


「オ前ハイラナイ。俺ノ欲シイノハ――」



 あなたはさらに奥へと、

 私のいる処へと向かう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る