槐の花咲く


 最初は、少女をたすけるつもりだった。

 でも、自分の狂気を抑えられなくなった。

 殺した彼女を眺めながら、私は思う。


 以前の世界で私は死んだのだろう。

 なら、私の屍体はどうなったのだろう。

 こちらで再利用されたのかというと、この体はそんな廃品のスペックではなさそうだ。

 したがって、魂だけがこちらに移され、体はあちらに残ったことになる。


 あの男は私をどうしたのだろう。

 死んでいるのに怖じ気づいて逃げたか。

 おかまいなしに犯したのか。

 どうにかして運び、人気のないところに遺棄したか。

 それとも、私が少女にしたように――。


 いまの私はなにもかも憎んでいるけれど、一番憎いのはやっぱりあいつだ。

 いつか、私を付けているようなのを気になった男。野暮ったい黒縁の眼鏡をかけ痩せて骨ばった体格で、たぶん三〇代くらい。それほどの年でもなさそうなのに薄くなった髪を七三に分けてごかまかしていた。

 通いなれた近所の公園の夕闇の中。七月の末で、白いえんじゅの花の甘い匂いがしていた。私の最後の記憶がそれだった。


 どうしてもゆるせない。ゆるさない。

 私は歯噛みして、そう思うのだ。


 この体でも世界のはざまを越えられない。

 けれど、想念だけならばできるかもしれない。

 私は思惟の糸を紡ぎ、細く長く延ばしていく。


 > 闇魔法「怨呪」実行。

 > …………。



 見付けた! 捕まえた!

 公園からほど近いアパート。傍らの庭で槐の花が散っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る