囚われの姫


「……ええ」

 わたしの応えには、躊躇ためらいがありました。

「そう」

 女の人はうなずきます。


 さきほど口でさせられていたことを思い出したくありません。忘れられるものなら忘れたい。

 でも、ねっとりとした感触と臭いが口中に残り、喉に絡まっています。わたしはもはや純潔だといえるのでしょうか?

 この男がいったように貴族の娘は政略結婚の道具です。あの馬車は四〇代の好色漢のもとに第三夫人として輿入こしいれする途中でした。

 そんなのは娼婦とかわりありません。わたしは自己嫌悪でいっぱいになってうつむきました。


「よかった、私のようにならなくて」

 そのひとはやさしく儚い笑みを浮かべて、大きくふくらんだ白いお腹の上へと、なよやかな手をおきました。

 年はわたしと同じか、少し上くらいにみえます。とても美しいひとでした。

 露わな肌は透き徹るように白く、長い黒髪だけを身に纏っていました。それは彼女が孕んでいることを隠せていません。

 山賊達に囚われて弄ばれるがままだったのかもしれません。

「いえ、ゴブリンの苗床になったのよ」

 ものうげに口にされた応えに息をのみました。酷い、あまりに酷すぎます。いくらなんでも惨いです。

「だ、堕胎できないんですか?」

 その醜くふくらんだ腹が汚らしいものに思え、わたしは吐き気をもよおします。

 われしらず、自分のほうがまだましだとほっとし、惨めな彼女への優越感にひたっていました。

「堕ろさないわ。殺すか育てるかは生んでから考えればいいじゃない」

 おかしなことを聞かれたというように、彼女は首を傾げました。

 なにをいっているのでしょうか。堕ろすよりも生むほうが、殺すほうが大変なはずです。まして育てるなんてありえません。

「憎いの、なにもかもが憎いのよ。あっさり堕ろしたり殺してしまうなんてありえない」

 赤い糸のような唇が、にぃーっと笑いました。彼女がどうしようもなく狂っていることに気づかされます。

「あなたが私のようになるのは可哀相だから跡をつけたの。潜入して助けに上げに来たのよ。でも、私よりきれいな体のあなたが妬ましい。だから、ごめんなさい」

 彼女がさっと手をふるうと、何かがわたしの頸筋くびすじを掠めました。

「――麻痺毒、屍鬼グールの青い爪」

 片手の爪が長いナイフのようにのびていました。

「せめて、純潔きれいな体まま死なせてあげるわ」

 信じられないものをみるように眼をみはったまま、私の体はゆっくりと傾いていきました。



 > 「恥部」を捕食。

 > 「子宮」を捕食。


 > 「慈愛」を取得。

 > 「嫉妬」を取得。

 > 「礼儀作法」を取得。

 > 「舞踏」を取得。

 > 「社交」を取得。

 > 「虚飾」を取得。

 > 「媚態」を取得。

 > 「純潔」を取得。

 > 「解体」を取得。


 > 称号、<惨殺者>。



 騎士らがその場所を探しあてたとき、山賊達はすべて屍鬼と化していた。

 令嬢の屍は宴会場らしき部屋のテーブルの上にはりつけにされていた。下腹部から胸乳まで切り開かれた有様で、ひき摺り出された臓物を拡がっていたが、少女の秘められたる部分と子宮はみつからなかった。

 一人娘の凄惨な姿をみた伯爵は発狂した。


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